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純は眠っていた。まるで獣が疲れた身体を休めるように。
熟睡しているわけではなく、何かあればすぐに跳びあがれるような浅い眠りである。
始めのうちはじっとしていられなかったが横浜までの道のりは遠く、次第にあきらめて寝ることにしたのだ。
その間、純のケータイにメールが1通届いた。
彼はすぐにそれに気がついたが、目も開けずにポケットからの振動で綾香からでないことだけを確認すると、また眠ってしまった。
それが槙枝からのメールとも知らずに。
*
「みなとみらい」という駅名を聞き、純は飛び降りる。
駅のホームは、まばらに人がいる程度で彼が記憶していた雰囲気よりも閑寂していた。
しかも平日の夜ということもあり、都内へ帰る人のほうが多く、純が降りたホームはがらんとしている。
純は人混みを意識することなく、携帯電話を片手にエスカレーターを猛然と駆け上がっていく。
「みなとみらいに着いたよ、今どこにいる?」
「赤レンガ倉庫の広場にいる」
「了解、すぐに向かうから」
相変わらず、電話から風の音が漏れている。もしかするとこの1時間ずっと外に居続けていたのかもしれない。
駅直結のショッピングフロアを横目に長いエスカレーターを上っていくと、広場に出る。
広場からは遊園地や大きな観覧車など、街の灯りが目に飛び込んでくる。
11月に入り、クリスマスのイルミネーションが飾られているが、純はそんなものには見向きもしない。
みなとみらい駅から徒歩20分の道のりはあろうか。
一番走りやすいだろう、海沿い道を無意識に選択して走り続けている。
不思議と身体の疲れは感じない。
それ以上の想いが彼を突き動かしていた。
10分後、彼はようやく赤レンガ倉庫に着き、電話を掛けようと思ったが、海際のベンチに座っている綾香の横顔を見つけた。
純は思わず、足を止めてしまう。
綾香は生気が感じられず、腕を組み、焦点が定まらない目でただ海を茫然と見続けていたからだ。
純は彼女までの道のりをゆっくり歩いて呼吸を整えていく。
綾香に走ってきたとは悟られたくない。
「おまたせ」
からりとした笑顔を彼女に向けた。綾香はぎこちない笑みを純に返す。
綾香のわずかに違和感を覚えた純は、彼女のほほに手を当てると、完全に冷え切っていた。
海風が冷たいために、東京よりもはるかに体感温度を低く感じるのだろう。綾香の唇も少し青みを帯び始めている。
だが、純が見た先ほどの表情はまったく消えており、目には涙をいっぱいにためているくせに、視線だけには力が宿っている。
どうしようもなくて純を呼んだくせに、いざ彼がくると素直に甘えたくないのだ。
(やっぱりずっと外にいたんだな。でも、中入れっていってもこれじゃ聞かないだろうな)
「ちょっと待ってて、温かいもの買ってくるから」
そういって、純は自分のコートを黙って彼女にかけた。息切れはしていないが走ってきたおかげでまったく、寒さを感じない。
綾香はうん、とだけ言ってまた視線を海に戻した。
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