No.2-2
それに、と。祖父はつづけた。
「あの時、平澤さんのほうからああ言ってくれなければいまのお前はなかった。あれは平澤さんの優しさ、思いやりだ。それは明良だってわかってるんだろう?」
「……」
高校一年生の冬。
確かに俺は忙しかった。始終寝不足で。朦朧とする頭を抱え、学校と仕事場と自宅とをぐるぐる回ってた。
そして。その中心にはいつも平澤がいたんだ。
平澤からさようならと言われたあと半年の間、どうやって過ごしてたのか、記憶はとても曖昧だ。
「平澤さんだって辛かっただろう……」
祖父は言う。祖父はいつだって平澤の味方だからな。話になんねえや。
─── あのコには感謝してるわ。
三本目の主演映画で結構大きな賞をもらった。役者として認められたんだなって、自分でもはっきりと認識できた頃。レイさんは白状した。
─── 名前、何て言ったかしら。可愛らしい名前のコ。ほら、えくぼのできる。
平澤のことだとすぐにわかった。
─── 感謝?
─── 今だから言えるけど。
そう言ってレイさんは、自分が高校生の平澤に、何を言ったのかをあらいざらい教えてくれた。もう時効でしょう? と。笑いながら話してくれた。
─── あのコとあのまま一緒にいたら、いまのアキはなかった。そうでしょう?
確かに。そうかもしれない。
だけど。
だからどうだって言うんだ。
平澤とレイさんの間にどんな話し合いがあったのかなんて関係ない。どっちにしたって。俺が平澤にふられたのはもう曲げようのない事実なんだ。
平澤が俺と別れてもいいと決めたのは。本当のことなんだ。
「どうでもいいよ」
平澤のことは。もうどうでもいい。
俺は言うと、祖父の傍の椅子に腰を下ろした。
「明日また来るよ。何か必要なもの、ある?」
「いや。売店に何でも揃ってる。心配するな」
「うん。……あのさ、明後日からまたロケなんだ」
「そうか」
「今度は長崎。結構長くかかると思う。だから、悪いけど……」
「ああ。わかってる。悪いけどなんて言うことはない。お前が気にする必要はないんだ」
「あいつに来てくれるよう頼んでおくからさ」
「……」
あいつ。
祖父の息子。
あいつは芦屋に一旦戻ったんだけど。一年前からまた東京勤務になった。ひょっとすると祖父のことを考えて異動させてもらったのかもしれない。
相変わらずふらふらした印象の拭えない、万年ガキみたいな男だよ。なのに、どういうわけかまだつづいてんだよな、結婚生活。あんな男でもいいって女、愛想尽かさない女、いるんだね。
女ってイキモノは、ほんと何考えてるんだかわかんねえよな。
「……それにしても、もう結婚なんて考えるような歳になったんだな、お前達も」
祖父が、思い出したように言う。しみじみとした口調で。
「やめろ。その話はもういいよ」
「明良はどうなんだ」
「は?」
「結婚、しないのか?」
「誰とだよ」
祖父の目が一瞬丸くなり、すぐに呆れた色を滲ませた。
「何だ。また別れたのか」
「うるせえな」
「お前ってやつは、ほんとに……」