三原順と「はみだしっ子」 | マノンのMUSIC LIFE

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先月末の話になりますが、恒例の御茶ノ水詣、すなわち中古CDハンティングに行ってまいりました。
3ヶ月に一度のペースが基本なのですが、今回は10%OFFセールのタイミングが合わずほぼ4ヶ月ぶり。
CDの方は3時間かけてたっぷり仕入れましたが、今回はもうひとつ目的があったのです。

『~没後20年展~ 三原順 復活祭』
5月いっぱいの予定でしたが6月14日(日)まで延長して開催中。
入場は無料ですが、月・金・土・日しか開館していないのがネック。

復活祭

場所は「米沢嘉博記念図書館」という、明治大学の敷地の裏側、男坂という階段を降りて神保町方面へ向かう途中にある、一見まじめな法律関係専門の書店のようなたたずまいで、ぼうっと歩いていると見逃してしまいそう。

男坂

この米沢氏という方は寡聞にして知らなかったのですが、コミケを立ち上げたメンバーのようです。
記念館

中に入ってみると個人経営の書店ほどのスペースですが、4ヶ月目に入ろうかというのに20人ほどの人がいて、静かに賑わっていました。
展示内容が一ヶ月おきに入れ換えをされていることもあるのでしょう。
やっぱり手張りのネームやスクリーントーンが張ってある原画とか、びっしり書き込まれたアイデアノートには、作者の創作エネルギーが込められているので、惹きつけられてしまいました。

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三原順についてはご存じの方、ほとんどいらっしゃらないと思いますので、簡単にご紹介。

1975年~81年『花とゆめ』(白泉社)誌上で発表された『はみだしっ子』シリーズが代表作(というか、もうほぼコレに尽きます)。

グレアム、アンジー、サーニン、マックスという、それぞれの事情で親の元を離れた4人の子供が、放浪しながらも落ち着く場所を求めるというお話。
といっても、単純な成長物語のようなものではなく、子供らしいじゃれ合いで話を軽くする場面もたくさんありますが、凡百のマンガと一線を画すのは、そこに込められた世界に対する違和感と、幅広く溢れかえる現実への問題意識。
セリフ回しも独特で、いろんな伏線も張られているので、とにかく読むのに時間がかかります。

そもそも「花とゆめ」自体、別冊少女マーガレットから枝分かれしたような感じの雑誌でしたが、王道の学園ラブコメとは違って、山岸涼子「アラベスク」や魔夜峰央「パタリロ!」に代表されるように、我々の日常とは乖離した世界観の中で展開される話が多かったのです。
描かれている状況や設定は、日本で市民生活を送っている読者にとっては現実離れしていても、マンガをメディア(媒介)として、作者が日常的に感じている様々な問題を我々に投げかけていたのでしょう。

圧巻なのは、物語の後半、4人まとめて養子にしてくれるというジャック夫妻の元に身を寄せてから。
長男格だったグレアムがその役目を降りて、マックスが雪山で犯してしまった殺人の後始末という口実で、自分の志向する死への誘惑へ身を任せようとする。
他方、縄張り争いからマックスを助けようとして、少年にナイフで刺され、傷害事件の裁判に巻き込まれることになる。
その中で司法制度と倫理観の大きなギャップについて多くのページを割いています。
英米法を基準にしているので、陪審員も当然登場していますし、1ページ丸ごと文章だけ、という部分もあり、当時は衝撃でした。
ネームのみ

三原順の作品は、なにより絵柄が独特で、最初はあたしも抵抗があったのですが、それに慣れてしまえばドップリと、その世界にハマってしまいました。
そもそもデビュー前から「難解で盛り込みすぎ」のきらいがあったようなので、そういう堅い部分を描きながら連載を維持して行く手段として、大人っぽい黒髪のグレアム、美しい金髪ロングのアンジー、自然児サーニン、とにかく可愛いマックス、というキャラクター人気を得られるような造形には気を使ったものと思われます。
彼らが成長していくにつれて絵柄も少し大人っぽくシャープになっていった感触があります。

グレアムを厳しく育ててきた実父が、ガンで死ぬ前に、昔お気に入りの花瓶を割ったことの謝罪をしろ、と身に覚えのない事を言い出し、聖書に「我らに負債あるもの凡てのものを我ら免せば 我らの罪をも免し給え」という言葉にあるように、罪を許すことですべて水に流して人生を終えたい、そんな気弱さを見せる姿に苛立つところも印象的でした。
聖書
厳しさは強さだと思っていたのに、自分もそんな弱い血を受け継いでいるのかと思うと呪わしい、ということなのですが、あたしも後年、すっかり甘々になった父を見て、このシーンを思い出したものです。

「はみ出しっ子」が完結した後「Die Energie 5.2☆11.8」では、チェルノブイリの事故の3年前という時期に原発問題に踏み込んでいて、「もし事故を起こしても損害賠償のほとんどは国が…つまり私達の税金で支払わせるんでしょう? 電力会社の負担分は料金に上乗せしてまた私達に払わせるんでしょう? 電力会社がつぶれたりはしないのね? だから何でもできるって訳? 結構な御身分ね!」というセリフが3・11後にツィッターなどで話題になったのも、再評価のきっかけになったのかもしれません。
原発

作者がマンガを描く動機として書いていた文章に「他の人の気持ちをわかったと思えたことがない。嫌いな相手の気分を効果的に害せなかったときは絶望的だった。」というくだりがあって、めったにないことですが共感しました。
あたし自身は嫌がらせをするほど他人に興味はないのですがwww自分の気持ちに対する他人の類推や評価がことごとく的外れで、そのうち説明するのも面倒になってしまった人なのでね。


いまや日本のコミックも多様化して、もっと難解で深読み可能な作品はたくさんあるのかもしれませんが、70年代後半というマンガ雑誌も両手で足りそうな時代にこんな作品があったことを知っていただければ、と思います。

花とゆめコミックスでは全13巻でしたが、現在は白泉社文庫全6巻が流通しています。
はみだしっ子 (第1巻) (白泉社文庫)/白泉社



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