2nd Story|VOL.01 春夏秋冬 そして…春
「なんだ、駄作じゃない。」
映画館を出て、私は思わず声に出してつぶやいた。
ロードショーなのにこれか。期待していた分だけ、時間とチケット代をソンした気分になる。
話題になっていない単館映画に限って、じつは心を震わせるものだったりする。
今回の映画は、一ヶ月前に失恋したばかりの私に同僚の加奈子がすすめてくれたものだ。
『偶然の恋人たち』
というタイトルのハリウッド映画で、その名の通り偶然の出会いの短編ストーリーで四作品、計二時間三十分だ。
せめて二時間にしてほしかった・・・・
ひとつめの出会いはなんだっけ、そう。空港の待合室で隣り合わせた男。
それと、旅行先のカフェの店員をやっていた小学校の同級生、
あとは…、母親の初恋の人の息子だ。
とにかくベタだし、そもそもそんな偶然なんて普通に生活してたらありえない。
まあ、最初から映画というものは過度な期待を寄せるのはダメかもしれない。
日曜の有楽町はカップルが多い。
二月の凍るような寒さを理由に、いつもより恋人たちの密着度も高い気がする。
目の前を歩く白いコートの襟にフサフサのファーを付けた女性は、隣を歩くダッフルコートを着た彼のポケットに手を入れている。
(こんなこと、私もしてたんだっけ。)
彼氏がいなくなると、まるで恋愛したことのない少女のような気分になるから不思議だ。
しかも、一ヶ月前にフラれたのに、もうすっかり彼のことなんて忘れている。
引きずるなんてバカみたい。自分がソンするだけだもの。
今日は一段と底冷えする。
皮のブーツの中のつま先が冷たい。もう少し、暖かいカシミアのマフラーでも買おうと思う。
久々に住んでいる横浜から銀座まで来たんだし。
のんびりと歩きながら、並木通りの信号を渡る。
木々はやせ細った茶色の骨のようで寒々しい。この中で、芽吹く準備ができているのかと心配になってしまう。でも、春はやってくるのだ。
すると、ハダカでいたことなど忘れたように、みずみずしい緑の葉が木々を覆い始める。
ふと、心の隅で止まっていた時計の針が、カチリと小さな音をたてて戻る。
(あぁ、三年も付き合ったんだな。)
先月まで隣を歩いていた彼の記憶がよみがえってくる。
五歳年下だった。
新入社員で入ってきた彼に一目ボレをした。
「ねぇ、あの紺のネクタイのコ可愛い。」
「あぁ、結城クンね。みんな、いいって言ってるわよ。でも大学時代から付き合ってた彼女と別れたばかりだって。のぞみ、チャンスじゃない。あんた、年下ウケいいし。」
加奈子に煽られながら、何度か飲みに誘っているうちに、あっちから告白をしてきた。
「のぞみ先輩の彼氏になりたいです。」
手を握って、目を見つめてそらさなかった。
若さゆえの素直で実直なまなざしに、母性がくすぐられ、甘やかでツンと染みるような切なさと、全身とろけるような心地がした。
ちょっと男友達の話をしただけでスネるところ、私が残した食べ物を、涙目になりながら全部食べようとするところ、おいしいレストランを雑誌で見つけて連れて行ってくれるところ。
すべてが愛おしかった。
ただ、ひとつだけ足りないところがあった。
結婚をしたがらないことだ。
最初は、恋の情熱だけでいいと思ったけれど、もう三十三歳になる。
恋だけじゃ生活はしていけない。
内心、フラれてホッとしたのは事実だ。次にいけるから。
~VOL.02 『希望のかほり』に続く~
映画館を出て、私は思わず声に出してつぶやいた。
ロードショーなのにこれか。期待していた分だけ、時間とチケット代をソンした気分になる。
話題になっていない単館映画に限って、じつは心を震わせるものだったりする。
今回の映画は、一ヶ月前に失恋したばかりの私に同僚の加奈子がすすめてくれたものだ。
『偶然の恋人たち』
というタイトルのハリウッド映画で、その名の通り偶然の出会いの短編ストーリーで四作品、計二時間三十分だ。
せめて二時間にしてほしかった・・・・
ひとつめの出会いはなんだっけ、そう。空港の待合室で隣り合わせた男。
それと、旅行先のカフェの店員をやっていた小学校の同級生、
あとは…、母親の初恋の人の息子だ。
とにかくベタだし、そもそもそんな偶然なんて普通に生活してたらありえない。
まあ、最初から映画というものは過度な期待を寄せるのはダメかもしれない。
日曜の有楽町はカップルが多い。
二月の凍るような寒さを理由に、いつもより恋人たちの密着度も高い気がする。
目の前を歩く白いコートの襟にフサフサのファーを付けた女性は、隣を歩くダッフルコートを着た彼のポケットに手を入れている。
(こんなこと、私もしてたんだっけ。)
彼氏がいなくなると、まるで恋愛したことのない少女のような気分になるから不思議だ。
しかも、一ヶ月前にフラれたのに、もうすっかり彼のことなんて忘れている。
引きずるなんてバカみたい。自分がソンするだけだもの。
今日は一段と底冷えする。
皮のブーツの中のつま先が冷たい。もう少し、暖かいカシミアのマフラーでも買おうと思う。
久々に住んでいる横浜から銀座まで来たんだし。
のんびりと歩きながら、並木通りの信号を渡る。
木々はやせ細った茶色の骨のようで寒々しい。この中で、芽吹く準備ができているのかと心配になってしまう。でも、春はやってくるのだ。
すると、ハダカでいたことなど忘れたように、みずみずしい緑の葉が木々を覆い始める。
ふと、心の隅で止まっていた時計の針が、カチリと小さな音をたてて戻る。
(あぁ、三年も付き合ったんだな。)
先月まで隣を歩いていた彼の記憶がよみがえってくる。
五歳年下だった。
新入社員で入ってきた彼に一目ボレをした。
「ねぇ、あの紺のネクタイのコ可愛い。」
「あぁ、結城クンね。みんな、いいって言ってるわよ。でも大学時代から付き合ってた彼女と別れたばかりだって。のぞみ、チャンスじゃない。あんた、年下ウケいいし。」
加奈子に煽られながら、何度か飲みに誘っているうちに、あっちから告白をしてきた。
「のぞみ先輩の彼氏になりたいです。」
手を握って、目を見つめてそらさなかった。
若さゆえの素直で実直なまなざしに、母性がくすぐられ、甘やかでツンと染みるような切なさと、全身とろけるような心地がした。
ちょっと男友達の話をしただけでスネるところ、私が残した食べ物を、涙目になりながら全部食べようとするところ、おいしいレストランを雑誌で見つけて連れて行ってくれるところ。
すべてが愛おしかった。
ただ、ひとつだけ足りないところがあった。
結婚をしたがらないことだ。
最初は、恋の情熱だけでいいと思ったけれど、もう三十三歳になる。
恋だけじゃ生活はしていけない。
内心、フラれてホッとしたのは事実だ。次にいけるから。
~VOL.02 『希望のかほり』に続く~