「密漁している中国船をなぜ逮捕しないんだ」
海上保安庁の広報部門がある東京、霞が関の合同庁舎3号館11階の一室。
小笠原諸島周辺で中国漁船によるサンゴの密漁が横行し始めた9月中旬以降、職員たちは抗議電話への対応に追われていた。
9月15日に17隻を数えた中国漁船は10月30日にはピークの212隻に。
その後は減少したものの、「領海外に中国漁船を追い出しても、また戻ってくる」というイタチごっこが続く。
取り締まりが難航しているのは海保が十分な巡視船団を送り込めないためだ。
昨年度末で保有する120隻の巡視船のうち、東京から南に千キロ以上離れた小笠原諸島周辺に投入できる船は、航続距離の長い54隻の大型巡視船に限られる。
尖閣諸島の領海警備に全国から十数隻の大型巡視船を振り向けているため、小笠原諸島沖に出せるのは「せいぜい2、3隻」(関係者)とされる。
サンゴ密漁への対応が長引く中、海保幹部はつぶやいた。
「尖閣とのニ正面作戦は厳しい」

【地理的事情も壁】
取り締まりには、小笠原諸島周辺という地理的事情も支障になっている。
海保は10月以降、領海や排他的経済水域で違法操業を行ったなどとして、計6人の中国人船長を逮捕した。
10月5日に外国人漁業規制法違犯(領海内操業)容疑で逮捕したケースでは、証拠品の漁船を巡視船が横浜まで引航したが、到着までに4日要した。
往復すれば1週間以上かかり、その間の小笠原諸島周辺での領海警備が手薄になるのは歪めない。
「違法操業を現認すれば逮捕する方針に変わりはないが、取り締まりの効率を考えると悩ましい」と海保幹部は漏らす。
現在は領海内で中国漁船が違法操業を始める前に、領海外に追い出しているのが現状だ。
小笠原海上保安署の機能強化も急務だ。
同署には通常、署長以下4人の海上保安官が常駐するだけで、配備されているのは監視取り締まり艇1隻のみ。
鉄製で200トン級の中国密漁船団への対応は不可能だ。

【機動的体制を】

危機感を強める関係者からは威嚇射撃や自衛艦の派遣を求める声も上がる。
ただ、ハードルは高い。
海保は平成13年12月、鹿児島県奄美大島沖のEEZで国籍不明の不審船を発見。
不審船は再三の停船命令を無視して逃走したため、巡視船が船体射撃を行ったことがある。
海上保安庁法では武器使用について外国船舶が逃走し続け、他に手段がない場合に限り武器の使用ができると規定している。
だが、今回は停船命令を無視して逃走しても巡視船が追いつき、拿捕しているため適用される可能性は低い。
海保だけで対応できない場合には、自衛隊が出動して海上での人命、財産保護や治安維持にあたる「海上警備行動」がある。
過去に3度発令されたことがあるが、海保幹部は「現行の対応で一定の効果は上がっている」と選択には入れていない。
ただ、海保と自衛隊の連携強化を求める声は少なくない。
元海将補で日本戦略研究フォーラムの川村純彦理事は「今回の問題では領海警備の盲点が浮き彫りになった」と指摘し、「自衛艦に海上保安官を同乗させ、密漁船団を逮捕できるよう機動的な連携体制をつくるべきだ」と訴える。
日本政府にも注文をつける。
「自衛艦を出せば中国が軍艦を出してくると懸念する声もあるようだが、そんな姿勢では領海は守れない」
今国会では議員立法により関係法令の罰金が大幅に引き上げられる方向だが、いま何よりも問われているのは「日本の領海を断固守る」という、国家の強い意志にほかならない。

産経新聞1面から