『フツウ』ってなんですか?
みんなと一緒。ってことですか?
みんなと一緒じゃない。って事はなんですか?
キチガイ。
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僕は感情が色で見える。
正確に言えば「見えた」になるんだろうか?
今でもわかりやすい感情は色で見える時があるし、子供の頃とくらべたら格段に見えなくなっているのでやはり「見えた」というべきななのだろう。
とにかくこれはフツウではない。
「感情が色で見える」なんていう子は嘘吐きと言われるんだろうし、それでもしつこく言ってくれば同じ年の子であれば「頭がおかしいやつ」という事になるんだろう。
ただでさえ僕は感情表現が大袈裟で、からかいやすい性格だったから、いじめるのには格好の標的になったのだろう。小さくて力もないことも災いした。
3年になって、クラス替えが行われたことで唯一僕が良かったとおもったことは、1・2年のときに僕をいじめていたやつと別のクラスになれたことだった。
だけど、そう思えたのもつかの間。また新しいいじめっ子が出てきたんだ。
同じ歳の子供というのは、自分達と違う『異端』を見つけるのが得意だ。僕がどんなに上手に隠したと思っても、隙間からにじみ出る匂いを敏感に嗅ぎ取って大衆の前に引きずり出す。彼らのようなハンターの前では僕のようなものは抵抗する手段がない。
否。
抵抗する事すらいじめの材料にされてしまうんだ。
『感情が色で見える能力』というのはいじめられる理由のなかで大きな理由になる。というのをこの頃になってようやく理解した僕は、このことに対して一切多言しない事に決めた。
友達はもちろん、親、兄弟、そして自分にも『見える』事を言わない。気にしない。見えないように振舞うようにした。そうしないとすぐに僕は『本当の事』を言ってしまってまたいじめられてしまうのだから。
そうであるなら、最初からなかったことにしてしまえばいいんだ。
そうして僕の世界は次第になんの色もない漠然とした灰色になっていったんだ。
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この頃、ノストラダムスの大予言と言うのが流行った。
世界の滅亡だとかが書かれた物でとにかく僕は怖かった。
いつ来てもおかしくないという関東大震災クラスの大地震というのも異常に怖かった。
恐竜を絶滅に追いやった小惑星の衝突も怖かった。
冷戦も怖かった。
核戦争も怖かった。
宇宙人や、ネッシーも怖かった。
太陽や地球の寿命というのも怖かった。
とにかくそうした自分の知らない事でいずれ起こる可能性があるものが僕は怖かったんだ。
そうした恐怖からのストレス。
色の事を言えないストレス。
本当の事を言えないストレス。
いじめられるストレス。
そうしたストレスが極限まで溜まると僕は叫んだ。
出せる限りの大きな声で力の限り、息が出なくなるまで叫び続けるとなんとなく落ち着いた。
さすがに授業中にはやらなかったが、中休みや昼休みには叫んでいた。
この姿は異様だったようですぐにいじめられた。
学校で叫んでいると殴られて痛いので下校途中で叫ぶようになった。
しかし僕の声は大きいのですぐに見つかって殴られた。
家に帰るまで叫ぶのを我慢できなかったので、今度は捕まらないように走りながら叫ぶ事にした。
だけど僕は鈍足であったからすぐに捕まって殴られた。
家まで黙って帰って家で叫んでいると親に大目玉をくらった。
どうしても叫びたかった僕は、幹線道路に向かって、走っている電車に向かって、鉄橋の下で電車が通り過ぎている時に叫んだりしていた。大きな音がしているときに叫べば目立たないと思ったからだ。
声は目立たなくなったが、町のあちこちで僕が叫んでいるのはとても目立った。
どんなに殴られても叫ぶのを止めない僕の姿は他の子に恐怖に映ったのかもしれない。
いつの頃からか僕は殴られなくなった。
そのかわり僕は『キチガイ』と言われるようになった。
フツウじゃない。
そう言われ続けてきた僕は、じゃあ僕はなんなんだろうといつも考えていた。
頭が痛くなるくらい考えてもわからなかったし、他の人に聞いても誰も教えてくれなかった。
あるときいじめっ子が僕に言った。
『一心、お前はそんなに叫んでばっかりいるからキチガイにちがいない』と。
みんなが僕をキチガイだと声をそろえて言う。
「僕はフツウじゃない?」
そうだ。と返事が来る。
お前はフツウじゃなくてキチガイだ。と。
そうか、僕はフツウじゃなくてキチガイだったんだ。
妙に納得できたし、今までにないくらい安心した。