No.2-1~2
「アキさん、やばいっすよ。道込んじゃってて、もう時間ぎりぎりっすよ」
「だから。悪かったって」
「何度も電話したのに、出てくださいよー、もうー」
品川は案外車の運転が荒い。初めは運転が下手なんだと思ってた。違うんだ。多分気が短いんだな。いまも相当イライラしてる。それが、負い目のあるこちらに容赦なくびしばし伝わってくる。文句、言える立場じゃないんだけどさー。
「ナビ、ついてるんだろ? 抜け道とか載ってねえの?」
「そんなもん。とっくに調べてますよ」
「何、イラついてんだよ」
「だから。電話、出てくれないからですよ」
「今日のこと、レイさんには言うなよな」
「そういうわけにはいきませんよ」
「何でだよ」
「僕の雇い主は社長ですからね。聞かれれば本当のことを話します」
「ホテルに平澤といたってことも? 言うの? マジで?」
さすがに品川は沈黙した。でも、きっぱりと言うのだった。
「仕事ですからね」
「ちぇっ」
「ちぇっ、じゃないっすよー」
少しも前に進まない車に品川は当り散らす。ハンドルを苛立たしげにばんっと叩いた。
驚いた。
目が。点になった。
「……悪かったよ」
呟くように謝った。聞こえているはずなのに。品川は返事をしない。もしかして。本気で怒ってる?
時間に遅れる役者なんてざらにいる。だけど俺はまだ新人だし。遅れた理由が、前の仕事がおしてとか、そういうんじゃないし。こういうのはまずいって。それはよくわかるんだ。
だけど。あのとき。平澤と離れるなんて考えられなかった。ずっと一緒にいたかった。
平澤と過ごす時間は幸せ過ぎて。あるゆる感覚を麻痺させる。まるで麻薬のようにこちらを縛りつけてしまう。やばいね。
「俺、暫く、仕事、休もうと思ってるんだ」
ぽつりと言った。
「え」
品川が驚いた顔で振り返った。あんまり大きくない目を見開いている。
暫し、見つめ合った。
「平澤の所為じゃねえよ」
「じゃ、何で」
「学校。まずいんだよ。出席日数、足りねえかも」
「社長に話したんですか?」
「いや。まだ」
大きくクラクションが鳴った。信号が青に変わったのだろう、周りの車が動き始めている。
慌てて前を向く品川。首を横に振っている。信じられないとでもいう風に。何、それ、俺の発言に対する態度なわけ?
暫く走った後、車は再び信号で止まった。
「社長が許さないでしょ、そんなの」
今度は前を向いたままで言う。
「……」
「甘いですよ、アキさん」
「……」
「アキさん中心に動いてる大人がすでに何人もいるんですよ。急にそんなこと言うなんて。信じられないっすね」
「じゃあ、品川は、俺に高校中退しろって言うのかよ」
「転校すればいいじゃないっすか。芸能人を受け入れてくれる高校もないわけじゃないでしょう」
「簡単に言うなよ」
「わかりますよ、そりゃ。アキさんの通ってる学校、チョー有名だし。でもアキさんがあの学校にこだわる理由はそれだけじゃないですよね」
「……よく喋るな、お前」
「あのコがいるからでしょ」
「……そうだよ。悪いかよ」
品川がサイドブレーキを下ろす。また。車が走り始めた。今度はスムーズに進んでいる。
「開き直ってもダメですよ。まあ、その話は社長としてください。アキさんはうちの事務所ときちんと契約交わしてるんだし。それにそれだけじゃないですよね。CMだって。私生活のことまで契約に入ってるものもあるでしょう? 違反したら違約金だって払わなきゃいけない。そういうの、アキさん、わかってます?」
「……」
黙ったまま流れる景色を眺めていた。
今日の品川はほんとよく喋る。何だかんだ言ってこいつもサラリーマンだからな。仕方ねえや。
「アキさん、見た目大人だから、あれですけど、まだ高校一年生なんですよね。だから、そういう甘っちょろいこと平気で言っちゃうんですよね」
「うるせえなあ」
「ちょっと安心しましたよ。何か、いままでは大人びてんなあって思ってたけど。結構フツーじゃないっすか」
マジでうるせえよ、こいつ。
「寝る。着いたら起こせよ」
「了解」
品川が時間を確認しつつ言う。「何とか間に合いそうですよ。よかったっすね」
「……だな」
「それにしてもアキさん。高校一年生でああいうホテルってどうなんですかね。そりゃ、お金は持ってるかも知れないですけど。俺、あんなホテルに女と行ったこと、この歳になっても一回もないっすよ。それに。アキさんはともかく、あのコ、そんな風には見えないのに」
「だから、もう寝てんだよ。話しかけるな」
「あー。はいはい」
目を閉じて後部座席に身体を横たえた。睡魔はすぐにやってくる。
レイさんに話をしないといけないなと思った。いざとなったら祖父に助けてもらうことになるかも知れない。病み上がりなのに申し訳ないんだけど。俺は未成年だから。仕方ないんだ。
品川の言った契約とか違約金って言葉が胸に引っかかっていた。
大人の世界はややこしいや。