オカバンゴ湿原とコイサンマン 3
テーマ:紀行さてその2~3日後、数キロ離れた岸辺でひっくり返ったカヌーが発見され大騒ぎになった。村人総出で捜索して、結局はその数日後に葦原の中の砂洲に、食べる物もなく途方に暮れたドブネズミのような状態の青年が見つかったのだそうだ。
似たような話は旧ザイールでも聞いた。これは或る大学の探検部員だったらしいが、ザイール河をこれも地元民から譲り受けたカヌーで下った。前に書いたようにザイール河は河口から2000キロ以上の上流でも巾1キロは優にあるような大河だ。頻繁ではないが巨大船団や貨物船なども行き交うし、熱帯雨林の気候は急変するので雷雨や豪雨で川面の状態は安定しない。私が乗った船団でも1800キロを下るのに10日も費やした位だから、カヌーで下るには100キロ程度でさえ数日は掛る筈だ。現地の日本大使館に計画を伝え、十分なキャンプ用品や医薬品などを携行した。用意周到に準備した探検部員だったが、結局その学生たちは途中でアメーバ赤痢とマラリアを併発して死にそうになり、川辺に暮らす漁民に助けられて幸運にもキンシャサの日本大使館が知ることになって救出され、病院に担ぎ込まれて一命を取り留めたと聞いた。
そのザイールでは、イギリス人の仲間と4DW車で東アフリカからロンドンまでの踏破を試みた私の友人が、マラリアを発病して診療所へ向かう途中の森の中で亡くなった。また、知り合いのテレビプロデューサーの助手だった若者が原因不明の病で突然倒れて急死したこともある。無理な冒険をしたわけではなくても、どこで何が起きるかわからない。いろんな所でいろんな体験をした私が大病に罹ることなく大事故に遭わず大怪我することもなくやってきたのは幸運だった。
アフリカの美しさや穏やかさの陰にはそうした危険もあることを忘れてはいけない。
女将は自分の左の二の腕を見せてくれた。皮膚が直径3センチほどの色濃い傷跡になってひきつったような窪みができていた。何カ月か前に毒蜘蛛に噛まれた跡なのだと言った。ここらじゃ、こんなことは良くあるのよ。あっけらかんと笑う女将には何世代かに渡ってアフリカで暮らしてきた人の人間力を感じた。
アフリカで暮らし旅することは、そのように様々な形の生と死、人間と地球との付き合い方を目の当たりにすることなのだ、とつくづく思う。
オカバンゴ・デルタの南西側に拡がっているのがカラハリ砂漠で、この砂漠はナミブ砂漠のような砂の海ではない。赤褐色の乾いた大地には低木の林もあるし数々の哺乳類もハ虫類も生息している。そしてそこに暮らしを営み続けているのがブッシュマンと呼ばれたコイサン人達だ。






