「えっ、その女の人がその、詐欺をしたっていうの」
楠美(クスミ)が何か言いたそうに、それでも言いづらそうにするので、とし美は近くのコーヒーショップに誘った。こうやって眺めると、つくづく美人で素敵な女性だ。連(レン)はなぜ別れてしまったのだろう、とぼんやり考える。
「わからないです。でもニュースを見てすごく似てるなと思って。何か嫌な予感がしたので、今日この辺りで仕事だったから、それで」
メッセージを送っても返信がなく、もしかして会えるかも、とアパートに行こうか迷っていたと言う。
「詐欺って、どういう」
「そんなに被害額は大きくないし、男の人の、何て言いますか恋愛感情を利用して騙すらしいから、あまりこれまで表沙汰にならなかったらしいんですけど、友達の紹介と言って色んなものを買わせて、お金だけ受け取ったら品物は届かず、突然別れを切り出されるって」
「その詐欺してた女が、連と一緒にいたっていうの?」
とし美は少し腹立たしくなってくる。もやもやと胸に苦いものが溜まって、目の前の美しい女の顔すら歪んでいくようだ。
連は確かに素直だけれど、そう簡単に言い寄る女についていくような子ではない。実際大学時代はこの楠美ちゃん一筋だったし、しばらくは別れたショックから立ち直っていないようだった。あまり女っ気がないのも心配だけれど、いい人が出来たのなら自分にそれとなく報告ぐらいあったのではないか。
しかし、連からそんな話を聞いたこともない。
仕事にやりがいも出てきたしそもそも出会いもない、それどころじゃないよ、そう言っていたはずだ。
「その時からちょっと嫌な予感して。どうやらその女は、自分には旦那がいるって言ってあまり周囲の人間に自分の事話さないように仕向けるってことです。そうなると町田くんに言わなかったことがわかるなって」
楠美は一気にしゃべると、ストローからアイスコーヒーを飲み込んだ。
「そんな不倫なんて」
ますます連のこととは思えない。
あの子は不倫なんて大それたことをするような子ではないはずだ。まさか、本当にあの子は自分の知らない子になってしまったのか。とし美は鼓動が早くなってくる。
「たまたまニュースでその女のいろんな写真を見て。似てるんです。本当に」
「ねぇ、さっき電化製品を買わせるって言った?なら騙されてないわ、だってあの子の部屋」
何もないんだもの。
とし美はどういったものか逡巡する。いくら知らない間柄ではないと言え、あの部屋のことを説明するのははばかられた。
連はぼんやりと部屋の中に座り込んでいた。
「とにかく被害届出したほうがいいですよ」
私、調べたんですよ。マリコから突然別れを切り出されて、それでも諦めようとしたんです。でも買っちゃった冷蔵庫と洗濯機それに掃除機は諦めきれなくて雇いました、探偵。
「友達紹介されたでしょう?グルだったんですよ、それ」
マリコからは「ミスがあって発送が止まっちゃったみたい。もう少し待って」と言われ、次に「どうやらその友達、会社のお金使い込んでやばいらしい」と吹き込まれ、挙句に「そんな友達紹介しちゃったし、もうあなたとは付き合えない」と泣いて別れを切り出された。
連絡が取れなくなり、探しても見つからない。
「マリコはともかく、その友達って言うのには猛然と腹が立ってきて」
高くついたけど、とにかく一言言わなきゃ気がすまないと調べ始めたところ、
「出るわ出るわ被害者が。被害者の会みたいなのも発足されて、全容がだんだんわかってきたと言うか。お恥ずかしいけど僕は最後でマリコは騙された側だって信じてたんですけどね、実際は違いました。もし部屋に上げてたら、現金も確認したほうがいいですよ。とにかくズルいんです。あの女は何人もの男と寝ることなんてちっとも苦じゃないんですよ。大金だとバレるからちょこちょこ小さなお金巻き上げて。まぁ僕にとっては大金ですけど」
何度も頭の中で反芻した上島という男の言葉がいちいち連を苦しめた。
家具用にと銀行から下ろしてクローゼットの中の引き出しに入れておいた現金はキレイさっぱり無くなっていた。連には探偵の報告から辿り着いたらしく、最近まで会っていたのがあなただったから、と言われたのだ。
それから程なくして、荷物は待ってというメッセージが咲耶から入っていた。
あの男の言う通りだ。それからその友達はやばいと言われ、別れを切り出されるのだ。声にならないうめき声をあげて、連はスマートフォンを力一杯床に叩きつけた。バウンドして隅に転がったソレは何も言ってこない。文句でも何でもいい、こんな自分に何か言って欲しい。
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