Martin C1K & T1K

2012-01-24 01:51:20 テーマ:ウクレレのデータ
Elderly社のホームページによれば、Martinのウクレレに「1K」のコンサートとテナー、つまり「スタイル1コア」のコンサートとテナーが発売されるらしい! (同社のページから写真を転載)
UKE道アネックス
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お値段は、定価でコンサートがUS$629.00、テナーがUS$649.00だという。Martin社のウクレレのページには現時点では未だ記載されていないが、ぐっとMartin Ukuleleが手近になった! あとは、T3、C3の可能性に期待~!
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R.I.P. Kunie, my mother

2012-01-05 01:33:41 テーマ:family
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2011年12月24日午前8時過ぎ、母邦江、静岡の老人ホームにて逝去。92年と25日間(33,629日間)の人生を全うして昇天。合掌。

12月22日、静岡の義兄から危篤の連絡。まるで年内の授業が21日に終了するのを待っていてくれたかのようだ。母の気遣いを感じた。
 大学から家内の入院先に寄って母の許に直行。
 ニチイのグループホームの2階、一番奥の部屋で、母は苦しそうな呼吸を繰り返していた。体内の二酸化炭素が増加してきているせいか、意識はない。幸いなことに、床ずれの痛み、肺から全身に転移しているであろう癌の痛みからも解放されているようだ。
 長年、母の介護をしてくれていた長女夫婦と、母にとっての最初の孫(私の姪)としばらく母を見守った。未だに母が心を許していない次女夫婦は、さっさとホテルに引き上げてしまった。人間として非常に恥ずかしい残念な元教師たちである。
 疲労が溜まっている姉夫妻と姪に帰宅して貰い、一人で母を見守ることにした。ベッドの横に布団を敷いて横になっていたが、母の呼吸が気になってほとんど眠ることができない。当直のスタッフが時々お茶を入れてくれ、一緒に、母の様子を見守ってくれた。
 母は、8年くらい前から認知症の症状が出始めた。静岡の家に泊まった翌朝、私の顔をみて「え! いつ来たの?」と言うようになっていた。前夜、テレビを見ながら雑談したことを忘れてしまっていた。その後、家内が白血病を患い入院した頃から、母の認知症は更に進行し、一人暮らしが難しくなった。長女夫婦が苦労してグルームホームに入れてくれた。
12月23日、朝8時過ぎ、ホームのスタッフが入れ替わり立ち替わり母を見舞ってくれた。
 その時、奇跡が起きた。
 母が瞬きをしたのだ。急ぎ、みんなで話しかけた。すると、目をあけた。そして、ほんの少しだけジュースを口にした。長女夫婦も駆けつけてくれた。みんなで話しかけたが、再び眠ってしまった。その後、私はいったん東京に戻り家内の病室に寄って帰宅。
12月24日、朝8時過ぎ、義兄からの電話で母の逝去を知った。最後に、大きく息を吸い込んで、そのまま眠るように安らかに、みんなに見守られて逝ったという。
 夕方、静岡に赴き、斎場の安置所で母に再会した。合わなくなっていた入れ歯を入れて貰ったせいか、以前と変わらない顔立ちに戻っていた。化粧もしていないのに綺麗な顔だった。苦しまなかったことがわかって少しだけ嬉しかった。でも、肌はすでに冷たかった。1958年12月5日、父が逝去した時、何も理解できなかった幼い私は亡父の横で眠ったが、あの時も、父の肌が冷たかった。母の顔を撫でながら、53年前のことを思い出していた。

12月27日、通夜。
12月28日、葬儀。
 こんなに仲の良い嫁姑がいるのだろうか、と思えるほど仲良しだった家内は、どんなに辛く悲しかったことだろう。病室を抜け出してでもお別れをしたかったに違いないが、それはかなわない。家内の気持ちを思うと、さらに悲しい。
 通夜と葬儀には、大勢の方々が駆けつけて来てくださった。50年ぶりにお目にかかる女中さんも来てくださった。出棺の時、ホームのみなさんが作ってくださった紙製の蓮の花を棺に入れたが、母は、まだ、まるで、眠っているかのようだった。

requiescant in pace(R.I.P.)

2011-12-04 00:19:05 テーマ:ウクレレのデータ
uncle Bill Tapiaが天に召された~ (参照ホームページhttp://www.billtapia.com/
「ビル・タピア氏(米ウクレレ奏者)公式ウェブサイトによると、ロサンゼルス近郊の自宅で2日、老衰のため死去、103歳。世界最高齢の演奏家とされる。
 ハワイ州ホノルル生まれ。7歳で弦楽器ウクレレを始め、第1次世界大戦終戦間際の1918年に10歳で出征兵を慰問。ジャズの巨匠、故ルイ・アームストロングらとの共演でも知られ、約半年前に最後のアルバムを発表した。 [時事通信社]12/3/2011」
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May he rest in peace!!!

RIP… Bill Tapia 1908-2011(according to http://www.billtapia.com)
Widely believed to be the oldest performing musician ever to take the stage, jazz ukulele legend Bill Tapia is dead. He passed away peacefully in his sleep at home in Westminster, California on December 2nd at the age of 103. With a career that spanned over 90 years, he was the last living link to the earliest days of both jazz and the ukulele as a popular instrument.
Born New Years Day 1908 in Honolulu, Tapia got his first instrument at the age of 7 from Manuel Nunes, one of the first and most respected ukulele makers in Hawai’i. He started his career entertaining World War I troops at USO shows in 1918. After seeing John Philip Sousa’s band perform, he came up with a unique version of Stars and Stripes Forever that was later copied by numerous Hawaiian musicians. From that point on, he never stopped performing and sharing his love of music, infectious wit and charming personality with one and all.
After switching from ukulele to banjo and guitar in order to get more work, Bill spent his early career bouncing back and forth from Hawai’i to the West Coast playing on steamships. He performed as a backup musician with such luminaries as Bing Crosby, Billie Holiday, Fats Waller and Louis Armstrong, as well as everyone who was anyone in the early Hawaiian music scene. He played with Johnny Noble’s band at the opening of the iconic Royal Hawaiian Hotel in 1927, returning to perform at the hotel’s reopening in 2009. For a time he was employed as a “musical driver”, serving as a tour guide and teaching a few ukulele chords to Hollywood stars including Clark Gable and Shirley Temple during the instrument’s first national craze. Tapia spent World War II in Honolulu leading a 14 piece band in “blackout ballrooms”, with all the lights out to avoid possible detection by Japanese bombers.
After the war, Bill relocated to the San Francisco area, continuing to tour for several years with swing bands such as Charlie Barnet’s group. Tiring of life on the road, he settled down with wife Barbie and daughter Cleo, playing in TV orchestras, as a sideman with local bands, and teaching guitar. An entire generation of Bay Area guitarists have fond memories of learning their first licks from “Tappy” at Campagna Music in Lafayette, where he worked for several decades.
Around the turn of the last century, Bill lost both his wife and daughter and relocated to Orange County to be closer to relatives. Soon after, he was rediscovered and embarked on perhaps the unlikeliest career comeback in music history. Returning to his ukulele roots, he released his first CD “Tropical Swing” in 2004 at the age of 96, featuring jazz and Hawaiian standards. The title track was a 1936 recording on Okeh Records, his only previous release. Riding the wave of a new ukulele resurgence, Bill was soon in demand at clubs and festivals up and down the West Coast, Hawai’i, New York and even Japan. He followed up Tropical Swing with Duke of Uke (2005) and Livin’ It LIve (2009), showcasing his amazing live show. All three of these CDs made the national jazz charts and received airplay on hundreds of radio stations nationwide. Earlier this year, Live at the Warner Grand was released, documenting his 100th birthday concert. Slowed but not stopped by a broken hip, Tapia continued to tour until late in 2010.
Bill Tapia was inducted into the Ukulele Hall of Fame in 2004, and received a Lifetime Achievement Award from the Hawaiian Academy of Recording Arts in 2011. He was perhaps the most beloved and revered figure in the ukulele world, and everyone who ever knew him or saw him perform will be forever inspired. Funeral arrangements are pending.

L.L.BEAN?

2011-11-27 16:40:14 テーマ:ウクレレのデータ
ベトナムから届いたウクレレ付属のケース。ジッパーをよく見たら、
photo:01


L.L.BEANと書かれていた(・ω・)/
不思議な感じがしたけど、よく着ているシャツのメーカーなので嬉しかった(⌒▽⌒)
ウクレレケースは、このメーカーではないらしい、、、




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Uncle Bill Tapia

2011-10-25 23:42:30 テーマ:ウクレレのデータ
CD"Bill Tapia Live at the Warner Grand Theatre The 100th Birthday Concert"が届いた\(^o^)/ポストカード、缶バッジ、Paniolo Productionsのボールペンなど、私たちへのプレゼントがオマケ~(*^◯^*)
photo:01


裏返すと、こんな感じ~
photo:02


ポストカード、CDケースカードなどは、こんな感じ~
photo:03


アンクルビルは、103歳! 1908年生。
亡父は1907年生だから、もしも存命だったら、何て考えると何だか楽しい~
どうぞ、いつまでもお元気で! 🙇
乞う再来日!🙏



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ウクレレと英語 その1

2011-10-11 01:50:30 テーマ:ウクレレのデータ
最初は全然気付いていなかったけど、ここ数年どうしてウクレレにハマってしまったのかを考えた時に「英語」というキーワードが浮かんで来た。ウクレレのことを学んだり、ウクレレで歌ったり、ウクレレをeBayやアメリカの業者から購入する時、どうしても「英語」が必要になる。
私の英語学習の環境は平均的日本人のもので、中学1年で初めてアルファベットを学習した。少し異なるのは、中学3年の時、合衆国イリノイ州Monmouth Collegeに行ったことくらい。ちょうどビートルズが来日して武道館で公演していた頃、私はイリノイにいてフォークソングを歌っていた。
あのころ、毎晩、英語の夢でうなされていた。高いビルディングから落ち、更に「ENGLISH」と書かれた看板が落ちた自分の上に落下してくる、という恐ろしい夢を見て、汗びっしょりになってベッドから、いや、べッドから落ちて目覚めていた。
日本に戻って来た日、羽田に迎えに来てくれた親と原宿の東郷神社近くの日本旅館に泊まった。日本語の会話がほとんどできないくらいアメリカナイズされており、日本食で下痢をしてしまった。
日本の学校に戻ったが、中3の帰国者用の英語の授業以外はあまり楽しくなかった。高校に進学してからも同じような状況だったが、日本語もかなりできるようになった。でも、すでに当時の英検に合格していたせいで、高校での英語学習はほとんどせず(なにも勉強しなくても試験ができた)、選択科目でドイツ語を学んだ。大学ではフランス語、大学院では再びドイツ語。英語はすっかりできなくなっていた。
大学に就職したその年度、アメリカに出張することになったが、英語はほとんどできなくなっていた。
それから15年後の1993年、ロンドンでサバティカルの1年を過ごすことになって、どうしても英語の生活や、英語での講義を行わなければいけないことになった。必死に勉強して、なんとか過ごせた。
さらに、サバティカルが終わって帰国してからは、時々、イギリスの演出家や舞踊団の招聘という、仕事の英語に終始していて、英語力の向上はまったくなかった。
2005年、なんとなくウクレレを始めたのが切っ掛けで、再び、英語が必要になって来た~(続く)

ジュニア・ファンクラブ

2011-10-04 23:32:16 テーマ:ジュニア
日曜日のミーティングに伺うことができなくなって寂しかったけど、
photo:01


ファンクラブのハンドタオルが届いて元気が出た~
マハロ!



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ミス・サイゴン

2011-10-04 23:05:20 テーマ:ウクレレのデータ
ミュージカルのお話ではありません。ベトナムのホーチミン市(旧名サイゴン)から購入したコンサート(アルト)ウクレレ~
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ボディの括れがアオザイを身に纏ったレディを連想させる華奢で瀟洒なイメージ。また、ウクレレの祖先、ブッラキーニョのイメージ。
一般的なサイズのコンサート(アルト)ウクレレ、ミッキーマウスクラブのウクレレと比べると、その括れ程度は一目瞭然~
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アメリカの貨幣70ドルで購入した。ベトナムとアメリカ、ミュージッカルMiss Saigonの世界に繋がっているかもしれない。



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ウクレレ弦(4コース6弦) その3

2011-09-06 17:50:12 テーマ:ウクレレのデータ
LowAとHighC、つまり複弦を外したらどうなるのか?
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あたり前だけど普通のウクレレになった~(笑)
流石に60年代末~70年代はじめのビンテージなので、枯れた響きが素晴らしい~ つまり普通のウクレレと比較できた。
でも、なんだかカチャカチャという音が~ そこで、
photo:02

使っていない糸巻きを輪ゴムで止めてみた。解決~\(^o^)/
弦の間隔が均等でないことがチョット不思議~ でも曲によってはソロの旋律が普通よりも弾き易いので、摩訶不思議~ラブラブ!




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ウクレレ弦(4コース6弦) その2

2011-09-01 00:08:01 テーマ:ウクレレのデータ
セット版4コース6弦のことが少しわかったので書きます。

KAMAKA(黒+巻弦
1 A .0285 Hard
2 low A .035 Silver(巻弦)
3 E .0327 Hard
4 C .0410 Hard
5 high C .0220 Normal
6 G .0285 Hard
つまり、1と6は全く同じ弦。

HILO(黒+巻弦)
1 high A plain
low A would(巻弦)
2 high E plain
3 mid C thick plain
high C thin plain
4 high G plain

AQUILA(Nylgut弦。白+巻弦)
1 A
low A(巻弦)
2 E
3 C
high C
4 G

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