No.12-2
佐藤君のお父さんの大きな背中が目の前から消えた。反射的に足を止め、顔を俯ける。さっき履いたばかりのスリッパが見えた。
「誰?」
佐藤君の声。ちょっと怒ってるみたいな響き。機嫌、悪いのかな。そう考えたら急に怖くなった。さあっと。顔から血の気が引く。
「なんだよ、にやついて、気っ持ち悪いな。 ──誰だったって訊い……」
佐藤君の、足元だけが、見えた。顔を、上げられない。
よく考えたら。あたしってこんな風に突然来てもいいような状況に、いまいるんだっけ? こいつ今更何しに来たんだとか、思われてない?
「あれ? かれんちゃん? どうしたの、入りなよ」
「……」
「明良も。何、固まってんだよ」
のんびりとした、佐藤君のお父さんの声だけがする。佐藤君は何も言わない。
「かれんちゃん、お茶でいい? 美味しい赤福があるんだよね。食べるでしょ?」
あ、赤福ーー? 赤福ってどこの銘菓だっけ?
……。
そうだ。
どうして佐藤君のお父さんがいまここにいるのか。
ようやくわかるなんて、あたしって、ほんとバカ。
佐藤君のお父さんもあの記事を見て。それで急遽駆けつけたんだね。頭の中で、すぐに繋がらなかったけど。佐藤君のお父さんと、あの記事のお母さんは、元夫婦なんだから。今回の件は。佐藤君親子にとって、とっても大きくて重要な出来事なんだよ。
図々しく、電話もしないで突然来たことが、猛烈に恥ずかしくなった。
「あ」
顔を上げ、言った。「あたし、帰ります。ごめんなさい。突然来ちゃって」
ばっちりと。佐藤君の灰色の瞳と視線が絡んだ。絡んだら、語尾が震えた。
怖いよ、佐藤君。
怒ってるのか。呆れてるのか。わかんない顔してる。
「え? 帰るって、なんで? かれんちゃん」
「あの、親子水入らずのところ、お邪魔したみたいですみません」
「そんなことないよ、ってか、明良、何突っ立ってるんだよ」
「……え?」
「え、じゃなくて。あ、かれんちゃん、待って」
なんか、涙出そう。玄関に向かいながら目許がどんどん熱くなってくる。
ただひと言、ごめんなさい、って言いたかっただけなのに。
佐藤君の辛さをちっともわかってなくて。自分の気持ちだけぶつけたことを。ただ謝りたかっただけなのに。タイミング、悪すぎだ。
「──平澤」
スリッパを脱ぎ、靴に片方足を突っ込んだあたしの耳に佐藤君の声が聞こえた。
平澤、待って、と。
ようやく佐藤君の声を聞くことができた。