男と女 その三十三 | ライター海江田の 『 シラフでは書けません。 』

男と女 その三十三

大晦日だ。刻一刻と年が暮れようとしている。

 

先だって、男と女の週末の楽しみだった、NHK大河ドラマ『真田丸』が最終回を迎えた。

女は長野県上田市の生まれだ。

しかし、郷土のヒーローである真田幸村について、ほとんど知らなかった。知ろうとしてこなかった。

一方、男は映画や小説、漫画、ゲームなどを通じ、戦国時代に触れてきた。

標準的な男子というものを定義するなら、ごく当たり前に歩む道と言っていい。

男の知ることはせいぜい人並み程度とはいえ、基礎知識の厚みが女と違った。

 

床に就き、何をいまさら幸村に興味津々の女に、男は血なまぐさい寝物語を聞かせた。

知識を総動員し、創意工夫を凝らして話していたのだが、そのうち退屈を覚えるようになる。

そこらの小学生が知っているようなことでさえ、「そうなんだあ」と女は目を輝かせた。

その素直さは好ましかったが、どうも歯ごたえを欠く。

会話がラリーにならず、一方的にボールを打ち込む状況が男には面白くなかった。

どれ、ひとつ試してやろうか。いたずら心が頭をもたげた。

 

「日本で初めてスキーを競技として確立したのは豊臣なんだよ」

「へえ。竹でやったのかな」

「そう、竹を使った。京都には竹林がくさるほどある」

「だよね」

女は感心しきりだ。男を尊敬のまなざしで見つめている。
 

「豊臣は、年に一度、スキー大会を開催したんだ。秀頼杯」

「賞品は小判? いや、米俵かな」
「米俵という説もあるが、塩と砂糖だったらしい。昔の人には貴重品だから」

「盛り上がっただろうね」

「徳川の狙いはそこだった」

「まさか」
「スキー大会の日に大軍勢で攻め込んだ。これが慶長19年、大阪冬の陣だ」

 

女は言葉を失っている。そして、言った。

「汚すぎるよ、家康」

男は別の意味で言葉を失った。

 

女は闇のなかで、妖しく目を光らせている。

男は信じられない思いで話を続けた。

「慶長20年、大阪夏の陣。決戦の火ぶたが切られたその日は、夏祭りの真っ最中」

「今度はそこか」

「3日間、昼夜を通して行われる盆踊り大会のクライマックスを狙い打ちされた」

「ったく、豊臣も警戒しろよ」

「徳川は巧妙な手を使ったんだ。仲直りの証として贈った、盆踊りのやぐらのなかに兵を仕込んだ」

「そんな!」

「トロイの木馬みたいなものだな」

「家康め、断じて許さん。卑怯にもほどがある」


毛布の端っこを握り締め、キーッとなっている女。

男は笑いをかみ殺すのに必死だったが、徐々に心配になってきた。

おしゃべりの女は、他人にこれを話すのではないか。

過去、冗談が冗談で終わらず、惨事を招いたことが何度かあり、男はこの場でナシにしておいたほうが得策だと判断する。

 

「すまん。おれは、うそを吐いた」

「やっぱり!」

「何がやっぱりだ」

「どこからうそ? スキーは? 盆踊りも?」

 

一切合切、めんどくさくなった男は、女に背を向ける。

だが、わが家に巻き起こった空前の戦国ブームは使えると思った。

ただでさえ、近頃の女はスタジアムから足が遠のき、今年はヴェルディの成績がひどく芳しくなかったせいもあって、サッカーについて語り合うことがない。

ふたりの暮らしにおいて、共通の話題は大事だ。

 

「加藤清正を思わせる選手が出てきたよ」

「勇猛果敢。半蔵にブスッとやられた清正ね」

「鹿島の鈴木優磨。あれはぶっ飛んでいる。最高だ」

「清正は別に」

「ロティーナは、真田昌幸だったりして。守りを固め、知略を尽くして勝機を見出す」

「シブいわ」

「来年が楽しみだ。寝ろ」

 

そうして、男と女の2016年は幕を閉じる。

大過なく過ごせたことに感謝しつつ、ゆるゆると眠りに落ちていった。