No.6-1
広島の沼田パーキングエリアで休憩を取る。
ここの次にあるサービスエリアが大きくて食事も美味しいらしいんだけど。大きなサービスエリアは人目も多いから、敢えて避けることにしたのだ。
「後、ニ時間か三時間くらいはかかるかな」
佐藤君が時計を見ながら言った。
ふたり。車が走ってる間はずっと押し黙ったままだったけど。いま聞いた佐藤君の声が思いがけず優しくて。胸に痞えてた大きな錘が取れた気がした。ほうっと。身体から力が抜ける。
雨が。車のフロントガラスにぽつぽつ落ちる。小雨。走ってる間は忙しなく働いていたワイパーも、今はお休み中。
「さっきはごめんな」
ハンドルに乗せた腕に顎を当て。佐藤君が言った。
「え? 何?」
「さっき。……おめでとうって、言ったけど。言い方がさ。感じ悪かっただろ?」
わたしは首を横に振った。
佐藤君に話したいことがあるのに。どう話せばいいのかわからなかった。
その話を佐藤君がどんな風に受け止めるのか。喜んでくれるのか。戸惑ってしまうのか。いやそんなんでもなくて。自分には関係ないって言われてしまうかも。そういうこと、色々考えると、怖い。でも。
「あのね、佐藤君」
「何?」
と。こちらを向いた佐藤君の顔色が。思いのほか悪くて、驚いた。
思わず目を見張る。
「佐藤君、もしかして具合、悪いの?」
「え。いや、何で?」
「顔色、悪いよ」
真っ青だ。
いつからこんな顔色をしてたんだろう。隣を見ないようにしてたから。気づかなかった。
長時間運転していると、血栓ができることだってある。若いから大丈夫? ううん。そんなことない。咄嗟に思い出したのは。佐藤君のおじいさんが心臓の病気を持っていたということだ。
さっと。
腕を握る。
脈を取ろうとした。ただそれだけだったのに。
佐藤君はその手を大きく払った。
払われてしまったわたしの手は。行き場をなくし、宙に浮いた。
「あ……」
佐藤君は大きく目を見開いていた。わたしを見る目に。僅かな怯えの色が見えた気がして。固まった。
「ご、ごめんなさい」
暫し見つめ合った後、出てきたわたしの声は。狭い車内に泣きそうに響いた。
「あの、脈を取ろうとして、つい」
「いや」
と、青い顔のまま、佐藤君が首を振る。
そうしてから笑った。はっきりと空笑いとわかる顔。
「そっか。平澤、医者だもんな。そういうの条件反射なんだ」
「そういうんじゃないよ。それに医者っていっても、まだ未熟だし、半人前だし。ただ心配だったから……」
視線を逸らして言った。
唇が震えそうになる。
馴れなれしく手を取ったりして。
バカみたいだ。
そんなつもりじゃなかったとはいえ。でも、やっぱり、辛い。
今のは。
はっきりとした拒絶だった─── 。
「ごめん。確かに調子悪いんだ。っつっても、体調じゃなくて」
「そうなの?」
「さっきさ、何でだろうな、突然、じいさんがもうこの世にいないっていうのを実感したっていうか……」
「……」
「悪ぃ。ちょっと、頭冷やしてくるわ」
佐藤君の大きな手が。サンバイザーへ伸びる。サングラスを取り、耳にかける。その瞬間見えた、佐藤君の目は。赤く潤んでいた。
─── 突然、じいさんがもうこの世にいないっていうのを実感したっていうか……。
語尾が。震えてた。
「あ、あの」
「……何?」
薄茶色のガラスに覆われてしまった瞳は。もうどんなだか、わからない。
「あ、あの、体操とかしたほうがいいと思う」
「体操ー?」
佐藤君が素っ頓狂な声を上げる。わたしはあたふたと説明した。
「屈伸とか、あと、柔軟とか。佐藤君、舞台やってる時、ストレッチとかしない? そういうのでいいから。やっぱり長時間座ってるのって身体によくないんだよ。だから、ね?」