1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
2012-02-21 11:13:25

オカバンゴ湿原とコイサンマン 3

テーマ:紀行

さてその23日後、数キロ離れた岸辺でひっくり返ったカヌーが発見され大騒ぎになった。村人総出で捜索して、結局はその数日後に葦原の中の砂洲に、食べる物もなく途方に暮れたドブネズミのような状態の青年が見つかったのだそうだ。

 似たような話は旧ザイールでも聞いた。これは或る大学の探検部員だったらしいが、ザイール河をこれも地元民から譲り受けたカヌーで下った。前に書いたようにザイール河は河口から2000キロ以上の上流でも巾1キロは優にあるような大河だ。頻繁ではないが巨大船団や貨物船なども行き交うし、熱帯雨林の気候は急変するので雷雨や豪雨で川面の状態は安定しない。私が乗った船団でも1800キロを下るのに10日も費やした位だから、カヌーで下るには100キロ程度でさえ数日は掛る筈だ。現地の日本大使館に計画を伝え、十分なキャンプ用品や医薬品などを携行した。用意周到に準備した探検部員だったが、結局その学生たちは途中でアメーバ赤痢とマラリアを併発して死にそうになり、川辺に暮らす漁民に助けられて幸運にもキンシャサの日本大使館が知ることになって救出され、病院に担ぎ込まれて一命を取り留めたと聞いた。

 そのザイールでは、イギリス人の仲間と4DW車で東アフリカからロンドンまでの踏破を試みた私の友人が、マラリアを発病して診療所へ向かう途中の森の中で亡くなった。また、知り合いのテレビプロデューサーの助手だった若者が原因不明の病で突然倒れて急死したこともある。無理な冒険をしたわけではなくても、どこで何が起きるかわからない。いろんな所でいろんな体験をした私が大病に罹ることなく大事故に遭わず大怪我することもなくやってきたのは幸運だった。

 アフリカの美しさや穏やかさの陰にはそうした危険もあることを忘れてはいけない。

 女将は自分の左の二の腕を見せてくれた。皮膚が直径3センチほどの色濃い傷跡になってひきつったような窪みができていた。何カ月か前に毒蜘蛛に噛まれた跡なのだと言った。ここらじゃ、こんなことは良くあるのよ。あっけらかんと笑う女将には何世代かに渡ってアフリカで暮らしてきた人の人間力を感じた。

 アフリカで暮らし旅することは、そのように様々な形の生と死、人間と地球との付き合い方を目の当たりにすることなのだ、とつくづく思う。

オカバンゴ・デルタの南西側に拡がっているのがカラハリ砂漠で、この砂漠はナミブ砂漠のような砂の海ではない。赤褐色の乾いた大地には低木の林もあるし数々の哺乳類もハ虫類も生息している。そしてそこに暮らしを営み続けているのがブッシュマンと呼ばれたコイサン人達だ。

2012-02-18 22:18:00

オカバンゴ湿原とコイサンマン 2

テーマ:紀行

 日本人に限らずアフリカは冒険の旅に憧れる若者にとって一度は訪れたい地だが、概して興味本位で行動し無防備であることが少なくない。

 内戦が終結した直後のルワンダに取材に行った時のこと。国連の平和維持軍がパトロールする田舎町で、迫害に遭った避難民たちが守られながら身を置くキャンプにバックパックを背負ってうろつく日本人の若者の姿を認めた。それまで共存していた民族同士が棍棒や山刀で大量殺戮を行った地域だ。未だ処理されない遺体が残っていたりして、国連の監視下にあるとはいえ民族間の緊張が漂っているし、一般の旅行者が物見遊山するような場所ではない。首から小さなカメラを下げたTシャツに半ズボンの若者が取材者ではないことは一目でわかる。ヘラヘラと笑みを湛えながら道端で遊ぶ裸足の子どもの姿を写真に収めているその姿はあまりにも無防備だった。

ナイロビの下町にある安宿で無為な逗留をしているような旅行者のなかに、他の人が行ったことがないような所に行った…と吹聴するそのことだけのために危ない場所に足を運ぶ輩がちょくちょく居たものだ。そんな例は特にバブル期以後の日本人バックパッカーにはよくあることなのだった。幸いにもそんな連中が事件や事故に巻き込まれたという話は多くはない。それでもどこかで行方不明になって、30年近く経った現在まで手がかりも掴めないままに消息を絶ってしまった人もいるという事実がある。

 オカバンゴのロッジの女将の話に戻る。さすがにそこまでやってくる日本人は少なく、その一年ほど前に大学生だという日本人の青年がやって来て驚いたと言う。彼は地元の漁民が使う丸木のカヌーを仕入れ、独力で湿地を下ろうと計画した。別に野鳥マニアでもなければ探検部とかでもない。ヒッチハイクや路線バス・トラックなどを乗り継いで移動し、安宿に泊ったり民家の世話になりながら安上がりな旅行をダラダラと続けるモラトリアム・バックパッカーだったらしい。

前に書いたがそのあたりでも湿原の幅は10キロほどもある。視界の効かない葦の原に迷い込んだら一生出てくることができないこともある、と言うのは誇張ではない。しかも湿原につきもののワニやカバ、毒蛇といった危険な動物もウヨウヨといる。ほんの数時間の撮影にも私たちは地理に精通した船頭とライフルを持ったガイドを同行させていたくらいだ。女将は危険だから止めるようにと説得したと言う。それでもたかを括ったのか、その日本人学生は呑気にも川下りを決行した。

2012-02-15 14:03:58

オカバンゴ湿原とコイサンマン 1

テーマ:紀行

 チャーターした小型機に乗ってナミビアから隣のボツワナ、オカバンゴに飛んだ。世界に知られる大湿原オカバンゴ・デルタの自然と、カラハリ砂漠にブッシュマンと呼ばれた人達を訪ね岩山に残された先史時代の岩絵を撮影するためだ。

 まず向かったのはボツワナの北西端、シャカウェ。ナミビアとの国境も近く、オカバンゴ川が流れ込んでデルタを形成する発端となる湿原が拡がり始まるあたりだ。岸辺のロッジに宿泊してボートで湿原を巡った。

 そのあたりで既に湿原は巾10キロメートルほどもあって、一帯は水面に伸びた葦の原だ。その切れ間が水路となっていて湿原を縦横に結んでいる。底の平らなボートを使って水路を巡った。水が綺麗なので水深2メートルほどの水底が見透かせる。

葦原が切れて広い水面が拡がった所で珍しいものを見た。アフリカン・スキマーという水鳥だ。小型のカモメのような体形で群れをなしている。特徴的なのはその長い嘴で、上下の下の方が少し長く大きい。朝や夕方、開いた下の嘴だけを水につけて水面すれすれを滑空する。そうして水面近くを泳ぐ小魚を掬い取って食べるのだ。白頭のアフリカン・フィッシュイーグルも多かった。水辺の高い木の上に陣取って水面を睨み獲物の姿を認めると飛び立って急降下、水面を蹴るように両足を力強く振り下ろすと、文字通り鷲掴みにした魚を引っ提げ悠々と上空に引き揚げて行く。

そんな情景を撮影して夕方、音も無く流れる水に乗ってロッジに戻る途中、葦原の一部の水面が突然盛り上がり、潜んでいたワニが躍り出たのかとビックリした。盛り上がった水はピチピチと撥ねている。それは大量の魚の塊りで、ガイドが言うには水底に大ナマズが出てきて小魚の群れが逃げ惑っているのだそうだ。似たようなことはアマゾンでも起こると後で知った。小魚の群れが波のように膨れ上がって川面を遡ることもあるらしい。オカバンゴでもそれに近いことは起きると聞いた。それほどに魚類が豊富なのだ。

これがもっと下流のデルタの裾のほうにゆくと湿原の間にサバンナが拡がって大型の動物相が豊富になる。オカバンゴ・デルタは1996年にラムサール条約に登録された貴重な自然で、アフリカでも特異な自然と動植物相を持つ。野鳥好きには絶対に外せない天国のような場所だ。川は湿原の裾で砂漠化した大地に吸い込まれて霧消する。

宿泊していたロッジは主に南アフリカの白人や欧米からの観光客たちに利用されている。といっても特別に高級ではなく、地元で調達した丸太や葦などの建材を使ったシンプルなコテージ式の建物で、地元で生まれ育った白人一家が家族経営しているような素朴な宿だった。そこの女将から日本人にまつわる興味深い話を聞いた。

Amebaおすすめキーワード

    1 | 2 | 3 | 4 | 5 |最初 次ページ >>
    アメーバに会員登録して、ブログをつくろう! powered by Ameba (アメーバ)|ブログを中心とした登録無料サイト