1997年に㈲アイムを立ち上げた当初は、

今までのようにルートセールスで、

企業様に行くと仕事がいただけた時とは違い、

新しい取引先の開拓が必須でした。

社員がとても苦労していたのです。

勉強不足の感は否めませんでした。

 

手探りでスタートした㈲アイムは、

更に怒涛の5年を経た2005年、

「これからのわが社がどう生きるか?」

というテーマの答えを探しに

社員みんなで東京ビックサイトで行われていたIGUS(国際印刷総合テクノロジー&ソリューション)に行きました。

 

宿泊合宿をしての勉強会等を通して、

社員みんなでオンデマンド機を選択したのです。

ディズニーシーへの社員旅行も兼ねての研修旅行です。

社員が頼もしく、希望に満ちた未来がありました。

 

オンデマンド機では仕事にならないと

社内には反対論も根強くありましたが、

わが社が生きるのはこれしかないとの想いから

2006年、みんなで選んだNexPressが

わが社にやってきました。

 

今まで㈲アイムを支えていた㈲リュウエー製版を株式会社アイムと社名変更し、

㈲アイムから営業権を移したのです。

主人は一線を離れ、

私が経営を任されたのです。

 

と同時に次の時代へ行くため

東京のデザイン会社にいた娘や

ドイツのシュツッツガルドの印刷大学に

交換留学生として言っていた息子に

会社へ戻ってきてもらったのでした。

総勢16名の希望に満ちたスタートです!

 

おかげさまで

お客さまや社員に恵まれて続けていたのですが、

㈲リュウエー製版と比べると5分2の売上額で出血が止まらず、

いつしか社員も8名ほどになっていました。(><)

「周りには、チラシが効かなくなり、困っている企業様がいて、

自分たちがお役に立てる」

という強い想いが経営の支えでした。

 

それではがき絵を描いて出していた私は、

はがきを書くことを営業に進め、

私もはがきを書くことに専念しました。

名刺交換をした方全てにお礼状を書き、

1年間3000通のはがきを3年間出し続けました。

 

営業は人柄を売ること、

お客様の信頼を得ることが基本です。

「めくりんこ」やお礼状が活躍しました。

 

チラシからDMへの移行を考えていた私は、

郵政のDMMエキスパートの資格を取りに東京へ。

2008年

そこでお逢いしたのがエクスマの藤村正宏師です。

チラシが当たらないのではなく、

言葉が大事だったと衝撃をうけます。

 

マスではなく個に行きたいと思い込んでいた私は

目から鱗でした。

伝え方が問題だったのだと知り、

会社に帰って興奮して話したのを覚えています(#^.^#)

すぐに

*************************************

 

「売りにくい商品を圧倒的に売る方法セミナー」

                

                 藤村正宏

 

まだ売り込みを続けますか?

「欲しい」と思わなければ

いくら売り込んでも「売れないのです」

お客様がすすんで、あなたの商品が欲しくなる

その方歩をお伝えします

 

■場所 高井戸倶楽部8東京都杉並区)

■日時 2008年3月15日(土)

    15時~20時頃(途中食事が出ます)

■費用 40,000円(お一人、税込み)

 

*************************************

 

このエクスマセミナーが衝撃でした。

セミナー中にお酒も飲める?食べ物もOK?

話すことがビンビン伝わってくるのです。

たった一人で参加した私は、

心細かったのですが仲間に入れてもらい、

楽しかった~(^^♪

 

息子は、すぐ「24期エクスマ塾」に参加し、

私も41期、娘は59期と塾生になって学びました。

 

 

SNSが急速に伸び、

時代に合わなくなった私は退場です。

2015年に会社を息子に引き継ぎました。

息子は、新しいエクスマ塾65期、

エバンジェリスト15期を受け、

お客様のお役に立てるよう

社員と共に学び続けています。

昨年から息子は、

ミラサポの講師を拝命できるようになりました。

 

印刷の網点とか品質にこだわって入れたNexPressを廃棄し、

身の丈に合った新しいオンデマンド機を導入。

お客様のお役に立って大活躍中です!

 

「いつの時代も変化に対応した者だけが生き延びる」

 

というのは、実感です!

まだまだ時代は変化しています。

 

ドラッカーで学んでいる原理原則の考え方を生かし、

エクスマで楽しく伝えるを身に付けて

㈱アイムが目指すのは、

「お客様のファン創り」

若い感性で、しなやかに

もっともっとあなたのお役にたちますね♪

 

個人を発信することで、企業にもお役にたてる時代です。

SNSでの交流などお困りの時は、

お気軽にお声を掛けてくださいね♪

 

私は会長となり、

経営からは一歩退きましたが、

大好きなはがき絵とマンダラ手帳で、

あなたの夢の応援することに専念したいと考えています(^^♪

キラキラ輝くあなたの笑顔が大好きです(^_-)-☆

 

【今日のはがき絵】

 

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今日もはがき絵描いて

仕合せがいっぱい。

あなたが笑顔になりますように♪

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誕生日に寄せて(続き)・・・・No.1211

 

㈲アイムを立ち上げる至った

時代の状況としては、

母体の㈲リュウエー製版の写真製版が

パソコンの出現により激変するときでした。

 

バブルがはじけ、

景気が一気に落ち込む中

アナログの製版をしていた人たちを

パソコンでの製版に移動してもらい雇用を継続させたいともがいていた時です。

 

まわりでは、

写植で版下を作っていた企業がMacに代わり、

淘汰が起こっていました。

写真製版の世界は、

専用機に設備投資した企業やデジタルの製版環境を作れなかった企業が業界からいなくなりました。

組合に参加していた写真製版の40社余りの企業が5分の1ほどになってしまいました。

あっという間の出来事でした。

 

そんな時代背景の中、

次の時代へ向かうビジネスを求めて!

というか「どんな時代になっても考えることは人間にしかできない」

との想いから、平成9年47歳。

企画・制作会社㈲アイムを立ち上げて社長としてスタートしました。

会計事務所をお友達の紹介で

佐藤等公認会計士事務所にして、

「税金を納めるのはかまわないけど

未来につながる会社経営にしたい」

とお願いしたのは20年前のことになりました。

 

佐藤等氏は、いまではドラッカー研究の第一人者として

本の出版から経営コンサルタントとして

全国で活躍されています。

 

こんな素適な出逢いの中で

佐藤先生には、

「経営は学ぶことで誰でも身に付けることが出来る」

と教えられたのです。

 

一緒にドラッカーを学び、

S教授の勉強会で

毎月勉強をすることで、

私の中に経営者としての自覚が芽生えたのです。

 

楽しかった。

とにかく一カ月が待ち遠しいほどに若い人たちに混じって夢中で勉強しました。

遅いスタートではありましたが、

良い経営者になりたい!

良い会社を創りたいと志を立てたのです。

 

お客様のおかげで

㈲リュウエー製版には仕事がありました。

コンピューターの勉強をしてきた社員たちが

力を発揮してくれました。

 

㈲アイムは、

㈲リュウエー製版から営業を回し

デザイナーを雇い、

よちよち歩きだしたのです。

 

そんな時取引会社の社長から誘われ、

北海道中小企業家同友会札幌支部への参加を決めました。

 

ここでも、たくさんの仲間ができ

勉強させてもらいました。

はがき絵のダンボールという

新しいビジネスが生まれたり、

今でもお付き合いさせてもらっています。

 

デザイン会社を立ち上げたのはいいのですが、

腰の引けた社長でしたから

デザイナーに「朝早く来るのは嫌だ」

と言われると特別にその人だけ遅い出勤を認めたり考えられない対応をしていました。

 

㈲リュウエー製版は、8時半出勤で

8時過ぎには全員出てきて、

掃除をしているような会社だったのです。

何でもみんな一緒にと言う家庭的な会社でもあったのです。

 

そんな状態で5年を迎えた

2001年6月大野勝彦師に出逢います。

そう、私のはがき絵の師匠です!

先生に

「出来ないいんじゃないんでしょ!やらないだけでしょ!」

と言われ

「言い訳をしない人生を送ろう」

と決心がつき、

いつまでも「社長は本当は主人ですから」

というような気でいたのが一掃されました。

ようやく覚悟ができたのです。

 

長くなりましたので、また次回へ続きます。

 

【今日のはがき絵】

 

今日もはがき絵描いて

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5月7日で67歳を迎えました。

たくさんのお祝いのメッセージありがとうございました。
facebookでのつながりに元気をもらっています。

 

社員からお花のプレゼントをいただきました!

 

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いつもは何気なく過ごしてしまう誕生日ですが、

今年はいろいろ節目の年になりそうなので、

人生を振り返ってみる日にしました。

 

23歳で結婚し、

30歳で主人が独立したんです。

友達と写真製版の会社を興し、

2年と持たず倒産してしまいました。

貯金も何も一銭もなく

主人の親、兄弟にお世話になりました。

 

子供は小さかったので

私は、コマ切れの仕事をしていたの。

編み物の内職や教室。

早朝のJRバスの掃除。

ラーメン屋さんでの皿洗いもしました。

高倉健に逢えて、

握手までしてもらえたというおまけつき!

楽しかったですよ!

 

34歳の時12月

体調を崩し、私立病院に緊急入院。

胆石と言う事でした。

我慢をしていたため黄疸が出て

手術ができず。

回復するまで2ヶ月以上を要し、

命拾いをしました。

 

35歳の時、

主人が雇われ社長をしていた写真製版会社の倒産。

材料屋さんの助言を受け、

借金を背負って主人が会社を引き継ぐことになったの。

大丈夫か?

で、私が今の会社の前身

㈲リュウエー製版に経理をするために

勤め始めた訳です。

 

材料屋さんの

「経理は奥さんが良いよ」

というアドバイスに、

家計簿をつけることしか知らない私が駆り出されたのです。

働きに出ることを反対していた主人も

認めざるを得なかったのね~。

 

只、子供が学校へ行っている時間を使っての仕事です。

 

もともと利益を上げていた会社は

忙しくなり、

主人とパート2人でスタートするも

そのうち社員も一人二人と増えて行き

子供たちも大きくなるのと共に

私の会社にいる時間が長くなりました。

 

振替伝票を起こし、毎月の試算表を作り

材料屋さんに見てもらい

経理を覚えて行きました。

損益計算書では利益が出ているのに

お金がないのはなぜ?

っていつも言ってたような気がします(笑)

材料屋さんへの借金も2~3年ほどで返済し、

ほっとしたものです。

 

手形の取引が多かった時代です。

資金繰りがいつも大変で、

銀行へお金を借りに行くのですが、

なかなかなかなか難しかったことを

心に刻みつけましたね~♪

 

そんな中で

勉強をしなければという想いで

勉強会に参加しだしたのです。

素人が手さぐりでやってきた会社経営の方法が、

理論的裏付けを得て自信が持てたのです。

学ぶことが楽しく夢中になりました。

 

会社が大きく伸び

3階建の新社屋を建てることができたんです。

今まで借りていたつぶれかけた平屋の建物は

光を嫌う仕事で、窓に板が打ち付けられたりして

まるで赤軍派のアジトみたいでした。

ある日、警察の人が入って来て、

綺麗な仕事場にビックリしてました。

爆弾でも作っていると思ったみたい(笑)

 

社員募集をしても外観をみて

帰っていく人も多かった建物に別れを告げ、

新卒採用が行えるようになったのです。

新卒募集に64名の応募があり、

書類審査をし、面接をして6名の新人を入れ

社員が36名となって行きました。

 

勉強会の仲間に

「山谷さん、時代が大きく変わっているから

これからの時代はコンピューターだよ」

とアドバイスを受け、

業界では仏壇Macといわれていた

Macを導入したんです。

 

2ギガのMacです。

ソフトを入れたら1ギガしかないから

動きも遅く仕事では、

とても使えなかったです。

1年社員二人を付けて遊んでもらいました。

 

写真製版の先がないことが見えて来てました。

製版が稼げるうちに

新しい仕事を始めようということで、

私が社長となり㈲アイムを立ち上げたんです。

平成9年のことです。

私47歳でした。

 

㈲アイムは、企画・制作の会社です。

「愛と夢に溢れた会社」

にしようと「アイム」と名付け、

下請けからの脱却を目指したのです。

デザイナーを雇い、スタートです。

 

長くなるので今日はここまで。

 

【今日のはがき絵】

 

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今日もはがき絵描いて

仕合せがいっぱい。

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