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電話を切り終えると、純は体の中からぶつけようのない怒りが沸々と湧き上がってくる。
「うぁああああああああああーーーーーーー」
怒号が部屋中で響き渡る。彼にはもうどうしていいか分からなかった。
親友を裏切ったことへの混乱。説明のしようがない事情への憤り。簡単に盗まれてしまった自分への憤怒。そんなすべての怒気が入り混じった叫びが部屋中に響き渡る。
純は立ち上がり手当たりしだいに物を壊し始めた。
テーブルはひっくり返り、本棚の物が次々と投げられていく。
そして何度も何度も壁を殴るにぶい音が木魂する。
部屋はわずかな間にありとあらゆるものが散乱した。
純はスタンドミラーに映った自分の顔と目が合う。その瞬間、彼の怒りの感情がほとばしり、渾身の力を込めて鏡に映る自分を殴りつけた。鏡が割れ、破片が辺りの床に飛び散り、大小さまざまな自分が写り出される。鏡の破片で切れたのか、純の腕からは血がぽたぽたと滴りおちていく。
鏡を割る音に驚いたのか、母親が部屋に入ってきた。
「あんた、何やってんの!」
純は母親と一切、目を合わせず、すぐさまバックを持ち出し、家を飛び出した。
(やべ~。血が止まんねぇな)
腕から流れ落ちる血のおかげで多少冷静さを取り戻していた。
とりあえず病院に向かい、手当をしてもらう。どうやら神経は切れていないようだ。止血され、腕は包帯でぐるぐる巻きされて、純は解放された。
病院から出ると、スコールが降ってくる。
ああ、とは思いつつも純の身体は雨宿りなどさせてくれない。どこかに向かうわけでもなく、ただ街を徘徊する純。何も考える気にはなれない。
次第になまぬるい雨が心地よくなっていた。泣けない自分の変わりに天が泣いてくれているのだ、と純は思っている。
純は昔からこういうことには不器用で、泣くのが苦手だった。
最寄り駅から一番近い交差点に差し掛かる。そこは、国道と一般道が重なり合うところで、この当りでは比較的大きな交差点だった。
「純、何やってんの。傘忘れちゃったの?」
(あぁ、この声は綾香か。頼むからこういう時だけ現れるの、やめてくんないかな……。ずるいだろうそれは)
あれほど嫌っていたのに綾香の声を聞いただけで、彼女だと純は認識できてしまう。そして、彼女の一声で呪がかかったように、また純のスイッチが押されてしまった。
純は顔を持ち上げると、今できる精一杯の笑顔を綾香に向けた。絶対に彼女に落ち込んでいることを悟られたくない。
「駅で買い物するぐらいだし、なんとかなるかな~っと思って出てきたら、やっぱ雨降って来ちゃって」
「純。何かあったの?」
彼女の瞳が純の心をやさしく包み込む。ああ、この人には一生かなわないかもしれないと純は思った。それでも綾香にだけは頼ってはならないとこれまでの経験が告げている。そういう意地を張っていないと、また彼女を好きになってしまう。彼女の呪縛から逃れない限り、純は成長することができない気がしたのである。
純は何が? という顔で綾香の言葉を待った。
「純がとびっきりの笑顔を作るのは、悔しくて仕方がない時。中学の県大会でベストタイムを出したのに、あと一歩で決勝に残れなかった時と同じ顔だもん、今。純はあの時もそうやってみんなの前では笑ってたけど、そのあと、隠れて悔し泣きしてたでしょ。そういう無理している時の笑顔なの」
「そうか……」
「とりあえずうち来れば? どうせ家に帰っても休まる場所ないんでしょう、その様子だと。今日は家族が旅行に行っちゃって、うちには誰もいないから大丈夫よ」
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