No.6-2 | アキヨシとカレン  ・・・少女漫画風恋愛小説・・・

No.6-2

「あのね、佐藤君、気を悪くしないで聞いてほしいんだけど」

「な、なに……」

 今。これまでにないほど緊張してる。板の上に立ってアドリブ迫られた時だって、こんなに狼狽したりしなかった。平澤といるといつもこうだ。ほんと、心臓に、悪い。いや、まあ、好きだから、いいんだけどさ。

 平澤の顔に視線を当てた。なかなか焦点が定まらない。

 これ以上一体何を言うつもりだよ、かれんちゃん。

「前にお父さんと尾山台のアウディに行ったことがあるの。そのときにこれとおんなじ車乗ってきてる二十代くらいの人がいて、お父さん、あんまりいい顔してなかったのね。若い者があんな高級車に乗ってって。だから、あたし、さっきこの車見たときほんとびっくりしちゃって」

── 。

「あ、ああ、そう」

 そりゃまずいよな。

 平澤はマジで泣きそうな顔になってる。

「佐藤君が悪いんじゃないの。うちのお父さんが偏見持ってるだけなの。だって佐藤君はちゃんと収入があるんだから。……でも今日の今日で印象悪くしたくないなってつい考えちゃって。ごめんなさい」

 ああ。そういうことね。

「いいよ、言ってることよくわかるし」

っていうか。すでにそういうことまともに考えられる状態じゃないんだよね、こっちは。すんげえ緊張しちゃって頭働かないし、掌にすごい汗かいてるし。

 どうするよ、俺。

「車。とりあえずここに停めて行くか、な……」

 だーっ。

 なんちゅうへたれた意見だよ。情けねえなあ、もう。

 って自分では思ったんだけど。

「う、うん。そうしよう」

平澤が力強く頷いてくれたので、よしとする。

 ふたり並んで平澤の家への道を歩く。一歩足を踏み出すたび、心臓の鼓動が早くなる。こんなんじゃ平澤の家に着く頃には心臓止まってるよな、絶対。

「あ」

「何?」

「俺、こんな格好で来ちゃったんだけど」

思わず足を止め、自分の服装をしげしげと見た。「大丈夫かな? 軽いやつに見えたりしねえ?」

身体にぴったりのTシャツとクラッシュ加工の施されたジーンズ。クラッシュ加工なんて言えば聞こえはいいけど、要するにあちこち穴が開いてんだよ。こういうの、年配の人はどう思うんだろう。いい印象を持ってもらえるとは到底思えないんだけど。

「大丈夫だよ。だって、いきなり会うのにスーツとか着てるほうが変じゃない?」

「そりゃそうだけどさ……」

 さすがにスーツはないだろうけどさ。

「大丈夫だって」

 ばしばしとこちらの背中を叩く平澤の笑顔もかたい。

 そうか。俺だけじゃなく、平澤も緊張してるんだな。

 遠く。たたずむ人影が見えた。

 え。

 ……あれ?

 平澤のお父さんとお母さんだけかと思ってたんだけど。えーと、ご、五人? 五人いる?

「やだ。勢ぞろいしてる」

 隣で平澤が、小さく呟く。

 せ。勢ぞろい?

 と。

「── かっれーん」

 男の子の甲高い声が暗い夜道に元気よく響いた。