映画のパンフレットを買うより、その分で映画を見た方が映画界のためだ、
と思っていた若い頃があります。ほぼ邦画しか見ず、月に5、6本くらいしか見ないのにいったいなんだったんだあの勘違い(笑)。
いまは自分が見たいからパンフレットを買う。あるいは買わない。
「マリーゴールドホテルで会いましょう」の監督の言葉で納得!だったのが大人のお伽話、シェイクスピアの「お気に召すまま」のような不思議な森に放り込まれた人々が、
年を重ねても若返る物語…。
主役の未亡人・イヴリン役のジュディ・ランチ。
80歳ちかくですが、さすが女優で老いても皺がよっても、魅せるものがあります。
しかしそれはジュディ・ランチの魅力というより、イヴリンが魅力的だったのか…。
年老いて引退の時期を迎えた男女7人がイギリスからインドのマリーゴールド・ホテルへやってくる。
マリーゴールド・ホテルは三人兄弟の末っ子であるソニーが支配人。上の二人に比べてあんたはお父さんに似てダメね!というのがゴッドマザーの口癖(笑)。なにか「ドカベン」の岩鬼正美とお母さんのような。
でもこの支配人は「スラムドッグ$ミリオネア」のデヴ・パテルでして、
人目を引く美青年ですよ。若くて美しい恋人がいますが、ホテルの経営も恋ももっか暗礁に乗り上げ中。
そんな全体にパッとしないホテルにやってきた七人。
ずっと信じてついてきた夫が遺した莫大な借金に途方に暮れながらも新しい人生を歩き始めたイヴリン、
誠実で知的で優しい夫と、誰にでも噛みつき不平不満の猛獣のようば妻、
どこかにいい男はいないかしらとボーイ?ハントに余念のない未亡人、
けっこう年をとってはいるけれど、ロマンスを求めて女性とみれば口説く熟年プレイボーイ、
穏やかで温厚な紳士、なぜかいつも一人で外出する趣味をもつ、独身の元判事、
足の人工関節の手術を安く早くできるからとインドの医院をすすめられてやってきたものの、
有色人種差別の激しい高齢の独身女性。
人物たちの織りなす人間模様や、インドにやってきてからの変化もおもしろかったのですが、
主役はなんといってもインドそのものでした。
まるで自分が旅行者になって、その目に映ったものを新鮮な驚きでみているかのような、色と音の洪水。
元判事の男性はいつも楽しそうに外に出かけますが、じつはずっとある人物を探していたのでした。
彼はゲイでした。
ローティーンの頃、深くつきあっていた幼馴染でもある少年とそのまま寝過ごし、
ゲイであることがばれて、相手の少年の父親は仕事を失い、一家は村から追い出され、
自分が彼の人生を壊してしまったとずっと心を痛めてきたのです。
その彼とのことをイヴリンに告白してまもなく、
彼との再会を果たします。
その後で持病の心臓で亡くなるのですが、
数十年ぶりの再会で、抱き合うふたりの姿と一晩中語り明かしたことがたまらなく愛しい。
イヴリンはそれほど派手でも積極的でもないのですが、
静かにひとの話を聞く女性で、そのせいか、男性たちは彼女に話を聞いてもらいたがるわけです。
三十数年の役所勤めのあげく、こんなところにしか住めないの!と始終妻に文句を言われているダグラスと、噛み付く妻、ジーン。
ジーンは自分の夫に不満なくせに、ゲイとは知らずグレアムに粉をかけたりしますが、
最後の別れの場面でジーンがいかに深く夫を愛していたかわかります。
彼女は自分が夫にはふさわしくない妻だと分かっていました。自分たちは一緒にいることでお互いを不幸にしていると。
どの俳優もベテラン揃いで受賞歴もものすごいものがあるのですが、
演技だということも感じさせないほどチャーミングに役と役者が溶け合っている感じ…ジーンの最後の表情とセリフに、ああ、この場面のためにいままでのクソババア(失礼)的演技があったんだ!と。
シルバー世代が仕事や人との出会いを通して若返るお伽話としては、
「人生、いろどり」
「マルタのやさしい刺繍」
が思い出されます。
この映画の中でイヴリンの次にチャーミングだったのは、
有色人種差別のひどいミュリエル。
彼女はなにしろ英国では手術も診断も有色人種の先生ではいやだ、とヘーキでいうひとでした。
ところが人工関節の手術を安く早くするためにマリーゴールド・ホテルにきて、
車椅子で思うように動けない自分の食事の世話や掃除などをやってくれるメイドに、
「私もメイドだったから掃除の仕方を教えるわ」
と言って話しかけるあたりから彼女に変化が訪れます。
メイドは不可触民の出身でしたから、存在を認められたことに感謝し、ミュリエルを家に招待しました。
そこで大勢の家族に囲まれたメイドからチャパティとスープの食事を出され、
おいしい、とたべるミュリエル。
彼女が自分のいままでの人生を語る場面です。
ずっとある一家に仕えてきて、若いひとに料理から帳簿の付け方、髪のとかし方まで教えたらお払い箱になった、と。
そんなミュリエルが俄然、生き生きとするのがホテルの再生に向けて力を発揮する場面。
彼女は帳簿の付け方も仕込まれたと言っていただけあって、ソニーにパソコンを借りてホテルの帳簿を洗いざらい点検し、
ホテルの経営状況もプランも悪くない、と請け合い、自分がホテルのフロントに立ちはじめます。一時は閉鎖の危機に陥っていたホテルの救済者!
映画の始まりでは廊下のベッドに寝かされたまま、水が飲みたい、すぐ持ってきて、
と憎々しげに言っていたミュリエルが、
まるで別人のような若返り方でしゃきしゃきホテルのお客をさばきます。
このミュリエルの眼の不思議な色。
若い恋人たちはインドの今を生き、
イギリスからこのマリーゴールド・ホテルに放り込まれた七人は過去を捨てて、
インドの中で新しい自分に出会い、どんどん自由に若々しくなっていきます。
ふたつの世代、国がこのインドでぶつかり合い、化学変化をみせる。
この映画に物語がなくても、インドの町や建物や道路やそこを行きかう人々だけのフィルムでも、
ずっと見ていたかった。
インドには行ったことがないのですが、バリの朝の空気や、街中をあるいた記憶が近い気がして、
インドを旅しているような気分でみていました。
ほんとうに映画らしい映画をみたなあと思います。
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