No.3-5 | アキヨシとカレン  ・・・少女漫画風恋愛小説・・・

No.3-5

 岡山の道口パーキングエリアで休憩を取ることにした。

 さっきの淡河からここまで一時間半くらいはかかってる。さすがに佐藤君、辛そうだ。

 途中、運転換わってあげようかって言ったんだけど。何でだろ。ものすごーく変な顔、された。

「え。平澤、免許持ってんの? え。マジで?」

だって。なあんか。嫌味な訊き方じゃない?

「一応ね。殆ど運転してないけど。でも、高速道路って真っすぐ走ってればいいだけだし、信号ないし、歩行者いないし、何とかなると思うよ」

って言ったら、佐藤君、顔色悪くしてた。何で?

「じゃあ、もし眠くなるようなことがあったら換わってもうよ。そん時はよろしくな」

「うん。いいよ」

 得意げにうなずいたのに。佐藤君は人の悪い笑みを浮かべて言った。

「一気に眠気冷めるよな」

だって。

 む。

 どうしてよー。

 失礼だな、佐藤君は。

 ふたりで土産物を物色する。まだ。佐藤明良だってこと。ここではバレてないみたい。だけど。佐藤君は背が高いから。どうしたって目立つんだよね。

「誰かに買って帰んの?」

 おまんじゅうの類を真剣に見てたら、隣に立つ佐藤君が訊いてきた。

「うーん。家にね。コウが甘いモノ好きだから」

「コウ? ああ。あの甥っ子?」

「うん。でも帰りに買うよ」

「そう」

「佐藤君は?」

「俺はいいや。ひとりだし」

「……」

思わずじっと顔を見ると、

「何?」

って訊かれた。

 佐藤君のお父さんと佐藤君は。今は一緒に暮らしてないんだろうかって思ったんだ。だけど。訊いてもいいのかな。そういうこと。

「何でもない」

「何だよ」

「……仏壇に供えたりとかは、しないの?」

「あー。そうだな。そいうのも有りか」

 そういうのも有りかって。そうなの? そういうものなの?

 ふたりで、紙コップ入りのコーヒーを買って、座る。

 佐藤君は頻りに腰をとんとん拳で叩いてる。座ってるより立ってるほうが楽、なのかな。

 ふと。後ろに座る女の人達の声が、聞こえた。こそこそと。声を潜めて喋ってるから。よけい気になるんだよね。

─── 絶対そうっちゃ。

─── えー。でもー。何で佐藤明良がこんなとこにおるん?

─── 間違いないっちゃ。やっぱかっこいいねー。垢抜けちょる。……ねえ、写真、撮ってもええと思う?

 佐藤君と。そっと視線を交わす。ふたり同時に立ち上がろうとしたその時。

─── だけど。相手違うじゃろ。アキヨシって、確かモデルの……とつき合っちょるんじゃないん?

─── あれは別れたんよ。前に週刊誌に載っちょった。

─── えー。そうなん? でもー、それにしてもー……。

 それにしても? 何? 

 思わず動きの止まったわたしの肘を佐藤君が掴む。そうして立ち上がらせた。

「行こう」

 毅然とした声、態度。背の高い佐藤君に引きずられるみたいにして、外へ出た。外の陽射しはまだ高い。だけど、岡山に入ったあたりから。徐々に雲が多くなってきてる。もしかして、雨が降るのかも。

「ごめん」

 少し歩いたところで、佐藤君が言った。

「どうして佐藤君が謝るの?」

 佐藤君はまだ手を離さない。わたしはじっとその顔を見上げる。

「どうして、って……」

「あたし、気にしないよ、ああいうの」

「俺がやなんだよ」

 佐藤君は車のキーを翳した。ライトが二回明滅する。

 気にしないっていうのは嘘。やっぱり。わたしも嫌だったかも。そう思いながら、つい。言わなくていいことを口にしてた。

「佐藤君、あのモデルさんと、別れたの?」

「……」

 一瞬の間を置いて。佐藤君の手が、わたしの肘からすうっと離れていった。

 わたしと佐藤君を取り巻く空気が変わったのが。はっきりとわかった。

 顔を上げる。冷たい目がわたしを見てた。ぞっとするくらい。冷たい目。

 わたしは指先を少し震わせながらその瞳を見返した。

 ……どうして?

「んなもん、別れたよ。とっくだよ」

 声が。乾いてた。ついさっき、俺がやなんだよと言った佐藤君の声とは別人のものみたいだ。顔には。自嘲の笑みが浮かんでる。

「俺はね、誰とつき合っても全然長つづきしねえの。何でかな。高校生の時からそうだよ。ふられグセ、ついてんの」

 高校生の時。ふられグセ。

 顔から色がなくなっていくのが、自分でもわかる。

「平澤は結婚決まったんだって?」

「……え?」

 顎が、震える。そっと顔を上げて佐藤君を見た。

「あの速水って医者と、結婚するんだろ?」

「……」

「聞いてるよ、じいさんから」

「……」

「おめでと、平澤」

 おめでとうと。佐藤君は言った。平然とした声だった。