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太陽がいっぱい



昨日の夕方、奥さんの買い物に付き合っていた。
薬局の前で奥さんを待っている時に、ふと頭の中にメロディが浮かんだ。
哀愁のある旋律で、とても聴き覚えがある。
でも題名が思い出せない。
映画音楽だな、と思った。ゴッドファーザーに似ているから、きっとニーノ・ロータだろう。
何度も頭の中でその旋律を繰り返した。
でも、どうしても題名が思い出せない。
薬局から出て来た奥さんに口ずさんで聴いてみた。

「ゴッドファーザーじゃないの」

「ゴッドファーザーはこれ」

ゴッドファーザー愛のテーマを口ずさむ。

「だから、テーマ曲じゃなくて、ゴッドファーザーで流れるそれ以外の曲じゃ」

「いや、明らかにこれは映画のメインテーマ曲だよ」

それから奥さんは八百屋へ入った。
外で待っているぼくは、空を写真に撮っていたところで八百屋のオヤジに声を掛けられ、
そのおっさんの撮った日の出の写真を何枚も携帯で見せて貰った。
しばらくして奥さんが買い物を済ませて来たときに、
曲名を思い出した。

「思い出したよ」

「なに」

「当ててみな。ヒントはアラン・ドロン」

「太陽が」

「太陽が?」

「いっぱい?」

「そう。太陽がいっぱい」

久し振りに「太陽がいっぱい」を見てみたい。
いま見たら、以前よりもっと楽しめそうな気がする。

太陽を我がものにした瞬間に焼き尽くされるのは分かっているはず。
それでもその一瞬のために身を捧げ尽くす男を、
ぼくは否定し切れないな・・


木目の顔


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いまの木造建築や木製家具は、木目が柾目のものが多い。
きめ細かく規則正しい木目が罫線のように並んでいる。

ぼくが子供の頃は、少なくとも実家に関しては壁や天井や柱、それに箪笥も鏡台も
板目が多かったように記憶している。
つまり不規則に年輪が現れ、それが目立っていた。

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子供の頃は、とても時間の経過と自分の心が一致していた。
時間の流れを早めようとか遅めようとか、先回りしようとかやり過ごそうなどと考えなかったのだ。
だからぼくは気の済むまで、ずっと箪笥や天井の木目を眺めていた。

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板目をずっと見ていると、色々な絵が浮かび上がって来た。
人の顔やお化けの顔、動物の姿や自動車など。
顔は笑っていたり怒っていたり悲しんでいたり。

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一本の柱に、どれだけの顔や動物がいたことだろう。
その気になれば、自分次第でいくらでも発見できることに気がついた。

やがて、幾つかのお気に入りの顔はぼくとお馴染みになる。
その柱を見るたびに、その顔を探して見つけ出さないと気が済まない。
今日もあの顔はちゃんといた、今日も笑っている泣いている、などと確認するようになった。

最近では、すっかり木目から顔を発見することは無くなった。
そんなにじっくりと板を眺めなくなったのだ。
ぱっと見て「板」と認識した途端に、観察を止めてしまう。
そこから先を見ようとしていない。
もう、どれだけの顔を見逃したことだろうね・・。

青空の下


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自宅近くの、よく行くカフェの女性はテンションが低く愛想もない。
それで当然のようにその店は閑古鳥が啼いている。
ぼくら夫婦には少しだけ心を許すようになっていて、小さく笑顔を見せてくれる。

そんな店が朝市に出店していた。はじめは知らんぷりして他の店を見て回っていたが、
「義理買いするか」ということになり、彼女の屋台の前に立った。

「あ、こんにちわぁー!」
満面の笑顔で迎えてくれた。

それから、ぼくと奥さんは公園でお汁粉をすすりながら
「なぜ人は青空の下では明るくなるのか」について真剣に話し合った。
そこから発展して、「なぜ青空の下では食べ物が美味しく見えるか」を話し
「なぜ青空の下ではなんでも美味しいか」を話した。
結論は、こうだ。
「つまり青空の下だから」

おあとがよろしいようで・・

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明け方の月

昨夕の17時36分に満月を迎えた。
夜は遅くまでツイッターで「月が美しい」と呟く人が絶えない。

明け方には月は西の空にいるはず。
だが5時ころに起きて外を見たら、微かに明るみを帯びてきた空に
黒い雲が空を覆っている。
これじゃ月は見えないな・・

雲にどうして黒いのと白いのがあるのか分からない、密度の違いだろうか。
白い雲は月の光を通すし
黒い雲は通さない。

それでも厚みはさほど無いらしく、多少雲の明るさにムラがあった。
それで、西の空の一点だけ、非常に雲が明るいのだ。
あの雲の向こうに何か明るいものがある、そう思ったが
月にしては明るいような気がした。
そこだけ空に昼間のような明るさがある。

それでも、その明るさは月としか思えない。
まだ日は昇ってない。

そのうち、雲の切れ間に月が見え隠れし出した。
なんて明るいんだろう。

写真に撮ろうとしてカメラを設置しているうちに、また月は隠れてしまった。

ああ、隠れちゃった。。

また雲が切れるのを待とうかと思ったが、明け方の寒さにどうしようかな・・などと考えているうちに
ふと海面を見たらスポットライトのように月の光りが射している。

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太陽光が雲でスポットになっているのは時々見掛けるが、月では初めてだった。
暗い海面に、静かに優しく注ぐ淡い光はとても美しいと感じた。

それから雲が切れそうになったり、また厚くなったり、
次々に様子が変わるのを写真に撮った。

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すっかり身体が冷えて、それから慌てて室内に逃げ込んだ。


北風

朝は大粒の雨だった。風もある。
道路は大渋滞。

首都高速に入ると見晴らしが良い。
西の地平線辺りが明るい。

次第に雨は弱まり、遠くの雲の下は晴れて来た。

奥多摩から丹沢へかけての山々がくっきり見える。
標高は低いが雪を抱いて立派に見えた。
富士の裾野も見える。これは真っ白だから、すぐ分かる。
上半身はまだ雲の中だった。

こんな景色の見え方は、冬型の気圧配置になりつつあるということだ。
あの晴れた遠くの空では、冷たい北風が吹いているだろう。

なあんて、渋滞の車列の中でぼんやり考えていた。

ときどき前車にぴったりくっついて進む車がいる。
きっと急いでいるのだろう。普段より30分は遅れそうだ。
気持ちは分かるけど、前にぴったりくっついたって早くならないよ?笑
ぼくは「大渋滞。到着時刻不明」とメールしたので余裕だ。

会社に着く頃には、すっかり晴れた。
風が強い。

ツイッターを見ると「春」という文字を沢山見掛けた。
確かに風は冷たいのだけど、日射しの強さがそれを上回っている。
日中は暖かそうだ。

日が傾いてきたら、待ってましたとばかりに北風は張り切り出すのだろう。
今は太陽の睨みがきいていて悪さが出来ない。

・・悪さが出来ないから、せめて。

というわけで、10mほど前を歩いている女性の良い匂いを風は運んで来てくれた。

うーん、これは春の香りだ。

匂いというのは、思考を通さずにストレートに感覚へ届く。
ぱっと色々な光景を思い出し、そのときの気分も蘇える。

知らない女性の香り・・

ぼくは、女性の耳から首筋にかけての匂いを思い出す・・


はっ
すっかり風の企みに引っ掛かった!

太陽に睨まれているような気がして、首をすぼめて歩いた。