wish横浜 Marriage Story -8ページ目
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1st Story|VOL.05 これが運命…

今、その人を前にして座っている。

いわば、「憧れ」に近い相手が、目の前にいるのだ。

そして、そこには明らかに何年かぶりの“ときめき”が存在している。

気分が高揚し、胸の高まりをごまかすために、水をひと口飲んだ。
それも、“ゴクン”という音が聞こえないように気を付けて。

「ケーキでも食べませんか? 」 彼がメニューをさし出した。

「あ…、はい。食べます。」

今までで、ケーキを薦めてくれた人がいなかったから、少し驚く。

このひと言で、ミワの緊張がスルスルとほぐれていった。

ウエイトレスが持ってきた丸い皿に並べられた色とりどりの華やかなケーキたちに、
ミワの心は浮き立った。

「どれにしようかな。」
選びながら、いつもの女友達といるような錯覚が起きる。

この人は、いるだけでほのぼのとした空気をつくりだす人なのかもしれない。

「チョコレートケーキにしようかしら。」
ミワは、ツヤのあるチョコレートコーティングの上に、スライスした形の良いオレンジが
飾ってあるケーキを指差した。

「じつは、僕もそれがいいと思っていたんです。」
彼が驚いたように言う。

「一緒ですね。」

「じゃあ、同じだとつまらないから、僕は別のにしましょう。」
もうひとつは、ミワが二番目に食べたかったレモンタルトを選んだ。

初めて会ったとは思えないほど、ふたりの会話は弾んだ。

お互いにテレビはバラエティー番組がニガテで、NHKのドキュメンタリーが
いちばん好きなこと。

休日は、プールに行って思い切り泳いでストレス発散すること。

料理は調味料にこだわること。

ダイビングをしているときの、空を飛んでいるような感覚…。

不思議なくらいに好きなことが似ていて、次々と伝えたいこと、
聞きたいことが止まらない。

気づくと、ガラス窓の外はすっかり日が落ちていて、ホテル内の照明も
さっきより暗くなっている。

時計を見ると、2時間が過ぎていた。

「これからどうしましょうか。」
彼は、少し周りを眺めた後、空になったティーカップとケーキディッシュに
目を移した。

「そうですね。どうしましょう…」
いつもなら、ここで帰るはずだ。今まで10回それを繰り返した。

でも、まだ話足りない。

もう少し、あなたを知りたいの。

ミワは、心の中でつぶやきながら、彼の反応を待つ。

最初から女の自分がその気持ちを口に出して言うのは、やっぱり気が引ける。

きっと、彼も一緒にいたいはず。
それはこの二時間の間、彼は一度も時計も携帯電話を見なかったから。

でも、勘違いということもあるかもしれない・・・。

わずか7秒のうちに、脳の中でこれだけ考えが回るのも女の特徴だ。

「もうちょっと話したいですね。」

望んでいた言葉を彼が言ってくれたことに、ミワはホッとした。

「私もそう思っていました。」




~VOL.06 『切れなかった赤い糸』に続く~

1st Story|VOL.04 わたしの理想と現実

まず初めに、自分の基本情報や趣味、特技、そして理想のタイプや求める条件を
プロフィール用紙に書き出した。

育った環境が似ている、30~35歳、女性の仕事の大変さを理解してくれる人…

実際書いてみると結婚相手への希望だけでなく、
自分の理想の生き方に対するビジョンが明確に見えてくる。

プロフィールを作成し、ついに男性へ公開される。

そして、ミワもドキドキしながら男性のプロフィールを見てみる。

すると、思いのほか、いい意味で「普通」の人が多い。

そして、なぜこの人が結婚していないの?というような顔もハンサムで年収も良くて、
スポーツや音楽鑑賞が趣味な男性もいるのに驚く。

この中に、ミワが一瞬パソコンのマウスを止めて見入ってしまう男性がいた。

顔もタイプだし、何よりも趣味が驚くほど似ている。

旅行、水泳、ピアノ、料理…。

まるで、写したかのように、ミワも趣味の欄にそう書いてある。
そして、年収までいい。

ただ、こういう男性だったらみんなが狙っているだろう。
最初からハードルを上げるようなことはよくない。
とりあえず、この男性はスルーすることにした。

1週間がたち、まだギリギリ20代という強みのあるミワには、お見合いの申込みが殺到した。
その中から会ってみたい人をピックアップする。

担当カウンセラーにお互いの日程を調節してもらい、近くのホテルのラウンジで待ち合わせをした。

35歳、サラリーマン。年収600万。趣味は美術館巡りでアウトドア好き。
サッカーを20年間やっているというだけあって、体格も良く清潔感があり、スーツの趣味も悪くない。

実際、現れた男性は絵にかいたような好青年だ。営業職だからか、話しも上手いし、頃合いを見てミワのカップに紅茶を注ぎ足してくれるなど、気づかいもできる。

1時間ほど話し、また次回会いましょう、ということになった。

次の日に、カウンセラーから先方が気に入っていると連絡が入った。

でも、何かが違う。とってもいい人だけど、しっくりこない。

それを伝えると、「では、他の方に会ってみましょうか」と快く対応してくれたことに、ミワはホッとした。

何が違うのか考えると、それは「ときめき」という名の感情だ。

結婚は恋愛とは違う。それはミワの持論だ。

ただ、ある程度のときめきは欲しい。それは、ワガママだろうか。

それから、4カ月の間に会ったのは10人。
それでも、なかなか心が揺れ動く人とは巡り合えない。

もうダメなのかな・・・、やっぱり妥協が必要なのかも・・・。

心が急に不安になる。

そういえば、最近は周りで結婚する友達が多いし、テレビで結婚会見を見ているだけで、悲しい気分になってしまう。


「やっぱり、運命の人っていないんですかね。」
ミワは、正直に思っていることをカウンセラーに伝えた。

「ミワさん。」
カウンセラーが、いつもよりも強い口調になる。

「最後の正直だと思って、今月中になんとかしましょう。全神経を集中して、今こそひとりひとりをしっかり見つめて。」

そうだ。もう、これで最後にしよう。

それでダメだったら退会する。

ミワは、そう決心して最後に会う人を決めることにした。

そう思ったら、イチかバチかでムリだと思っていた人にチャレンジしてもいいじゃない、と気が大きくなる。

ミワは、パソコン画面を指差した。

「この方に、お申し込みをお願いします。」

それは、かつて、最初にミワが男性のプロフィールを見たときに一番ピンときて、でも「自分じゃムリ」だとあきらめてスルーした相手だった。




~VOL.05 『これが運命…』に続く~

1st Story|VOL.03 心の奥にあるもの

最近、テレビや雑誌、女子が集まる場ではどこでも耳にする「婚活」という言葉。

世間でいえば、これから結婚相手を探そうとしているミワもその活動の中の一部になるのだろう。
でも、コンカツ、と略すと軽い感じがして、なんだか抵抗がある。

ミワの考える結婚相手とは、ただ付き合った延長上で結婚をして、生活を共にするだけのパートナーではなく、60歳、70歳になっても自分が輝いていられる相手。

そして、それは、高揚するような気持ちや、切ない思いを楽しむための恋である必要はない。
恋愛という遠回りをするのは、今のミワにとって時間のムダな気がした。

今から付き合って、
「この人は私との結婚を考えているの?」
と、ビクビクしながらデートのたびに顔色をうかがうのはうんざりだ。

それなら、「結婚相手を見つける」という目的を見つける最短手段を探すべきではないか。

それは、将来の安定を約束してくれる資格取得のための、スクールと似ているかもしれない。

ミワは一番に思い立ったのが・・・

電車の広告でもよく見かける結婚相談所という場所。

今までは、自分には用はないし、結婚できない人が扉をたたく最後のとりでだと思っていた。

でも、それは軽はずみな考えだったかもしれない。

結婚相談所という場所は、自分の人生を輝かせるための、一種のツールでもあるのだ。

ミワは、さっそくネットで都内の結婚相談所を調べ、回ることにした。

一件目、二件目、三件目…、回っているうちにそれぞれの特色が見えてくる。

長々と説明をしたあと、すぐに入会を勧めてくるところ、
最初からプライベートのことまで首を突っ込んでくるカウンセラーもいた。

今いちピンとくる場所は見つからない。10件目も、また同じでビルのエレベーターを降りた。

「やっぱり、こういう場所は私には合わないのかも・・・。」

あきらめようとしたときに、ふと会社名が刻まれたエレベーター横のプレートに目が行った。

“結婚相談所 ウィッシュ横浜”

まぁ、またここもきっと同じ。ミワはビルを出ようとした。でも、何か気になる…。

導かれるようにして、ミワはエレベーターに乗り、2階へ上がった。

白いドアを開けると、母親と同じくらいの年齢の女性が出てきた。

こぎれいなエントランスにあるテーブルには、美しく生けた花が飾られてある。

それを見て、ミワは不思議とホッとした。

そのまま、カウンセリングルームに案内され、その女性からシステムの説明を受ける。

ミワは、どうしても幸せな結婚がしたいこと、
遠回りはしたくないこと、今までいくつも相談所を訪れたことを一気に話した。

その間、女性はミワの話をうなずきながら真剣に聞いている。

ただ、それだけなのにミワは思いが溢れるように話した。

この女性が聞き上手なのは、場慣れしたプロだからではない。

心の底からミワに共感してくれているのだ。

ここは、何かが違う。そう思った。

「よく考えて、違うと思ったら入会しないほうがいい」という姿勢、

「話したくないことは話さなくてもいい」という、相手を尊重する考え方、

そして男性会員は、ミワが結婚対象とする25歳~45歳までという年齢制限が

あるところに惹かれた。

「ここしかない! 」

インスピレーションで、ミワはすぐに入会を決めた。

かかる費用も安くはない。でも、これは将来幸せになるための先行投資でもある。

美を磨くためのエステサロンと同じではないか。

ミワは明るい未来を想って、心がワクワクするのを感じた。




~VOL.04 『軌跡』に続く~

1st Story|VOL.02 過去の傷跡

あるとき、鏡に写った顔を見てドンと重い衝撃を受けた。

食事が喉を通らない生活を続けていたせいでやせ細った頬、スキンケアにまで手を抜いていたからか、頬や口の周りが乾燥してくすんでいる。
瞳には潤いもなく、30代に足を踏み入れる前の女性特有の華やかさが微塵も感じられない。

こんな毎日を送っていたらどんどんダメになる。このまま腐っていくだけ。
ミワは鳥肌が立って身震いした。

自分ひとりを幸せにできなかったら、他人と幸せになることなんてできない。

「まずは自分を磨きなおそう!」

思い立ったら即行動がミワの長所だ。

早速ヘアサロンに行き・・・

髪を整え、その帰りにデパートに寄った。

気づけば、大好きなコスメブランドから新製品も出ている。

そのキャッチコピーも『ふっくらとしたハリ肌。明日に向かって美人になる』という、
今ミワの気分にピッタリだ。そして、スキンケア一式を購入した。

エステのフェイシャルやリンパマッサージにも定期的に通い、ボディメンテナンスをした。

お芝居や映画、美術館にもこまめに足を運んだ。

1年が経ち、ミワは見違えるようにイキイキと輝く女性に変化していた。

このとき、誰かに寄りかかって生きるのではなく、自分で自分を幸せに出来るようになったのだ。

もちろん、魅力を増したミワに誘いの言葉をかける男性も何人かいた。

合コン行けばウケもよく、後日、誰かしらか連絡があった。

ただ、「不信感」という灰色がかったしこりが残っているせいで、男性が信用できなくなっていた。

ひとりだと毎日が楽しい。

寂しいといえば、雨の日に部屋にいるときくらいだ。

でも、また誰かと付き合ったらストレスを抱える日々が来るのではないか。

そんな不安で、ミワは恋愛に目を向ける勇気はなかった。

「あなた、最近楽しそうね。1年前と比べて見違えるようだわ」
夕食を終えてお茶を入れていると、洗い物をしながら母親が言った。

「うん。まあね。やっぱりひとりってラク。私、もう結婚なんてしないかもなぁ…。」

「でもね。」
食器を流す水を止めて、ミワを振り返る。

「ママ、思うんだけど、ミワはひとりでも楽しめるコだけど、ふたりだともっと楽しめるんじゃないの?」

「え~、そうかなぁ。」

その時は軽く流したけれど、部屋でひとりになると、母親の言葉が頭の中で再びよみがえった。

確かに、ひとりで充実した時間を過ごすのは、極上の贅沢だし不満もない。

まるで恋人のように気遣ってくれる友達だってたくさんいる。

男性が秘かに投げかける視線を楽しむのも、悪くない。

ただ、なんとなく空虚感があるのは否めない。

それは、久々にいい映画を観たとか、なんとなく入ったカフェのカプチーノが美味しかったとか、街で人違いをしてしまったこととか、たわいのない日常を伝えられる相手。

傍であたたかく、毎日の生活に溶け込んでしんみりとした幸せを感じあえる人がいたら…。

「やっぱり、私は同じ方向を見て、一緒に歩いていける相手が欲しいんだ。」

ただ、世間が言う適齢期を過ぎたからとか焦りとかではない。

自分をリセットして、初めて心の底から強く思った。

「結婚したい。」と。




~VOL.03 『心の奥にあるもの』に続く~

1st Story|VOL.01 最後の覚悟

もう秋が終わりを告げようとしている。

街路樹の葉があと数枚で衣替えされるのだと、ミワは早足で歩きながら確認した。

確かに頬を打つ風は、しんしんと冷たい。

ただ、ミワの額はすこし汗ばんでいた。
それは、あきらめよりも、なぜか高まる期待のほうが大きいからかもしれない。

今から、覚悟を決めて会う男性がいる。

もう、これで最後だという覚悟。トキメキよりも緊張というべき胸の高鳴り。

こんな気持ちは、会社の最終面接以来だと、ミワは思った・・・。

ホテルのロビーは、この時期なのに冷房を効かせているせいで異常なほど肌寒い。

いつもなら冷えやすいミワはうんざりしてしまうが、それが今は心地良く感じる。

普段より、念入りにカールした長い髪がうなじに数本はりついているのに気づいて、化粧室に入った。

まだ、約束の時間まで5分ある。

急いで手ぐしで髪をセットし、ティッシュで脂浮きを抑え、この日のために用意した上品なパールピンクのリップグロスを塗り直した。

「よし。私は大丈夫。」

心の中で小さくつぶやいて、ロビーラウンジに向かった。

天井が高く、パノラマのように広がった窓からオレンジ色の夕日が、
白いソファとテーブルを照らしている。

あらかじめ、教えてもらった服装の男性を探すと、
光の反射のむこうにその男性らしき姿が目に入った。

ゆっくり近づくと、数秒、目が合う。

お互い、探り合うようなまなざしのあと、相手が立ち上がった。


「あ…、吉川ミワさんですか? 」


思いのほか、その人の背が高く、ミワは思わず首を上げた。

この瞬間に、ふんわりとした気分が体中を包み込んだ。

写真で見るよりも、数倍、タイプだ。

スッキリとした顔に、ミワの好みのくっきりとした二重まぶた。

ふぅっと全身の力が抜け、そして、ここ一番の笑顔で答えた。


「はい。吉川ミワです。」


1年半前、ミワは29年間でいちばんの人生のどん底にいた。

婚約していた男性と、別れることになったのだ。

いつからか、あんなに惹かれ合っていた相手との歯車が突然狂いはじめ、
期待がすべて絶望に変わった。

「私はただ、幸せになりたいだけなのに、なぜ苦しまなくちゃいけないの?
これで、私は幸せになれるの?」

何度も自問自答し、希望の持てない未来しか浮かばなくなった時、別れを決意した。

結納まで済ませた相手と別れるのは、容易なことではない。

別れたあとも不眠症に悩まされ、何もやる気が起きず、ぼーっとしてばかりの日々がつづいた。




~VOL.02 『過去の傷跡』に続く~
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