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2012年02月23日(木) 09時50分18秒
金沢市公式Facebookプロジェクトチーム発足
テーマ:日記
昨日、金沢市公式Facebookプロジェクトチーム発足。昨年9~11月までの試行を受けてのこと。
各部署から自らチームメンバーになりたいと手を挙げた職員14名に任命書を手渡し。任命式で、私からは二つのことを伝える。「皆さんがまずやるべき仕事は、私に『友達リクエスト』すること」
二つ目、「先進性を求める必要はない。市民との信頼関係構築のためにツールとして活用すること」早速の会合で大いに盛り上がったという。夜、勝ち鬨を上げるべく懇親会。私も冒頭だけ参加。期待したい。新年度4月から本格的に始まる。
2012年02月20日(月) 22時02分50秒
「なぜ君は絶望と闘えたのか」(門田 隆将著)
テーマ:一夜一冊
「山口県光市の母子殺害事件発生から13年。5回の判決を経て、当時18歳だった大月(旧姓福田)孝行被告(30)の死刑が確定することになった。「社会正義が示された」。最愛の妻と幼い娘の命を奪われた本村洋さん(35)は、厳しい表情を崩すことはなかった。」(時事通信より)
本日東京へ日帰り出張。帰りの飛行機を待っている間、ネットでそのニュースを知り、テレビでじっと見入る。
やりきれない事件だ。
その事件を、そして、本村洋氏の苦悩をとりあげた著作がこの本。ぜひ、読んで欲しい。読む時間がない人は、私の文章だけでも読んで欲しい。拙いものではあるが・・・。
私は、本村氏が再婚されたという記事を読んで、なんとなくホッとした。なぜかはわからないが、なんとなく安心したような気がした。心から、新たな人生を歩んで欲しいと思う。
2012年02月19日(日) 21時51分44秒
本当のリーダーシップ
テーマ:日記
先般、ある会合へ。
開会に先立ち国歌斉唱。
「皆様、ご起立ください」
会場の全員が立ち上がり、壇上正面に掲揚されている国旗の方を向く。
が、音楽が流れない。一分以上経ったろうか。なんとかしようと慌ただしく動くスタッフ。会場内は静かなままではあったが、空気がざわめく。
その時、来賓のある方が声を上げる。
「アカペラでいいんじゃないですか?」
私を含め、会場全体がちょっと和らぐ。次の瞬間、その方が大きな声で歌いだす。
「♪きみがあよおうわぁ~♪」
あわせて、私も会場全体も歌いだす。大きな声でアカペラで、最後まで。
ウ~ん、本当のリーダーシップを見せていただいた。
2012年02月18日(土) 09時14分31秒
「日本に自衛隊がいてよかった」(桜林美佐 著)
テーマ:一夜一冊
最近、いろいろな会合で紹介させていただいている本。
東日本大震災において自衛隊が献身的な活動をしてくれたことは記憶に新しい。作者は、夕刊紙においてその活躍ぶりをエッセイにして報告。それをまとめたもの。なので一つ一つは読みやすく、一気に読み切れる。
いくつか文章を引用。
自衛隊の活動が報道され、また、多くの自衛隊員も使命感にかられ、現地での任務遂行に前向きに取り組んでいる。
『部下たちの熱意に触れた指揮官は目頭が熱くなった。
「これまで、自衛官ですと胸を張って言えなかったヤツばかりだったのに・・・」
ただ、即座にクギを刺した。
「自衛隊が感謝されるのは、国民が不幸なときだ。決しておごるなよ」
幸せなときは必要がない。それが自衛隊の宿命。』
思わず、胸がつまる。
『ある幹部は言う。
「なぜ、自衛隊がこんなにも長期間、感情を抑えながら活動を続けられるのかというと、日ごろ、もっと厳しい訓練をしているからです。他国の侵攻など、最悪の事態に備えているからこそ乗り越えられるのです」』
作者がおそらくはもっとも言いたかったであろうことは次のことではないか。
『今回の災害被害によって「自衛隊への理解が深まった」とも言われていますが、真の理解とは災害派遣だけではない戦闘組織としての充実を図るべく国民が努力すべきことではないかと、私は思います』
その通りだ。
2012年02月12日(日) 15時29分38秒
「あんぽん 孫正義伝」(佐野眞一著)
テーマ:ブログ
ソフトバンク株式会社の孫正義社長の評伝。週刊誌に連載されたもののまとめられたもの。
いわゆる世に有り余るほどある孫正義成功譚といった類のものではなく、孫正義の出自を徹底的に調べ上げたものといってもいいかもしれない。
孫社長自身も知らなかったこともたくさんあったようだ。
この本のテーマは、次に記述されている通りである。
「孫正義は成り上がり者だから、いかがわしさを感じるのか。ノーである。孫正義は元在日朝鮮人だから、いかがわしさを感じるのか。ノーである。では、孫に感じるいかがわしさやうさんくささは、どこから来るのだろうか」
作者は、その解を孫社長の出自に求め、徹底した取材で調べ上げる。作者は、ダイエーの中内功氏や読売の正力松太郎氏の、内部をえぐり取るような評伝をまとめ上げた筆力で評価は高い。
まあ、すさまじい孫一族の生命力。おそらくは、あの時代の多くの在日朝鮮人の方たちは、同様の辛酸をなめながら生きてきたのであろう。私たちには想像さえできはしない。
ただ、読み進むにつれて、作者はある確信に基づいて調査を進めていったのではないかと思うに至る。
作者自身は、前述のところで「ノーである」と述べてはいるが、実は、「その通りである」と確信をしていたのではないか。そして、そのことを強調するがあまり、逆説的にあえて前半部分(週刊誌なので時系列からいってもそうとう前だ)で「ノーである」と述べているのではないか。
その証拠に作者はこの連載の締めに当たって次のように書いている。
「だから、私はこう言いたい。孫正義よ、頼むから在日でいつづけてくれ。そして、物議を醸しつづけてくれ。あなたがいない日本は、閉塞感が漂う退屈なだけの三等国になってしまうからである」
さしたる行動もせず、孫社長の悪口を言っているだけの人は読まなくてもいい。孫社長のエネルギーの一端でも感じようという人は読まない方がいい。間違っても、「よし、オレも」なんてことは考えないことだ。
でも、一度は読まれたい。
2012年02月12日(日) 09時10分07秒
2月11日「建国記念の日」
テーマ:日記
2月11日「建国記念の日」奉祝の会に出席。
挨拶で次のように述べる。
「今日は、建国記念の日。紀元前600年のこの日、神武天皇が即位された日として明治6年に紀元節として定められた。日本という国が誕生した日だ」
「ところが意外なことに、明治6年のそのときまでの日本において、国が興った日、日本という国が誕生した日という発想は全くなかった。ましてや、お祝いをするということなんぞ全く考えもつかなかった」
「『日出処の天子』とした聖徳太子も、『大化の改新』の天智天皇も、『壬申の乱』の天武天皇も、『建武の新政』の後醍醐天皇もそうだ。『古事記伝』を著した本居宣長でさえそうであった」
「では、なぜ明治政府の為政者たちは日本という国の、その建国された日を明確にしようとしたのか」
「ここからは私の推測の域を出ない」
「明治維新。統一国家が作られた。しかし、当時の人々にとって、『くに』とは、あくまでも『藩』であり、他藩は所詮『外国』である。だから、『脱藩』なんていう言葉があり、そのことは命をかけたことなのである。現代で言うところの『亡命』であろう」
「明治新政府の為政者たちに喫緊に求められることは、帝国主義時代の世界の趨勢において、『藩』同士で争うのではなく、『日本』という明確な統一国家という概念を人々に持ってもらうことであった」
「日本という国を明確に意識してもらう。そのためには皇室を中心とする日本の歴史を人々にわかりやすく示すことが必要」
「それが、日本書紀で書かれている神武天皇即位の日である、現代の暦に直したところの2月11日。この日を紀元節として『日本』が生まれた日として『国民』に知らしめる必要があった」
「昨年は、日本という国の存立が問われた年でもあった。さらには、昨今の国政の混迷を見るにもつけ、今一度、明治の先人たちが、如何な想いを胸にして、『日本』という統一国家を意識したのか、さらには、『国民』にその意識の涵養に心血を注いだのか」
「そのことに想いを馳せるこの日でありたい」
「折しも、今年は古事記が編纂されて1300年の節目の年である。さすがに、原文とは言わないが、今一度古事記に触れて、日本の歴史の逍遙に浸りたいものだ」
少々、解説も必要かもしれない、いや、余談を含めてあったほうがいいのだろう。今から出かけなければいけないので、それは後日改めて。
2012年02月05日(日) 21時58分27秒
「借金」を返済
テーマ:日記
この業界に入って驚いたことの一つ。2月になっても普通に「新年会」が行われていること。まぁ、各種会合の懇親会なのだが、便宜上、そう言っているだけか。
今日は、私にとって格別に思い入れのある会が二つ。
実は、私は昨年インフルエンザにかかる。どうにも立ってもいられなくなり、病院に行き、インフルエンザとの診断を受け、タミフルを服用。熱も39度ちょっと。
先生からは、今日は静かに寝ているようにご助言。
ただ、その診察を受けた直後、半分くらいは私の日程で調整をしたある会の新年会が控えている。別な事情もあり、どうしても行かなければならない。ただ、こんな状態。
冒頭のご挨拶だけでも行かなければ。天候も吹雪モード。
顔の半分くらい隠れるような大きくて頑丈なマスクをしてお伺いする。本当に、冒頭のご挨拶だけで失礼する。後日、当日の出席者にお聞きすると、本当に苦しそうだったので、来てくれただけでみんな喜んでいたと言っていただく。でも、甘えてはおれない。
今年はリベンジ。やはり、私のスケジュールにあわせて新年会の日程を組んでくれる。
今日、その新年会。私の体調は問題なし。
「2年間分くらい飲んでいけよ」、「去年は大きなマスクで市長の目しかみえんかったからな」、「去年は天候も体調も最悪だったが、今年は、両方ともバッチリやな」
ありがたい言葉をいくつもいただく。「新年会の借りは新年会で返しますよ」とみなさんと談笑。
夕方、やはり、ある会合。こちらは、インフルエンザ当日の夜の会だった。ぶっ倒れていたのでキャンセルさせていただいた。
本日の挨拶の開口一番。
「すみません。昨年はインフルエンザで倒れて当日キャンセルしました。申し訳ありません。一年間、ずっとひっかかっていました」
何人かの方がそのことを覚えておいてくれて、大いに喜んで受け入れてくれる。
借金を返済したような気分だ。
2012年01月31日(火) 12時28分04秒
「3月11日」に対してのご理解を
テーマ:日記
昨年末から私のところに3月11日に金沢市は何かをしないのか、もしくは、こんなイベントをするので参加してほしいという依頼がいくつもくる。
私は、今のところ金沢市としては何も予定していない、もっといえば、金沢市長としては何もしないつもりだと答えている。
この日は、亡くなられた方や現在避難生活を余儀なくされている方たちに想いを馳せ、市施設で可能なところは半旗を掲げ、静謐の中で迎えたい。そして、それ以外の日で、精一杯ご支援申し上げたい。少なくとも、震災から一年目の今年はそうしたい。そう申し上げている。私から、市の中で議論を提起することもしないつもりだ。ご理解を。
2012年01月30日(月) 21時38分03秒
ワタミ渡辺会長との懇談、その後総務省へ
テーマ:日記
東京へ。
午前中にワタミグループの渡邉美樹会長との懇談。
ホントに何回お会いしても魅力的な方だ。刺激のシャワーを浴びまくり。陸前高田市の支援のこと、都市のマネジメントのこと、教育のこと、大阪維新の会とのこと等々。あっという間に時間が過ぎていく。
特に、教育についての想いは強い。私とベクトルは一致。
渡邉会長は以前、神奈川県の教育委員を務められていたこともある。三年経って、このままの教育委員会制度では教育は変えようがないと辞職されたという。いくつかエピソードもお聞きする。ここには書けない。
現行の制度で動かしていくには、首長が本気で取りかからなければならない。改めて、強く進言される。
橋下大阪市長からも、色々と声をかけられているようだ。肩書きは関係なく出来る限りの協力はしますと答えられているという。何度か私と橋下市長との関係を尋ねられる。・・・・
金沢市へのメッセージもいただく。後日、何らかの形で整理したい。
かっこよかったわな。ルックスもそうだが、やっていること言っていることもそうだ。実績に裏打ちされた「夢」を語ってくれる。
午後、総務省へ。特別交付税のことについて打ち合わせ。森副市長が段取りをしてくれる。お陰様でスムーズに進む。元助役の原田さんにもお会いする。こんなすごいところだが、旧知の方がいていただけるだけでホッとする。
夕方の飛行機で帰沢。
19時前に家に帰る。
2012年01月28日(土) 16時38分22秒
金沢市はFBを戦略的に活用
テーマ:日記
金沢市は24年度よりFBを広報ツールとして戦略的に活用していきます。スピード感ある情報発信に重きが置かれるツイッターとの差別化を図っていきます。詳細は下記新聞記事をご覧ください。
北國新聞(平成24年1月25日朝刊)、毎日新聞(平成24年1月28日)
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