さて、今回は前置きナシでいってみましょうか。なんと3ヶ月ぶりの「お薦めシングルレビュー」、前回の「白い蝶のサンバ」(森山加代子)に続いて、今回もメジャーな作品を取り上げてみたいと思います。これで~す()
「ウエディング・ベル」(シュガー)
作詞:古田喜昭、作曲:古田喜昭、編曲:平野融
[1981.11.21発売; オリコン最高位2位; 売り上げ枚数48.5万枚]
[歌手メジャー度★★★★; 作品メジャー度★★★★★; オススメ度★★★★★]
40代以上の方々にとっては、何とも懐かしい作品なのではないかと思いますが・・・、もちろんご存知ですよね・・・
シュガーは、キーボードのミキ(笠松美樹、写真左)、ギターのクミ(長沢久美子、写真中)、ベースのモーリ(毛利公子、写真右)の女性3人のメンバーからなるポップスグループ。もともとは、学生時代の友人だったクミとモーリが結成した“かりんとう”(←いかにもアマチュアっぽい名前だよなぁ・・・)にミキが参加する形でスタートして、この「ウエディング・ベル」でめでたくデビューと相成りました。そうそう、クミとモーリは、杉山清貴&オメガトライブの前身グループ“きゅうてぃぱんちょす”でコーラス参加していたこともあるんですよね。“きゅうてぃぱんちょす”と言えば、あの千住明センセも一時期在籍していたグループで、このあたりの離合集散の様子はなかなか興味深いものがあります。
さて、このおネェちゃん達は、ラジオから流れてきた「ウエディング・ベル」を私が最初に耳にした時に思い浮かべたキャライメージを、良くも悪くも裏切ってくれた想い出深いグループでしたねぇ・・・(遠い目)。”シュガー(砂糖)”というグループ名の由来が「(メンバーの性格が)しおらしくない」ところから来ているというのは結構有名なエピソードですが、まぁ一言で表現すると、「オヤジギャル」のハシリみたいな連中だったように思います。
とにかく彼女たちのトークは“下ネタ”が多いっ ある時には、セカンドシングル「アバンチュールはルックスしだい」のタイトルをもじって、シレッと「“オバン”チュールは●ックスしたい」と言ってはゲラゲラ。また、ある時には、「女の子に定期的に来るもので、最後に“り”が付くのはなーんだ」というナゾナゾを出してはゲラゲラ(ちなみに答えは“ひな祭り”・・・)。彼女たちはテレビやラジオに出るたんびにこういうネタを披露()していたので、いわゆる“イロモノ”扱いされるのに、デビューからさほど時間はかからなかったように思います・・・(サービス精神旺盛だったという見方ができないこともないのですが)。
閑話休題。彼女たちのキャラはそんな風で、歌手なんだか芸人なんだかさっぱり分からない存在だったワケですが、この「ウエディング・ベル」は、詞・曲・歌唱ともに非常にレベルが高くてオリジナリティ豊かな名曲だったように思います。
歌詞を見てみると、以前付き合っていた男性が別の女性と結婚するというシチュエーション。彼らの結婚式に列席して2人を見ているうちに、楽しかった恋人時代のことを思い出してつい心の中で“いやみ”を言ってしまう・・・、とにかく女性の“本音”がものすごいリアリティで描かれているのがお見事なんですよね~(古田喜昭センセは“おちゃらけソング”ばかり書いているわけではないのです) ・・・んで、それ以上に天晴れだったのが、主旋律と合いの手コーラスを併用して女性心理の重層構造を表現するという斬新なアイデアでしょう。ともすると暗ぁくなってしまいがちなテーマを、軽いボサノバに乗せて明るく爽やかなタッチで描くなんて、なかなか思いつくもんじゃありません。
♪ ウエディング・ベル からかわないでよ
ウエディング・ベル 本気だったのよ
ウエディング・ベル ウェディング・ベル
♪ オルガンの音が静かに流れて (始まる 始まる)
お嫁さんが私の横を過ぎる (ドレスがきれい)
この人ねあなたの愛した人は (初めて見たわ)
私の方がちょっとキレイみたい (ずっとずっとキレイみたい)
そうよあなたと腕を組んで祭壇に 上がる夢を見ていた私を
なぜなの?教会の一番後ろの席に
ひとりぼっちで座らせておいて 二人の幸せ見せるなんて
ひとこと言ってもいいかな
(くたばっちまえ アーメン)
♪ 愛の誓いは耳をふさいでるの 指輪の交換は目を閉じてるの
神父さんのやわらかな通る声が 遠くに聞こえてふらつきそうだわ
そうよあなたから指輪を受ける日を 鏡に向かい夢見ていたわ
素顔の自分に言ったの 「幸せよ」って
お化粧する娘(こ)はキライだなんて あの優しい目は何だったの?
もいちど言ってもいいかな
(くたばっちまえ アーメン)
♪ 祝福の拍手の輪に包まれて (私はしないの)
どんどんあなたが近づいてくるわ (私はここよ)
お嫁さんの目に喜びの涙 (キレイな涙)
悲しい涙にならなきゃいいけど(そうねならなきゃいいけど)
そうよもうすぐあなたは私を見つけ 無邪気に微笑んでみせるでしょ
そしたらこんな風に言うのよ
「お久しぶりね おめでとうとても素敵な人ね
どうもありがとう招待状を 私のお祝いの言葉よ」
(くたばっちまえ アーメン)
そして、楽曲だけでなく歌唱の方も素晴らしかった “いかにも”な歌唱テクで、イヤミな歌詞を絶妙なネチッこさで表現したミキ(♪ 愛の誓いは耳をふさいでるの 指輪の交換は目を閉じてるの の下線部分の処理あたりなんかもう絶品っ)と、抜群のコーラスワークで主旋律を追うように合いの手を入れるモーリとクミのコンビネーションは、彼女たちの強みがそれぞれいかんなく発揮されているという意味でまさに最強だったと思いますねぇ。それだけに、1990年に突然飛び込んできた、モーリが不幸な病死を遂げたというニュースは、私にとってかなり衝撃的なものでした。これで再結成もままならず、二度とあのコーラスワークを聞くことができないと思うと本当に寂しいです。
・・・ところでこの曲、オリコン最高位2位(←当時、あれだけ巷で流行したことを知る者としては、オリコン1位を獲得してないってのがそもそも意外なんですが。ちなみに、この時の1位は「心の色」(中村雅俊)だったんですね)、売り上げ枚数も50万枚近い大ヒットとなったことが却って災いしたのか、NHK神戸などいくつかの放送局で放送禁止(自粛)になるという憂き目に遭っています(まさに「出る杭は打たれる」の典型か・・・)。放送自粛の理由は、♪ くたばっちまえ アーメン の部分が宗教を冒瀆(ぼうとく)している(←そうかなぁ・・・)というものでしたが、さすがにこれはやりすぎ(コージー)だったと私は思います。放送自粛を決めた“お偉方”には、きっとこの作品のエスプリを理解できるだけの知性と度量が決定的に欠けていたんでしょうね・・・。
こうした「クレームが来る前に先回りして自粛してしまおう」という措置は、歌謡曲の世界ばかりでなく、各種メディアに散見されます(筒井康隆センセの断筆宣言、ちびくろサンボの件など枚挙に遑(いとま)がないほどです)。そして、大抵の場合は“頓珍漢でつまらん結果”に陥っていて、腹立たしいことこの上ないんだよなぁ、これが・・・。個人的に強く印象に残っているのは、何と言っても某テレビ番組におけるSMAP中居くんの“不適切発言事件”ですね。これはあるテレビ番組中に何かの話の流れで、中居クンが「慎吾ちゃんは中卒だから・・・」と言った後に、テレビ局サイドの判断で「先ほどは“不適切”発言があったことをお詫びします」というテロップが流れた・・・というもの。でも、番組を通して見ていた者なら、あのコンテクスト(文脈)の流れで、中居クンが慎吾ちゃんの学歴を揶揄する意図で発言したワケではなかったことは容易に分かったはず。それなのに、テレビスタッフ側が先回りして“いらんことしやがった”わけです(それで“気を利かした”つもりでいるのがまた腹立たしいのですが)。視聴者をナメるのもいい加減にしていただきたい。いわゆる世間で言うところの“学歴”に対する偏見を持っていたのが中居クンではなく、実はテレビ局のスタッフだったことが、図らずも露見してしまったという、私としては非常にイヤ~な感じのする“事件”でありました。
閑話休題(本記事2回目だぞ・・・おい)。「ウエディング・ベル」の放送自粛や中居クンの一件などから私達が学ぶべきことは、“無用な言葉狩りは、結果的に文化を衰退させることになるぞ”ということではないでしょうか・・・ いや、もちろん私だって自粛が必要なケースはあると考えていますよ。でも、その“しきい値”の設定はよっぽど考えて行わないとね。何でもかんでも安全側に逃げればいいというものではないのです。それは私に言わせれば、単なる“思考の停止”であり、“過度の事なかれ主義”に他なりません。
・・・ああ、今回はいつにも増して理屈っぽい内容になってしまいました。ここまで辛抱強く読んで下さった方、本当にありがとうございましたm(_ _ )m。
我が国の誇る素晴らしい“歌謡曲文化”が、つまらない自粛なんぞで脅かされることがありませんように・・・そんな祈りを込めつつ、今回の記事を締めたいと思います。それでは、またお逢いしましょう~