No.3-2
母が少し複雑な、何かを含んだ表情でこちらを見てたけど、知らんふりで、
「おやすみ」
とわたしは声をかけた。
わたしと佐藤君の過去などまるで知らないコウは無邪気な顔で手を振って、リビングを後にした。
コウが幼稚園に上がる前、まだ二歳か三歳くらいだった頃。ふたりで祖師谷公園で遊んでいる時に、佐藤君のおじいさんとばったり再会した。佐藤君のおじいさんは、友達と一緒だった。友達って言っても、佐藤君のおじいさんより少し若い女のひと。ご婦人って表現がぴったりな、何て言うか、上品なひとだった。もしやカノジョか? と、内心ではどぎまぎしつつ、でもつっこんでは訊けなかった。ただ、わたしと佐藤君のおじいさんが話し始めると、あっさり、
「じゃあ、お先に」
と帰ってしまったから、カノジョ、とかじゃなかったのかも。わかんないけど。
佐藤君のおじいさんは、わたしとコウを見比べ、難しい顔で考え込んでいた。まさかわたしの子供とか思ってない?
「姉の子供です」
と言うと、ああ、とほっとした顔で頷いた。ちょっとちょっと。一体どういう想像をしてたんだと焦った。
「そうですか。甥っ子さんですか。可愛らしい顔をしてる」
そう言って、コウの目線に自分の顔を下げ、歳や名前を訊ねた。
「わたしはどうも小さな子供の扱いには慣れていなくてね」
と言いつつ、でも、その日の数時間ですっかりコウは佐藤君のおじいさんに懐いてしまった。
佐藤君のおじいさんは別れ際、コウに、
「一度うちに遊びにいらっしゃい」
そう誘ってくれた。コウは嬉しそうだったけど。わたしは躊躇する。
「最近では何を作っても食べてくれるひとがいなくてね。はり合いがないんですよ」
「……でも」
「明良に会いたくないですか?」
訊かれ、わたしは頷いた。それが自分の本心だったのかどうか。いま以ってわからないけれど。
「明良が長期のロケのときにでも来ればいいですよ。こちらから連絡を入れますから、ぜひ」
そうして携帯電話の番号を教え合った。
佐藤君のおじいさんとコウは。それ以来のつき合いになる。
お風呂に入り、自室に戻る。高校生の頃と違うのは自分専用のテレビがあること。あとはあんまり変わってない。ピンクや黄色のポップな色調もほぼそのまんまだ。
顔に化粧水を当てる前に。テレビのスイッチを入れた。それからDVDデッキも。録画リスト表を画面に表示し、一番新しい映像を再生する。
お昼のトーク番組。聴き慣れた音楽が流れ、司会の女のひとが話し始める。
─── 今日のゲストは、もう皆様知らない方はいらっしゃらないわね。俳優の佐藤明良さんです。元々はモデル出身なんですってね、この方。モデルデビューは何でも小学校五年生のときなんだそうですよ。ワタクシもよく存じ上げなかったんですけど、日本人離れした顔立ちは、クォーターだから、なんですって。
顔にぺたぺたと掌で化粧水を当てながら。画面に見入る。
佐藤君はジーンズにパーカーというラフないでたちでスタジオに現れた。
ちょっと前までは、金色に染めた長髪、という派手な頭をしてたのに。テレビの佐藤君の頭髪はそこら辺を歩いてる中学生みたいに短くなっていた。色も黒々としてる。わたしは思わず目を見張る。あれは佐藤君の髪の地色じゃないね。黒色に染めてるんだ、きっと。新しい役柄に合わせてのことなんだろうか。
─── あなた、お顔立ちは派手だけど。実はとてもストイックな生活をされてるんですって? 煙草も夜遊びもされないし、早寝早起きで毎朝のジョギングが日課だって聞いてるんだけど、ほんとなの?
佐藤君が。照れたように笑ってる。
─── いや、ストイックって言うか。小さい時からずっとそうだったから、それが当たり前になってるだけなんですけどね。でも、つき合い悪いって、よく言われます。
─── それが役者としての成功の秘訣なのかしら?
─── いや、違うでしょう? 僕、祖父とふたりだけでずっと暮らしてきたから。だからですかね。もうそういう生活が身体に染みついちゃってて。十時過ぎるとマジで眠くなるんですよ。全然夜遊びなんかできない。