No.6-1
平澤を助手席に乗せ、車を走らせる。
俺んちから平澤の家までなんてさ、歩いたってそんな時間かかんないんだけど。やっぱ人に見られたり写真撮られたりするとまずいから。
助手席の平澤は。ずっと言葉少なだ。
さっき、マンションの駐車場で。平澤はこの車を見た途端、目を丸くして言葉をうしなっていた。つーか。明らかにひいてたよな、あの顔は。
「これ、佐藤君の車、なの?」
「そうだよ。あれ? 見るの初めてだっけ?」
「う、ん……」
そういや山口へ行ったときは品川の車だったから。
だけど。そこまで顔色変えなくても、さ。
平澤は遠慮気味に助手席に乗り込んだ。表情が硬いのがはっきりとわかる。
心の中でそっと溜め息を落とした。
平澤のいる世界と自分のいる世界はやっぱどこか違うのかなって、正直気持ちが沈んだよ。こんな外車。俺の周りじゃみんな乗ってる。医者って世界も似たようなもんかなって思ってたんだけど。違うのか?
そういや高校生時代に行った平澤の家にも外車が二台駐車場にあったはず。ま、クーペ型のスポーツカーじゃなかったけどな。
反応があったってことは、平澤も、この車がいくらくらいするのかを知ってるってことなんだろう。
「……何でなんも喋んねえの。さっきから」
「え? あ。う、ん」
歯切れの悪い返事。
「何だよ」
くっと笑った。「この車、そんな変? 口も利けなくなるほど呆れてんの?」
「そんなこと言ってない」
「だけどすげえ顔してるよ、さっきからさ。平澤が嫌なら今すぐ買い換えてもいいよ。軽四とか品川とおんなじステップワゴンとかさ。ああいうのなら平澤安心できるわけ?」
平澤がこっちを睨みつけるようにして見てるのがわかった。
「だからそんなこと言ってないでしょ? すぐ買い換えるとか言わないで。そういうの、感じ悪いよ」
感じ悪い── 。
自分の顔から偽物の笑みが消えるのがわかった。
「あ……」
平澤が小さく声を出す。
平澤の家はもう少し先。だけど一旦車を脇に寄せハザードを点け停めた。
ハンドルから手を離し、窓の外をじっと見る。今度はホンモノの溜め息が零れ落ちた。
「何で俺らってこんなすぐ喧嘩になっちゃうわけ?」
さっきまで。いい感じだったのにさ。
俺は思いたくないんだよ。平澤と俺の世界が違ってるなんてさ。そんなへたれたことは考えたくもないんだよ。
「……ごめんなさい」
消え入るような平澤の声が聞こえた。
「いいけど、別に」
「……」
視線を遣ると平澤は硬い顔でこっちを見ていた。
さっきまで自分のものみたいに何度も何度も口づけた頬に、今、えくぼは見えない。触れてるとまるで気持ちまで手中にしたような気になれるのに、身体が離れると途端に相手のことがわからなくなる。
そっと指先を伸ばし、頬に触れてみた。くすぐったそうに、目を細め、平澤が口を開いた。
「さっき、佐藤君の部屋出るときにね……」
「……」
「お母さんに電話したの」
「……え?」
「そしたらお母さん、家の前で待ってるって。佐藤君にちゃんと挨拶したいって。今日、お父さんもいるからちょう度いいでしょ、って」
は?
「はあ?」