背後に大きな喜びが迫ってきているような気配を察知したので、私は咄嗟に駆け出した。
夜道に高らかな足音が響き渡り、街角の景色が視界の中で大きく躍動した。すぐに息が切れてきたが、それでも喜びの気配は消え去らなかった。立ち止まれば即座に捕捉されそうなので私は恐怖を感じていた。追い付かれるわけにはいかないので前傾姿勢で走り続けた。とにかく逃げなければならなかった。
やがて体力が尽き、私は転倒した。肺が炎によって炙られているかのように熱かった。呼吸を整えながら大きな駐車場に入り、停まっている自動車と塀の合間に身を隠した。
しばらくは何事も起こらなかった。逃亡に成功したのかもしれないという期待感が高まった。頭上の星空が綺麗だった。しかし、私は自分の口元に笑みが浮かんでいるという事実に気付いた。追い付かれたのだった。
そして、私は嬉しくて仕方がなくなった。強大な喜びの暴力に抗えなかった。大声で笑ってみたが、それでも胸が張り裂けそうに感じた。私は地面に倒れ伏して身を捩らせた。全身の筋肉が引き攣っていた。
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