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純はその日、夜遅く帰宅する。
自宅に帰ってくると、すぐに母親が純の部屋に足を運んできた。彼女が純の部屋を訪れるのは別にめずらしいことではないのだが、母親の顔が緊張した面持ちだったため、純は眉をひそめた。
「どうしたの。何かよう?」
「あのね、大事な話があるの。お母さんとお父さん……離婚することにしたの。純、あなたはお母さんについてきなさいね。来月いっぱいでこの家を出ていくのよ。もっと駅の近くに母子家庭援助が受けられる市民住宅があるから、そこに移ります」
純は思いがけない母親の発言に気が転倒する。
鬼のような形相で母に詰め寄った。
「な、な、なんでだよ。なんで離婚なんだよ! 借金の額なんてたいしたことないだろう」
「無理よ。お母さんはあんなお父さんを見ているだけ不安になってしまうし、それで怒ってしまっては余計に悪循環なの。お母さんは借金取りに押しかけられる家にはもう我慢できない。これしか方法ないの。お父さんとお母さんで話合って決めた話なのよ」
純は母親が腹立たしかったが、それ以上に自分の無力さを思い知った。稼ぎがないために父親に何もすることができない自分への苛立ちが強く、何も言い返す気になれなかった。
「……親父はどうすんだよ」
「おばあちゃんの所に帰るわ。もし、それで借金が返し終わったら、また家族で過ごしてもいいと思う。ただいつ自己破産してもいいように、車とかいろいろとあなたの名義に変えるわよ」
「わかった。ちょっと一人になりたいから、部屋を出ていってくれないか。なんかいろいろと手続きがあるだろう? 詳しくはわからないけど、落ち着いたら全部教えてくれ」
これが現実だった。純は下唇を噛みながら、目をつぶる。
(オレは何もできないのか。なんで何もできないんだ)
自分自身に隙を見せるわけにはいかなかった。少しでも油断すれば、体中を虚無感が包み込み、また立ち上がれなくなってしまうだろう。それがわかっているからこそ、彼はその心の部分を切り離し、冷徹な姿勢であろうとした。
母親が部屋から静かに立ち去ったあと、いつものように壁によりかかって座り、肩膝を立てる。
一人になると切り離した心が本来の姿に戻ろうとして、純の記憶をフラッシュバックさせる。幼い頃にキャッチボールしたことやキャンプで火をおこしている父の姿など、次々に回想されていき、それが彼の胸を締め付けた。
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