*TO BE*~ちゃーこの日常 時々子宮頸がん~

34歳3児の母で子宮頸がん1b1期。
円錐切除からの~広汎子宮全摘手術。
手術で治療は終わりと言われていたのに、
まさかの“リンパ節に1つ転移あり”。
追加治療として、抗がん剤治療(ネダプラチン+イリノテカン)
計6クール(H25.9/17〜H26.2/6)終了


テーマ:
だいぶご無沙汰しておりましたが
お陰様で体調も良く、仕事が忙しくて
しばらくここを離れておりました。
6月末で術後丸4年が経過しました。
定期検診は4ヶ月おきとなってます。



目まぐるしい毎日を送っていた中、
私の元に、悲しい知らせが届きました。







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2017年7月3日
マリリンが亡くなりました。
34歳でした。



ご存知の方もいらっしゃると思いますが
マリリンと私は同い年で
初発治療の時期も近く、
このアメブロで知り合い
そこからずっと、ずっと、
仲良くしてきた友達です。






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7/9の夕方、
マリリンからLINEが届きました。



文頭に
「○○(マリリン)の妹の●●です」
という文字が見え、
開くのがとても怖かった。



マリリンの訃報でした。



奇しくも、
マリリンの訃報を知る事となった
「7月9日」は



ちょうど1年前
ようやくマリリンと
初めて会う事が叶った日でした。




去年の11月、
マリリンが妹さんと一緒に東京に来た際
私達は一度会っていたのですが
(妹さんとはご挨拶だけですぐ別れました)



マリリンが亡くなった後、
ご家族がお知らせの連絡をする際
マリリンの数多くいる友達の
人物と名前を一致させる大作業の中



妹さんが

「一度東京でお会いした姉のお友達は
なんという名前だっただろうか…?」

と、思い出して下さり
マリリンのLINEから
一生懸命探して探して、



11月にマリリンと私が
待ち合わせの約束をしているやり取りを発見



そこから私に連絡をくれた…
という経緯になります。



その作業を想像すると、
どれほど大変だった事だろう、と…
妹さんにはとにかく感謝するばかりです。



しかもその時点ではまだ、
マリリンの友達の中でも半分くらいにしか
伝えきれてなかったそうです。



今回私がブログで皆様に
マリリンの事をお伝えする事も、
ご家族様方のご了承を得ており
こうして書かせていただいている次第です。







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結論から言うと、私は3連休を使って
マリリンの自宅のある兵庫へ
行ってきたのです。



訃報を聞き、震えが止まらず
泣くだけ泣いて
頭がグルグル回る中



「マリリンに会いに行きたい」



これしかなかったのです。



まだご家族の傷も癒えず、お忙しく、
ただご迷惑になるのは百も承知だけど



私に会いに二度も東京へ
痛い脚を引きずりながら来てくれた彼女に
どうしても直接お伺いして手を合わせたい。
彼女が過ごした場所へ行きたい。



遠いから無理をなさらず…と気遣ってくれ、
それでも快くご住所を教えていただき
私が会いに行く事を
喜んで受け容れて下さった
妹さんと、ご主人様に感謝して



でも冷静に考えて、
兵庫と東京、というこの距離。
そもそも、いつどうやって行くのか。
ご迷惑になるのに
本当に行っても大丈夫なのか。
現実的に、色々な面で、
兵庫まで行く事は可能なのか。
日程はどうするのか。
悩み始めた私に対して



「お前が会いに行きたいなら、
俺が連れて行ってやる。
後悔しない選択をしろ」
と言って
車を出してくれた私の主人にも
ついてきてくれた3人の子供達にも感謝し




7/16 マリリンの自宅へお伺いしました。






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ご主人にリビングへ促していただき、
優しく微笑んでいるマリリンの遺影の前で
手を合わせ目を閉じると、
頭がグラグラしてきました。
涙が止まらない。



これは現実なのか?
夢じゃないのか?



訳が分からなくなりました。



何で?何で?何で?



多分私はまだ、マリリンが亡くなった事を
理解出来ていなかったのでしょう。



私の家族が順番にお線香をあげている中、
床に突っ伏して、ただひたすら
声を上げて泣き続ける私の背中を



娘がずっと、
小さな手でさすっていました。



そうしているうちに、
お近くに住むマリリンのお母様と、
妹さん、妹さんのお子さんも到着しました。



お母様も妹さんも本当によく
マリリンと顔が似ていて、
お母様は明るくハキハキしているので
マリリンの性格はきっとお母様譲り。



時に笑いながら、
時に涙しながら、
沢山、マリリンの話を聞かせてくれました。



とても活発な子だった、という事。

家族旅行で北海道へ行こう!
と言う親御さんをよそに
「沖縄の友達に会いに行ってくる〜!」
と言って単独行動をするほど、
アクティブだった事。

でも車の運転はとても慎重だった事。

生き物が好きで、
水槽のレイアウトに凝っていた事。

人が家に集まるのが好きだった事。

最期まで「友達に会いたい」と言っていた事。

私と会った11月は
アイドルのコンサートに行くのが理由で
妹さんと上京してきたのだけど、
お母様には
「コンサートは二の次やねん」
と言っていたらしい事。


「身体が心配だったけど、
お姉ちゃんと一緒に行けるのは
これが最後になるかもしれないと思って
東京へ行く事を決めた」
と、覚悟しながら同行をした妹さん。


それら全てを受け容れた上で、
快く東京へ送り出したご主人。



リビングで談笑しながら、
何度も遺影のマリリンを見ていたら
まるでそこにマリリンが微笑んで
存在しているかのような錯覚がして。



私達が帰る間際、お母様が



「マリリンは、東京と沖縄が
1番好きやったから…
東京からこうして来てくれると、
マリリンが帰ってきたみたいやわ…」



と仰ってくれて、
また涙が止まらなくなりました。






ーーーーーーーーーーーーーーーーー






マリリン。
私は、貴女に出逢えて良かったよ。



同い年で、なぜか妙に気が合って


連絡先の交換ができた時は
お互い凄く喜んで



数え切れないほど沢山LINEして、
下らない事で笑い合ったね。



病気の話、治療の話、
主治医の話、家族の話、
友達の話、ブログの話、ソレイユの話…



いつも会話が尽きなくて、
毎回夜中まで続いたLINE。



電話した時なんて、
長くなり過ぎて
お互い家族が先に寝ちゃってたよね。



ブログでは知的な文章を作るくせに、
LINEでは誤字脱字が多いマリリンを



「誤字脱字大魔王」
なんて呼んで、
2人して爆笑してた。



シリアスな話をしていても、
いつの間にか毒吐いたりして
ふざけあったりしちゃって



私とのLINE
「たまに読み返すとほんと笑える!」
って言ってたよね。



私もよく読み返しては
1人で笑ってたよ。



「こんなにも気が合うのに
家が遠いのがもどかしいね」と



「家が近かったら
しょっちゅう宅飲みするのに」と



兵庫と東京の距離を嘆きながら



「今年はお金貯めて、
家族でディズニーランドへ行って
またちゃーこに会いに行くのが目標。
旦那の事も紹介したいし!」



と言っていたけど、
こんな形でマリリンの愛した
自慢の旦那様に会う事になるなんて、
私、夢にも思っていなかったよ。



ご主人の事、大好きだったもんね。
マリリンが大好きなのよく分かるよ。



笑顔が優しくて穏やかで、
でも面白くて、マメで、
子供達やマリリンを本当に
愛しているのが伝わるよ。



マリリンにそっくりな妹さんは、
本当に姉想いで気遣いが素晴らしい
律儀で、誠実な方。
本当に仲良し姉妹だったんだね。
私の事ばかり気遣って、
こんな突然の私のワガママに対しても


「お姉ちゃんもきっと、
ちゃーこさん来てくれて泣いて喜んでます。
"私の為にわざわざ
東京から来てくれたんやで!"
って言ってると思います」


と仰ってくれたんだよ。



11月に会ったあの日、
私に挨拶する為だけに
私の到着を待ってて下さった妹さん。



あの日に顔をあわせていなければ、
こんなに早く私の耳に
訃報が入ってこなかったかもしれないね。








人を愛して
生き物を愛して
周りを照らす貴女は
太陽のようだった。



阪大での患者会発足の際、
阪大から見える太陽の塔に因んで



フランス語で「太陽」は「ソレイユ」だから
患者会の名前を
「ソレイユ」にするのはどうかな?って
相談してくれたよね。



私にとってはね、
貴女自身が太陽(ソレイユ)だったんだよ。



私の事をいつも
「私のメンタルケア担当」
と言っていたけど、
私は貴女に何か出来ていたのかな。



貴女の居ない世界が
いまだに信じられないし
受け入れられないよ。



こうやって貴女の事を綴って
投稿してしまったら、



貴女が居なくなってしまった事を
認めなきゃいけないみたいで、



書いては  やめ、
また書いては  やめ、



何日も何日も
投稿出来ずにいたよ。



何度も貴女の写真を見て



何度も貴女との思い出を振り返っては泣いて



何度も貴女とのLINEを開いては
現実逃避して



何度も貴女のブログを読んでは
生きていた証を確かめ



でも、ブログの最期を気にしていた
貴女の事だからきっと



「ちゃーこ、はよ皆に伝えてや」
って言っていそうで。



私の事を心から信頼してくれていた。



何かあるといつも相談してくれていた。



人に言い難い事も、
何でも本心で話してくれた。



いつも私を照らしてくれて
ありがとう。



私と関わってくれて
ありがとう。



この世に生まれてきてくれて
ありがとう。



たくさんの愛を
ありがとう。





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