No.7-1 | アキヨシとカレン  ・・・少女漫画風恋愛小説・・・

No.7-1

 携帯電話が鳴っている。

 くぐもった、小さなちいさな音なのに。当直明けの頭にがんがん響く。

 どこで鳴ってるんだろ。いつもならケータイ、枕元にちゃんと置いておくのに。

 あー。鞄の中から出すの、忘れてたんだな。

 うーん。どうしよう。電話に出たいのは山々だけど。身体が漬物石みたいに重く、動いてくれない。

 あ。

 鳴り止んじゃった。

 ……誰からだったのかな。

 速水先生、かな。

 速水先生とは、佐藤君のおじいさんの葬儀以来、会っていない。先生が、九月からの留学準備の為、アメリカへ行ってしまったからだ。

 あれから二週間。今日あたり、帰国してるかな。



『平澤。本当に、あの佐藤明良とつき合ってたんだな』

葬儀の帰りの車では、コウがいるからか、殆ど話らしい話をしなかった先生から、夜になって電話があった。電話の内容は、元気出せよ、とか、そういうことだったんだけど。切る間際に先生が、ぽつりとそんなことを言った。

『佐藤さんと仲良かったから、つき合いがあったっていうのは本当なんだろうなとは思ってたんだけど。何ていうかさ、現実味がないっていうか、嘘臭い話だなってずっと思ってたんだよな』

 どう答えたらいいのかわからなくて。わたしは黙って聞いていた。

『今日、平澤が話してたのって、佐藤明良の仕事関係の奴だろう? あの、変な中学生みたいな頭した男とか、背の高い女、とか』

「……そう、です」

『ふたりとも、懐かしそうな顔で平澤のこと、見てたな』

 そうだろうか。

 品川さんはともかく。えみりさんのお母さんは、またわたしと再会したことに、すごく驚いた、要は、またあなたわたしの前に現われたの? みたいな顔してたように見えたけど?

『まあ、だからどうってことはないんだけどな……』

 先生はそう言って電話を切った。

 それが二週間前のことだ。



 ずりずりと這うようにベッドから出て鞄を探る。四角く冷たい感触。それを確認してから取り出し、開いた。

 寝ぼけ眼で見た着信履歴は。

 佐藤俊隆、と、あった。

 何、これ?

 携帯電話を手に。呆然とする。

 いたずら?

 ……。

 と。

 いきなり掌の機械が音を立てて震えた。

 わ、っと。思わず投げ出していた。

 だって。何だか幽霊からの電話みたいじゃん。いや、そんなこと絶対有り得ないんだけど。佐藤君のおじいさんからだったら、幽霊でもいいかなとは思うんだけど。

 心臓が。ばくばく鳴ってる。ほんとーにびっくりした……。

 見ると、これも、佐藤君のおじいさんからのものだった。

 胸の鼓動がさらに速く打つ。

 震える手で携帯電話を握り、親指を伸ばし、ゆっくりと、ボタンを押した。

「……も、しもし?」

『平澤?』

 その声を聞いた瞬間。

 暴れてた心臓が止まった。

 顔が。かあっと熱くなる。

 顔全体じゃなくて。目許も熱い。

 不覚にも。

 泣きそうになっていた。

『平澤?』

「は、い」

『俺。わかる?』

「……うん。わかるよ」

『びっくりした?』

「うん。……した」

『じいさんからの電話だと思ったんだろ?』

 佐藤君の声が、笑ってる。

「うん」

 嘘だよ。そう思ったのは一瞬だけで。携帯電話を手にした時にはもう。佐藤君からなんじゃないかって、そう思ってた。

『じいさんのケータイに、平澤の電話番号が入ってるのわかったから。そのまま借りてかけてる』

「そう、なんだ」

 佐藤君のおじいさん。会いに来てはいけません、なんて言ったのに。わたしの電話番号、ずっと残しておいてくれたんだね。

 殆どパニック状態の頭でも。そんなことを考える。

 嬉しい─── 。

『平澤?』

「はい」

『覚えてる?』

─── じいさんとの約束。

「……うん。覚えてる」

 忘れたことなんか、なかった。

 本当は。ずっと電話を待っていた。

 だけど。佐藤君のほうは忘れてるんじゃないかって。例え覚えてたとしても。わたしに連絡してくることはないだろうって。そう思ってたから。

─── ふたりに頼んでおきたいことがある。……サンコツして欲しいと、そう思ってるんだ。

─── お前ひとりに話したんじゃ、心許ないだろう。なかったことにされても困る。平澤さんに証人になってもらった。

『葬式の後、ずっと長崎でロケがあってさ。昨日こっちに戻ってきたんだ』

「そう」

『今日から、十日、休みがあるんだ。その間に、じいさんの言ってた島に行けたらいいなって思ってる』

「そう」

 そこで少し、沈黙があった。

 じっと。わたしは佐藤君の次の言葉を待つ。

『平澤?』

と、また佐藤君の声がわたしの名前を呼んだ。高校生の頃とおんなじ呼び方で。それだけのことで、泣けてきそうになるんだから、どうしようもないね。

『平澤も、行く?』

 佐藤君が静かな声で訊ねる。

「うん、行く」

 わたしは迷うことなく答えていた。