彼女は一瞬驚いたようだったが、すんなりと純に身を寄せてきた。そして彼の胸で泣き始めた。純はただ彼女の頭をなでてやった。
恵美子を抱きしめていると、彼女の髪からほんの甘い香りがしてくるではないか。
その香りは純をやさしく包み込む。
それが純の心をすべて見透かし、丸裸にしていく。抱きしめているのは純のほうなのに、逆に癒されているような安心感さえある。
30分ぐらいたっただろうか。彼女は泣き止むと、純は恵美子と眼を合わせ、そっとくちびるを重ねた。
「ごめんなさい」
それが純に向けられた“ごめん”なのか、彼氏に対してあやまったのかはわからない。でも、純には彼女の眼がそれ以上の関係を拒絶しているように思えた。
(あぁ。この子は彼氏のことが本当に好きなんだ)
と、その眼を見た時に理解してしまった。
そう悟った時、せめてでもこの瞬間だけ、彼女の傷を埋められる存在になれればいい、と受け入れることができた。それほどまでに彼女の瞳には力が宿っていた。
純は彼女の額に唇を当てる。
「すっきりした? もう寝ようか」
「……ありがとう」
そして、彼女は純の腕の中で眠りについた。
あれから3日が経ち、もうすぐテスト週間に入ろうとしているが、純は恵美子と会っていない。恵美子のことは気になってはいるのだが、やはり自分からは連絡が取りづらく、お互いに会話することもなかった。
何事もなかったかのように時が過ぎている。
純はこれからレポートを書くため、資料を借りに図書館へ行こうとしているところで、ばったりと麻紀にあった。
「あ、じゅ、じゅん!? どこ行くの?」
「図書館だけど……」
おかしい。どこかよそよそしく、普段の麻紀の覇気がない。それに目がおどおどしている。特に図書館に行くと言い出してからの動揺がはげしい。
「麻紀、なんかオレに隠しているだろう」
「ううん、何も。隠しているわけないじゃない」
「いいから、何なんだ」
「う、うん、実は図書館に恵美と篠崎さんが来ているのよ」
「え、恵美子の彼氏は留学してるんじゃないのか?」
「どうやら恵美を心配して一時帰国したらしいの。いったら鉢合わせになると思うよ」
「そっか、ありがとう。でも、それはそれで面白いんじゃないのか」
そういい放つと、麻紀の制止も聞かずに図書館へ向かっていった。
どうやら、麻紀は恵美子と純の関係をすでに知っているらしい。だからあれほど動揺していたのだろう。
彼の第一歩を踏ませたのは篠崎への怒りの感情であったが、歩いていくうちに自然とその感情がやわらいでしまい、一つの疑問が生まれた。
(オレは彼女の何なのだろう。行ったところで何を言うんだ?)
考えてみれば、テスト前にもかかわらず、彼女のために帰国する彼氏に尊敬の念すら抱く。自分ならテストが終わってから帰国するだろう。次第に純の歩調が緩まっていく。
(あぁ! もう成るようになれだ)
思考をするのをやめ、純は日本文学の書物が置いてある4階に足を運んでいった。
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