報道にもありましたが元ベイ戦士で虹の弾道こと
古木克明がプロレスラーに転向とのこと
野球選手として最後まで全うして欲しいと願ってた自分としては
非常に残念です
あぁ、僕らのヒーロー古木
今日はそんな彼の新しい船出に声援を送る意味で
彼のエピソードとともに、古木克明の野球人生を振り返ろうと思います
僕らは古木を忘れない~虹の弾道と呼ばれた男~
※この物語は実話を元にしたフィクションです
1980年11月10日。三重県松坂市。
後に数々の伝説をうちたてる男は誕生します。名は古木克明
野球大好きな少年で、常にグローブを抱いて寝ていたといいます
もちろん夢はプロ野球選手。しかし、彼には入りたくない球団がありました
それは、大洋とロッテ
理由はと言うと「弱いから」
というなんとも可愛くない……無邪気な子供でした
そんな彼も高校生になり、愛知の名門、豊田大谷高校の門を叩きます
その天性の打撃力で2年時に3番に抜擢
彼のホームランが描く高く、美しい放物線は正に
虹の弾道でした
そして今や伝説となった80回の夏の甲子園大会
彼は、村田修一、上本達之、和田毅と、松坂世代を代表する選手を
バッタバッタと倒して、ベスト4という成績を残したのでした
そして運命のドラフト会議
彼を指名したのは奇しくも、入りたくない球団に名前を挙げていた
横浜ベイスターズ(旧大洋)でした
しかし当時は押しも押されぬ日本一球団。彼はすぐに入団を決意します
入団後、彼が頭角を現したのは2000年6月6日のイースタン日本ハム戦でした
場面は9回裏1アウト満塁。彼は左翼を守っていました
そして打球は彼の方向へ
ファンサービス精神旺盛は彼は
「ここは、ファンにかっこいいところを見せないとな」
と、勇猛果敢に打球を追います
そして、打球に飛びつき背面キャッチ!
ファインプレー!!
と、思いきや、ランナーは当然タッチアップ。余裕のホームイン
しかも獲った場所はファールゾーン。獲らなくてもいい打球だったのです
観客からは爆笑の渦!!
後の、守備を暗示させるようなプレーでした…
そう、古木克明の伝説はここから始まっっていくのでした
続く
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