そこには決して流すことの出来ない刻(トキ)がある。
ACT.203~204の間に何があったのか。
その答えはここに……
*企画者様:リク魔人の妄想宝物庫の魔人様(sei様)
皆さんご存知のこの企画に滑り込みではありますが風月も参加させて頂きました!!
※単行本未収録(2013年9月時点)のネタバレを含みます。
コミックス派でネタバレ嫌いな方はお引き取りをお願いします。
*****
ACT.203.5X 空白の刻
~想いの秘め箱~
22時というまもなく深夜に差し掛かる時間帯に、キョーコは漸く下宿先のだるま屋の側まで帰ってきた。
自転車で坂道を登れば冬でも汗が滲み出る。
ハッハッハッと息を切りながらだるま屋を目指していると、いつも何気なく通り過ぎる公園の横に一台の車が停まっているのが目に着いた。
ーーまさか…ね?
などと思いつつも、見覚えのあり過ぎる高級外車に、キョーコの心臓が自然と跳ねる。
違うわよと自分自身へ言い聞かせながらも、期待している自分がいたのも事実だ。
ずっと頑なに封印しようとし続けていた恋心を漸く認められるようになったのはホンの数時間前。
社長であるローリィによればどうやら自分は良質な恋愛劇の幕を握っているらしい。
しかし、その想いを自覚は出来ても伝えるつもりはサラサラない。
今の先輩と後輩という心地のいい関係をこんな一時の感情で失う訳にはいかないのだ。
そう思っていても、今日がホワイトデーだという事実は変わらず、優しい敦賀さんならもしかしてという期待が生まれてしまった。
チラリと気にしつつ高級車の隣を通り抜けようとした時、ガチャリと運転席の扉が開いたことでキョーコの心臓が一気に跳ね上がった。
「最上さんっ!」
少し慌てたような、焦ったような声。
聞き間違えるはずのないその美声は、愛しい人のもので、キョーコは思わずペダルを踏み込む足に力を込めて気付かなかったふりして逃げ出しそうになったが、流石にそんなことは出来なかった。
出来れば、会いたくなかったヒト。
だけど、会いたくてたまらなかったヒトでもある。
キョーコは自転車を止めて振り返った。
「つつつ、敦賀さん?!え?!何で…」
その姿を瞳に納めてまん丸と目を見開く。もしかしてと期待していたことを気づかれたくなくて、ワザと驚いたフリをする。
「ごめん。今、ちょっとだけいいかな?」
申し訳なさそうに遠慮気味に言われて、キョーコは不安と期待を抱きながらコクンと頷いた。
寒いから中へと促されて、キョーコは蓮の車の助手席に収まった。
「あの…今日は、どういったご用件で…?」
バレンタインに渡したからといって、敦賀さん程の方がわざわざホワイトデーのお返しに来るなんて、そんな都合のいいことがあるわけないと自分自身に必死に言い聞かせる。
浮かれて馬鹿を見て落ち込んでしまうのは目に見えていることだ。ならば少しでもその期待を減らしておくべきだと、自らを戒める。
ーーーそんな、一体敦賀さんにチョコを渡した人間が何百人いると思ってるのよ!!敦賀さんも一々そんなバレンタインにプレゼントをもらった全員の顔を覚えてるわけないわよ!!その他大勢の中の一人ひとりにこんな風にお返しに来るなんてあり得ないんだからっ!!
だとしたら、何の用事があるというのだろう?
冷静になって考えると、全く蓮がここにいる理由が浮かばなかった。
「いや、ちょっとどうしても今日中に最上さんに会いたくって…」
歯切れの悪い蓮も少し緊張しているようだった。
それが伝染したようにキョーコの心臓も落ち着かない。
「え…でも、今朝会いましたよね?」
「…うん。でも、あの時は社長も社さんもいただろう?」
「えぇ、まぁ…。」
蓮の言葉にキョーコは少し驚いていた。
蓮のいう会いたかったという言葉の中に二人っきりでという意味が含まれることに気付いたからだ。
でも、自分ならまだしも、蓮が二人っきりで会いたかったという理由がわからない。
「最上さんに…どうしても今日中に渡したいものがあってね。」
蓮の言葉に、キョーコの中で必死で否定しようとしていた期待が弾けた。
「え…わた…しに…ですか?」
「うん。そうだよ。だって今日はホワイトデーだろう?最上さんからは素敵なバレンタインプレゼントもらったからね。」
キョーコの胸の中がギューっと締め付けられた。喜びに心が震える。
「え…でも、そんなの…敦賀さんなら沢山…」
ほんのりと頬を染めながら沢山頂いてるのにいいのかと言おうとすると、蓮はニッコリと微笑んだ。
「最上さんには普段から沢山お世話になってるから特別だよ。」
「お、お世話?!特別って…!!」
特別だと言われて密かに心臓が跳ねた。
「食事のことも…そしてあっちでも…ね?」
イタズラっぽく視線を投げられてまた更にトキメク。
あっちのことというのが、セツカのことを指しているのだということもすぐにわかった。
二人だけの秘密の暗号のようでドキドキする。
蓮を直視出来なくて、慌てて視線を逸らし、手をモジモジと弄んだ。
「そ、それは、当然のことといいますか…」
社長に見破られて自覚した途端、二人っきりの空間はやはりというか落ち着かない。
今までしっかり隠せていたはずの感情が上手く隠せなくて焦ってしまう。
「とにかく、最上さんには今日ちゃんと会って渡したかったんだ。」
「あ、ありがとう、ございます!」
蓮はそんなキョーコの様子を見てクスリと笑みをこぼすと、伸び上がってキョーコの後部座席に手を伸ばし、紙袋を手に取った。
その姿をうっかり見てしまったキョーコは更にドキドキが激しくなった。
車をバックさせる男の人にトキメクという世の女性たちの気持ちが今ようやくキョーコにもわかってしまった。
「これ。」
手渡された紙袋を慌てて受け取る。
「あ、ありがとうございます!あ、あの、本当に私がもらっていいんでしょうか?」
「くす。俺が君のために用意したんだから、君にもらって欲しいな。」
キョーコの言葉にクスクスと笑う蓮を見て、キョーコの耳まで真っ赤に染まった。
ーーーき、君のためにって…!!つ、敦賀さんが、私のために…用意してくれたもの…。
「あ、あの。あ、開けても…いいでしょうか?」
「うん。どうぞ?」
蓮はとても優しい眼差しをキョーコに向けているので、向けられた方は溜まったものではない。
キョーコは慌てて意識を受け取ったばかりのプレゼントに向け直して包装を解き始めた。
「わぁー!可愛い!!」
中から出てきたのは木製の細かい細工のあるオシャレな木箱だった。宝箱のようなその形は、蓮への想いを必死で閉じ込めようとしていた心に秘めた箱にとても似ている気がした。
「あれ…開かない」
蓋を開けてみようとしたところで、開かないことに気付いた。
よく見てみると、鍵穴らしきものを発見した。
「貸して?」
蓮に言われて慌てて差し出したのだが、蓮は受け取ろうとしなかった。
そっとキョーコが箱を持つ手に手を添えて箱を覗き込む蓮。重ねられた手のひらにキョーコの心臓がドクンと音を立てた。
覗き込む蓮に合わせてキョーコも箱を覗き込む。
「そのまま持ってて。」
蓮に言われるまま持っていると、蓮が胸ポケットから何かを取り出して、箱の穴らしき部分に差し込んだ。
それが鍵だとキョーコが気付いて目を見開いた時、カチャッと静かな音を響かせて箱の蓋がパコンと開いた。
「あ…」
開いた!と声に出そうとした瞬間、音楽が流れ始めた。
優しくて温かい音色が車内を包み込む。
蓮からのプレゼントはオルゴールだったのだ。
心の鍵が開くのと同時に溢れ始めた愛のメロディにキョーコには聞こえた。
綺麗な音色に心を奪われ、オルゴールをうっとりと見つめる。
「綺麗な曲…」
キョーコが気に入ったことがわかったのだろう、蓮はホッとした顔を見せた。
「何ていう曲ですか?」
「うーん?敢えていうなら妖精の曲?」
「妖精の曲…ですか?」
「うん。」
「可愛い…妖精ですね。」
「君をイメージしたからね。」
「え?」
「気に入ってくれた?」
「え?あ、は、はい!」
「良かった。」
ふわりと微笑んだ蓮に、キョーコはドギマギする。
ーーーい、今、君をイメージしたからねって言われた気がするけど、まさかね?聞き間違いよね?!
「それ…アクセサリーなんかもしまえるようになってるから、どうかな?って思って。」
「わぁ!プリンセスローザ様にぴったりです!!素敵!!」
「良かったよ。じゃあ、はい、これもどうぞ。」
「あ、ありがとうございます!」
コロンと手のひらに転がってきたのは先程蓮がオルゴールに差し込んだ鍵だシャランとついている鎖も上品だった。こちらの鍵も繊細な細工で可愛らしい。
「その鍵、実はブレスレットにもなってるんだ。」
「わぁ、本当ですね!」
キョーコの顔がふにゃんと崩れた。
心に暖かな喜びが広がる。
大事そうに鍵とオルゴールを胸に抱き締める。
「嬉しくですっ!とっても…!」
そんなキョーコの反応は蓮の予想を遥かに超えていた。
今まで見たキョーコのどんな表情よりも美しく可愛く映ったのだ。
恋する乙女そのもののような表情に蓮は固まりキョーコを抱き締めたい衝動を必死に押さえ込んだ。
「あ!あの…。」
「ん?」
「もし良かったら…お茶でも…して行かれませんか?」
「え?!」
蓮が驚くように目を見開いたのがわかったが、キョーコは赤くなった顔を自覚しながら蓮に一気にまくし立てた。
「あの、私の部屋そんなに広くはないですが、敦賀さん何も食べてないですよね?!簡単に用意しますからお礼に食べて行かれてください!!」
「いいの?今回のは俺から最上さんへのバレンタインデーのお返しなんだけど…」
「それは、そうですが、こんな風にわざわざ時間作って会いに来てくださったので…」
「それじゃお言葉に甘えさせてもらおうかな。また今度改めて何かお礼しなくちゃね…」
「え?!そんな!私が勝手にしようとしてるだけなので、お礼なんてとんでもないです!!」
蓮は蕩けるような笑顔になっていたのだが、誘っているキョーコはいっぱいいっぱいで、そんな蓮に気付かずにそろそろと伺うように蓮を不安そうに見つめた。
「あの…ご迷惑…ではないでしょうか?」
「とんでもない。君がいいと言うのなら喜んでお邪魔させて頂くよ。」
蓮の言葉にぱぁぁ!とキョーコの顔が輝いた。
せっかく会えたのだからもう少し長く蓮と一緒にいたいと思っていたのだ。
「では、すぐに支度しますね!!」
ニッコリと嬉しそうに微笑むキョーコに、蓮もくすぐったそうに微笑み返したのだった。
「こちらです!中で、待っててください。」
キョーコが階下へと降りる背中を見送ってキョーコに案内された部屋へと足を踏み入れると、蓮はキョーコの優しさに一気に包まれたような錯覚を覚えた。
部屋の中はメルヘンチックなもので溢れかえっているのかと思いきや、思っていた以上にシンプルで驚いたが、整理整頓されて整った家具や小物にキョーコらしさが感じられて笑みが零れる。
そしてふと、視線を逸らした先に飛び込んで来た自分の写真に言葉を一瞬失ってしまった。
「ーーーっ?!」
そしてその隣に自分よりも大きな存在感を放つ尚の写真に僅かに動揺する。
「何で…あいつの写真がここに…?」
ムカムカと胸に湧き上がる感情が蓮を包み込もうとした時、部屋が突然ノックされて思わず飛び上がった。
「…はい。」
辛うじて返事を返すと、キョーコが可愛い顔をしてひょっこりと顔を出した。
そのあまりの可愛さに、先ほどまでの怒りさえも封じ込められ、固まってしまう。
「ふふ。大将と女将さんがお店に出してる料理を分けて下さるそうです!団体客の内二人分キャンセルが出てちょうど余っていたらしくて…。もらってきちゃいました!」
トレーには美味しそうな料理が二人分取り分けられていた。
「ごめん。重かっただろう?」
慌てて蓮も駆け寄り手伝おうとするが、キョーコはニッコリと微笑んだ。
「このくらい慣れてますから。敦賀さんは座ってくつろがれて下さい。」
「ありがとう。」
蓮はキョーコの気持ちに応える為に、ここは素直にもてなされようと決めて席についた。どかりと腰を下ろすと正面に自分と尚の顔があり、少し気まずくて視線をそらす。
するとキョーコの勉強机の上にもフレームに入った写真が飾られていることに気付いた。
キョーコの写真だろうかと思って何気無く写真の中を確認した蓮は驚き目を見張った。
そこには蓮の写真が幾つも飾られていたのだ。
「最上さん…これ、は?」
トレーからテーブルにカチャカチャと食事を並べていたキョーコは蓮の指差した方向を見て、奇声を発した。
「きゃわ!!」
明らかに狼狽えたキョーコが物凄い速さでその写真立て達を引っ付かむと、胸に抱きしめた。
「こここここここれは!!な、なんでもないんです!!」
胸に抱きしめられたのが写真では蓮も些か面白くない。少しだけムッとしてキョーコを見ると、キョーコの顔が一気に青ざめた。
「ごごごごめんなさぁぁぁい!!敦賀さんの写真を飾ってるのは、敦賀さんがいると思うと気が引きしまる気がするので、それで…!!」
「うん、まぁ…それは別にいいんだけど…」
蓮が顔を逸らしてゴホッと咳払いをする。赤い顔でアタフタするキョーコの可愛さにやられてしまったようだ。
「あ、あのっ。ごめんなさい。迷惑ですよね…こんな…」
シュンとしてしまったキョーコに蓮が慌てる。
「いや、別に構わないよ。…まぁあいつの写真がデカデカと飾ってあるのは気に食わないけど…」
後ろの言葉はボソリと付け加えたので、キョーコには聞き取れず首を傾げた。
「え?」
「あ、いや、何でもないよ。それよりも、俺が一人で写ってるのばっかりだよね?せっかくそんなフレームの付いた写真立てに入れるなら…二人で撮った写真なんてどう?」
「え…?二人、で…?」
「うん。ここに座って。」
ぽんぽんと蓮に隣へくるように促されて、キョーコは写真立て達を元に戻して蓮に示された場所へ近寄る。
蓮が携帯をピコピコと操作してカメラ機能を起動させると、キョーコの身体を抱き寄せた。
「え?え?えぇ?!」
蓮の意図がわかって狼狽えたキョーコの身体をしっかりと逃げられないように固定して蓮が呼び掛ける。
「ほら、もっと寄って?じゃないとはみ出しちゃうよ。」
「う…うぅ…こう…ですか?」
「うーん。あ、ちょっとそのまま動かないでね。」
蓮はカメラの位置を調整しながら少し動いて、キョーコの背後に腰を落ち着けた。
「最上さん、俺に寄りかかって?」
「ええぇ?!こ、こう…ですか?」
後ろから抱き締めるような形でポーズを撮って、パシャっと一枚。
画面を確かめてから、蓮はうーん。と唸ると、もう一枚と言ってキョーコを再び抱き締める。
「あぅ…」
真っ赤になってしまったキョーコに先ほどプレゼントしたオルゴールを持たせて、蓮は後ろからピタリとキョーコの頬っぺたに頬をくっ付けた。
「オルゴールもう少し持ち上げて。」
「こう…ですか?」
「うんいいね。じゃあ行くよ。」
「…はい。」
ーーカシャ。
「うん、完璧。」
フレームに収まった写真に満足すると、蓮は保存することも忘れない。
「せっかくだからもうちょっと撮ろうか?」
「ええぇ?!」
「最上さん、ここに座って。」
「へ?!いえいえいえ、そんな、重いですからっ」
「大丈夫だよ。ほら。」
「ひゃあ!!」
グイッと抱き寄せられて、蓮の足の上に腰掛ける形になった。
バランスを崩しそうになって、慌てて蓮の首にしがみつく。
「うん。そのままね。そのまま顔だけこっちに向けて?」
「は、はい。」
蓮の首に抱き付いたまま、顔だけカメラ目線で写真に収める。
あまりの近さにキョーコの頭は沸騰寸前だった。
何枚か写真を収めて、蓮も満足出来たのか、漸くキョーコを解放した。
「じゃあ、これを現像して今度渡すね?」
ニッコリと微笑んだ蓮に、キョーコが慌てて頼み込んだ。
「あ、あのっ!じゃあその写真、メールで送ってくださいませんか?!」
「え?」
「あ、あの、お守りに…携帯にも入れておきたいなって…」
カァァと真っ赤になりながらキョーコが言う。
「ダメ…でしょうか?」
そんな風に上目遣いで言われてしまっては蓮は無表情になる他なかった。
「…いや、ダメじゃないよ。それじゃあメルアド…教えてくれる?」
「はいっ!!」
予期せぬ形でキョーコのメルアドまでゲットできた蓮は、上機嫌だった。
二人で食事をとり、他愛のない話をして帰路につく。
こうしてカインとセツカとして会えない間に、どちらからともなくメールのやり取りが密かに始まりそれぞれが恋心を育てて行くのだった。
END
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ホワイトデーのプレゼント→キョーコお礼に部屋に上げる→蓮の写真を見つけて、蓮が二人で撮ることを提案→キョーコとメアド交換→メールをし合う仲に!
という流れがウメウメ企画が発動した際に浮かんだのですが、なかなか形にならず苦戦しておりました。
それをボヤいたらいつの間にか魔人様のところでF様?と予告されているのを発見。
もしかしなくても、これって風月のこと??いや、もしかしたら