昔々の物語*後編★★


「レレレレレレレレレレレレン様が、くくくくくくくくくくくくくくく…っ!!!!」

「キョーコ姫、落ち着いて。」

「おおおおおお、落ち着けですって?!む、無理よぉ!私がこの国の王妃になるなんて!!そ、そんなの聞いてないっ!!」

「大丈夫だよ。キョーコなら。」

翌朝、目覚めたキョーコは己を抱き締めて眠る見知らぬ男に狼狽えました。
しかし、男はそんなキョーコにイタズラが成功した子供のような顔を向けると、キョーコの目の前でニコニコと種明かしをしたのです。
その種明かしをする男の声は、昨晩までと同じもの。
しかし、夜の闇に溶けてしまいそうだった黒髪は、光輝く金髪に。
黒かったはずの瞳は、あの想い出の泉のような煌く碧色になっていたのです。

その姿はまるで、あの想い出の男の子の成長した姿でーーー。

「レン様が、クオン王子だったなんて!!そしてそのクオン王子が、私の想い出の男の子だったなんてぇぇぇ!!!!」

「うん。すごいよね?キョーコ。私達はきっと運命で結ばれているんだよ。」

「何、のんきなことを!!わ、私ったら小さい頃とはいえ、王子様に向かって、呼び捨てで、しかも、甘えたりなんてっ!!なんって無礼を…っ!!」

キョーコの口から出る言葉に不満を覚えたクオンは、キョーコの唇を己の唇で一気に塞ぎました。

「く、クオン様っ!」

「キョーコは、私が王子で嬉しくないのか?」

「そ、そんな、嬉しくないわけじゃ…」

「君は、私が何者でも構わないと言った。あれは嘘だったの?」

クオンの顔が悲しみで歪むと、キョーコは慌てました。

「あ、あの!違うの!!違うんです!!そ、そういうつもりじゃなくて…」

ーーバァァァン!!

「クオン!!!!妃が見つかったというのは本当かぁぁぁぁぁ!!」

「クオンったら、水臭いわっ!早く見せなさい!!じゃないと私の寿命はあと三秒よ!!」

破壊せんばかりに扉開け放ったのは、煌びやかな衣装に身を包んだ美しい男女で…。

「母様、父様…。」

「ここここここ、こく、こくっ国王様っとっじょおっ!女王様?!」

とうとうキョーコは目を回してしまいました。

「あ、キョーコ!!」

クオンが目を回したキョーコを慌てて抱き締めます。

「おおお!!この姫がそうかっ!!」

「きゃぁぁー!貴方がクオンがベタ惚れな姫なのねぇ!!ママによーくお顔を見せて?」

クオンの胸に顔を隠したキョーコの顔をジュリエナが覗き込みます。

期待の目に負けたキョーコが恐る恐ると言った様子で、顔を上げると、キラキラと輝く目で女王からうっとりと見つめられていました。

その視線に耐えられず、クオンを困ったように潤んだ瞳で縋るように見上げると、ジュリエナは信じられないものを見たかのように目を見開いて後ろによろめきました。
それをクーが支えます。

「ジュリッ!どうしたんだい?」

「ダメよ貴方!!可愛すぎるわっ!!流石はクオンの心を射止めた姫よ!!ま、負けたわっ!」

「なんと!可愛さとはいえ、私のジュリを負かすとは!!クオン!!良かったな!!さぁ直ぐに挙式の準備だ!!」

「へぇ?!」

クーの言葉に、素っ頓狂な声を出すキョーコを他所にどんどんとクオンとクーが盛り上がります。

「そうですね!!早く式を上げて私のキョーコをお披露目せねばっ!」

しかし、それをジュリエナが厳しい声で制しました。

「ダメよ!」

ジュリの一言で今まで挙式について意見を出しあっていた二人がピタリと止まってジュリエナを見ました。

キョーコも、ジュリエナの言葉を聞いて拒絶されたと思ったのかシュンとして顔を伏せるしかありません。

「か、母様?」

「ジュリ…一体どうして…」

首をかしげる二人に、ジュリエナはニッコリと微笑んでキョーコの頬を両手で包み込みました。

「まだ、貴方の心の準備が出来てないですものね?」

その優しい微笑みと言葉に、キョーコが驚いて目を見開きました。

「大丈夫よ。王宮での暮らしにも直ぐに慣れるわ。まずは王妃になるに相応しい教養と仕事を覚えて行きましょうね?大丈夫、ゆっくりと貴方のペースでいいのよ。貴方がクオンの妃になる準備が整ったら、挙式を上げましょう?」

ジュリエナの言葉に、クオンもクーも納得しました。

確かにキョーコはクオンが王子だということを聞いてからパニックを起こしていたのです。

今から結婚式を上げたとしても、キョーコは楽しむ暇すらないでしょう。

「暫くは花嫁修行をしてもらうわ。そして花嫁修行が終わったら、クオンの妃となってくれる?」

ジュリエナの優しい笑顔と言葉に、キョーコはようやく心から笑うことが出来ました。

その安心し切った可愛らしい満面の笑顔でジュリエナを見つめ、コクリと頷きながら返事をします。

「はい。ありがとうございます。女王様!」

その笑顔の破壊力にジュリエナが再びよろめくと、国王のクーがまたすかさず支えました。

「貴方…なんて可愛い娘ができたの?!みた?!今の見た?!」

「あぁ、ジュリ…俺たちは幸せ者だね。二人の子供達もきっと可愛いに決まってるよ。」

「そうね。貴方、5人ぐらいの子供達に囲まれたいわ。」

「あぁ、そうだね。でもそうなると跡継ぎで揉めそうだね。」

「大丈夫よ。皆でやればいいんですもの。」

「ジュリ!君は何て頭が良くて素敵なんだ!!」

「貴方…ね?素敵でしょう?」

「うん。素敵だよジュリ!素敵だ…。」

神さえも羨みそうな美貌をもった二人が、うっとりと見つめ合い、キスを交わす姿を、クオンはやれやれという目で、キョーコは真っ赤な顔で唖然として見つめました。

そんなキョーコに気付いたクオンは、キョーコに近付くと、そっとキョーコを抱き寄せてキスを送ります。

「子供が5人だって。俺たちも頑張らないとね?」

「ふぇ?!」

二人の前で予告もなく口付けられて、キョーコの頬が薔薇色に染まります。

「あぁ、君と私の子供に早く会いたいよ。母様、結婚するまでは一緒のベッドで寝ちゃダメなの?」

二人のラブシーンを見ても全く動じない息子は、甘ったるいキスを送りあう両親の方に言葉を送りました。
すると、クーもジュリエナも途端に目を釣り上げました。

「お前は何を言い出すんだ!!」

「そうよ!!信じられないわっ!!」

怒られると思ってなかったクオンは、両親の形相に唖然としたのですが…。

「愛する者同士が別々のベッドに寝るなんて考えられない!!」

「そうよ!!一緒にいたいのに離れ離れにされたらキョーコが可哀想でしょう!!一緒にいたいって恥ずかしくて言えない乙女心もわかってあげなさい!!」

「母様、父様…!」

「ええええぇ?!?!」

予想外の二人の返答に片や大喜びで大感激、片や驚きを隠せず真っ赤な顔で固まってしまったのでした。

「もちろん良いに決まってるだろう!!」

「花嫁修行はビシバシ容赦なく行くからね!慰めてあげてね?クオン!」

「心配するな。結婚前に子供が出来ても問題ない。もう結婚は確定なんだからな。」

「そうよ。早く可愛い孫の姿を見せて頂戴。」

クーもジュリエナもにっこりと、微笑みます。
それを受けてキョーコの頬も、ふにゃっと緩んでクオンを見つめました。

「クオン様、私たちにもコウノトリさん赤ちゃん運んで来てくれるのかしら?」

にっこりと、可愛らしい顔で微笑むキョーコと、それを蕩けるような笑顔で見つめるクオンを見て、ジュリエナだけでなく、抱き合っていたクーまでもよろけました。

「国王様っ?!女王様??!」

キョーコは突然倒れたクーとジュリエナに驚いて声をかけたのですが、二人は、抱き合ったまま某然とクオンの表情を見つめていました。

「貴方っ!!これはっ!!」

「あぁ!ジュリ!!とうとう私たちの息子が本気で愛する唯一の女性を見つけたようだよ!」

「嬉しい!!」

ジュリエナは歓喜の涙を流してクーに抱き付きました。
そんなジュリエナの頭を優しくクーは撫でました。

「さぁ。私たちお邪魔虫は退散するとしようか。」

「えぇ、そうね。キョーコ、今日はゆっくりしてね。あ、今夜のディナーで歓迎の晩餐会を開くから、クオンに見立ててもらってドレスアップしてくるのよ?レッスンは明日の朝から、みっちり叩き込むから覚悟してね?」

「はい!女王様!!」

キョーコが、しっかりと頷くのを満足そうにみて、最後にジュリエナは付け加えました。

「あぁ、それと、私のことは女王様ではなく、ママって呼んでね?」

「ええええぇ?!そそそ、そんな!!恐れ多い!!」

「何故?結婚したら私は貴方のママになるのよ?これは花嫁修行の一環だわっ。」

「そうだぞ、キョーコ。私のこともパパと呼びなさい。」

「国王様まで!!」

キョーコがオロオロしていると、キョーコの頭を優しい手がポンポンと叩いたので、その手の主を見ると、クオンがキョーコの頭を撫でながら、安心させるよう神々しい笑顔で見つめていました。

その笑顔に勇気をもらったキョーコは、キラキラと期待の目を向ける二人に向き直ります。

「あの、これからよろしくお願い致します。ま…ママ!
パパ!!」

二人の顔もキョーコに希望通り呼ばれてだらしなく緩みます。

「あぁ!!!!もう可愛いったらっ!!」

ジュリエナが耐えられずキョーコに抱き着くと、その二人をクーが包み込むように抱き締めました。

「本当に、可愛すぎるな!!あぁ、私の宝物が増えたよ。」

そういって感激を顕にする二人に、キョーコは戸惑って目を彷徨わせると、それを見つめるクオンと目が合いました。

クオンが嬉しそうに微笑むと、キョーコはそれを見てやっと安心出来たのか、二人の胸に抱かれて涙を流しました。

キョーコから当然嗚咽が漏れ、二人が慌てます。

「ど、どうしたの?!キョーコ!!痛かった?ごめんなさいね?」

「キョ、キョーコ!どうしたんだ?!」

オロオロと取り乱す二人からクオンはキョーコを引き取りました。

「大丈夫ですよ。彼女は今まで寂しい想いを沢山して来たから…ようやくここに自分の居場所を見つけることが出来たんでしょう。」

「まぁ、そうなのね?」

「そうか…良かった。泣かせてしまうようなひどい事を気付かぬ内に言ってしまったのかと思った。」

ヒンヒンと泣き続けるキョーコの頭をクオンが優しく撫でて、キョーコの身体を包み込みます。

「キョーコ。わかっただろう?君は私たちにとってとても必要な存在なんだ。改めて、私の妃となってくれるだろうか?」

優しく言い聞かせるように言うクオンの言葉を受けて、キョーコはコクコクと必死で頷きながらしがみつき、嗚咽を深くして行きました。

そんなキョーコの髪にキスを送ると、クオンは目だけで二人に合図を送ります。

ジュリエナもクーも、そんなクオンに優しい笑みを零して、退室するのでした。



それから、二年後。
キョーコ姫はジュリエナによって徹底的に磨かれて、世の中の女性が羨むほどの光輝く娘へと変貌していました。
厳しい花嫁修行も無事に終わり、クオンの妃としてお披露目の時がやってきました。

ジュリエナの腕の中にはスヤスヤと眠る赤子の姿がありました。

その子供をクーとジュリエナが微笑ましく見守ります。

そこへ身支度を済ませたクオン王子が近付きました。


「全く、この歳になって妹が出来るとは思いませんでしたよ。」

呆れたように零すクオンに、ジュリエナもクーも幸せそうに笑います。

「授かったものはしょうがないだろう?」

「そうよ。それに貴方達だって…。」

ジュリエナが言いかけた所に、赤子を抱いたカナエを伴ったヤシロがやってきました。
ジュリエナの抱いている子供よりももっと小さい赤子です。

「クオン様!キョーコ様の支度が整いました。」

「そうか。ありがとう。済まないなヤシロ、カナエ、面倒を見てもらって…」

「いえ、折角のお披露目の席での衣装を汚されては大変ですから。」

カナエはきっぱりと良いながら、腕の中の赤子を慈愛に満ちた目で見つめます。

「ヤシロ、お前たちはまだ結婚はしないのか?」

「ク、クオン様!!だから、私達はそんな関係ではないとあれ程…っ!」

真っ赤な顔で否定するヤシロの
後ろで、少しだけカナエは頬を染めました。

からかうように優しく笑うクオンを見て、ヤシロはふわりと微笑みます。

「変わりましたね…。昔はクオン様のそんな笑顔が見れるとは思いませんでした。」

「そうか?」

「えぇ、キョーコ様のお陰ですね。」

その言葉にクオンは笑みを深くします。

「さぁ、我が姫を迎えに行こうか。」

立ち上がったクオンは、カナエの抱く赤子の頬にキスを送ります。

「パパとママの結婚式…ちゃんと見てるんだぞ?」


(続く)