知悉 (ちしつ: ある物事に関して、細かく知り尽くすこと) | そんなの日本語じゃない

知悉 (ちしつ: ある物事に関して、細かく知り尽くすこと)

北京オリンピックを取り上げたコラムにこんな記述がありました。


もう20年以上、中国でビジネスを続けてきた彼は、中国人気質を知悉しているうえに、温厚な人柄である


知という文字に、悉く(ことごとく)の文字が加わっているので、意味の類推は出来ます。しかし、私なら熟知している、という表現しか思いつきません。それと比べて、どういった違いがあるのでしょうか。


労働政策審議会安全衛生分科会の議事録によると、専属性の要件については、いわば現場の実態を知悉している必要があるそうです。また、適切な衛生管理を行うためには、相当程度その事業場について知悉していることが必要であろう、とのことです。


日本自動車振興会補助事業によると政府関係者にはロシアのWTO加盟の現状および家電産業の状況を知悉させることができるものと期待され、かつ、政府関係者にはロシアの建設、建機の状況を知悉させることができるものと期待される、とのことです。


この二つの例を見る限り、大変な努力をして知識を身につけなさい、という圧力は感じられるのですが、努力の内容がはっきりしません。前者では、経験による知識の習得を指しているようですし、後者では、実体験を通じた状況把握を指しているように思われます。


おそらく、本来の意味は前者で、くまなく知識を得る、ということなんでしょう。それが転じて、きちんと分かっている、という意味でも使われているということでしょう。いずれにしろ、事実上お役所の文書にしか登場しない言葉のようです。


では、熟知との違いはどうなっているのでしょうか。両方が使われている例がありましたので、引用してみます。


労働者派遣事業の適正な運営の確保及び派遣労働者の就業条件の整備等に関する法律の施行について」においては、事業場の危険有害要因につき知悉している者を充てるべきであるとの趣旨から、派遣中の労働者はその事業場に「専属の者」には該当しないとしているところである。 ところで、各事業場の製造工程、作業方法など固有の危険有害要因を知悉していることは、衛生管理に関して適切な措置を講じる上で欠くことのできないことであるが、危険有害要因の少ない業種において講ずべき衛生管理に関しての措置は、事業場の特性に左右される余地がほとんどなく、事業場の特性まで熟知しない者であっても、適切に講じることが可能であるため、自社の労働者以外の者であっても、一定の要件を満たす場合は、衛生管理者等として選任しても差し支えないと考えられる。


どうです?くじけそうになりますが、要因が知悉するもので、特性が熟知するものであることが分かります。強引に解釈すると、 細かい項目まで暗記することが知悉であり、よく分かることが熟知ということのようです。つまり、知悉の方が、より機械的・網羅的知識を要求されるのです。自分がそこまで自信を持てる分野も、他人にそこまで要求できる状況も、なかなかありません。残念ながら、この言葉を使う機会はほとんどなさそうです。


まあ、これを「ちしつ」と事もなく読める人は、それほど多くないでしょう。そして、大学入試の問題集にも採用されているくらいです。そもそも、使わない方がいい言葉のようです。