へっぽこハンター日記

へっぽこハンター日記

新米ハンターのコトワがハンティングした音楽、映画、書物や芸術一般について語ります。

新米ハンター・コトワが趣味のハンティングについて書いてます。

『ゴジラ-1.0』観ました。

旧作につき、ネタバレあります。

 

 

第2次世界大戦後の日本。

戦争から生還するも、

空襲で家族を失った敷島浩一(神木隆之介さん)は、

孤児の赤ん坊を抱えた女性・大石典子(浜辺美波さん)に出会います。

 

戦争のPTSDに苦しみながらも、

3人で生活することにした敷島は、

高給を得るため、

海に残された魚雷処理の危険な仕事に就きます。

 

そんなある日、海から巨大な生き物が姿を現します。

敷島はかつて補給基地で出くわしたその怪獣・ゴジラの恐ろしさを知っているため、

怪獣撃退の作戦に参加することにします……

 

 

 

 

 

日本映画として初めてオスカーの視覚効果賞を受賞し、

昨年の話題をさらったゴジラ映画です。

 

おもしろかったです。

特に船を追うゴジラの海のシーンは迫力満点で、

めちゃくちゃ良かった。

 

 

そして、戦争の記憶と、

特攻から逃げたという負い目にずっと苦しみ続ける敷島のキャラクターは、

想像していたよりも痛々しくて、

神木さんの好演が光ってました。

 

自分の命を危険に晒すような仕事を選ぶ彼に、

生き残った私たちはしっかり生きるべきと諭す大石さんのシーンを見て、

うちのおじいが「べきとか言わんでくれ……

誰かこの人にもっと優しくしてくれ……」と呟いたのが印象的でした。

 

たしかに……

でもあのシーンは、大石さんもいっぱいいっぱいやったから……

 

若くて可愛い彼女は戦後の混乱でたいへん苦労したはず。

出会ったとき、たいへん汚い格好をしていて、

パンパン(米兵相手に性的なサービスをする女性のこと)にでもなれっていうのかと怒っていた彼女。

 

昔渋谷とか夜の街にずっといて、

家に帰らないで汚い格好をした若い女性たちのグループがいて、

“汚ギャル”と呼ばれてたりしましたが、

あれは、実はいろんな事情で家に帰りたくない少女たちが、

体を汚くしておくことで性犯罪のターゲットにならないようにしていたのではという話をツイッターで見たのを思い出したんですよね……

 

 

そんな、たぶんどちらもそれぞれの地獄を生き抜いてきたであろうこのふたりが、

孤児の赤ちゃんを守ることで心を寄せあっていく様子が、

しんどいけど、

幸せになってほしい……と切実に思わせてくれました。

 

 

僕は恋愛感情があんまりわからないので、

敷島さんが「お嫁さんにもらってやらんのか」と怒られるシーン見て、

そこは恋愛じゃないといかんのかなあとは思うんですけどね。

家族が死んでひとりぼっちになった赤ちゃんを守りたい、

遺されたものどうし、頑張って生活を立て直したい、

それだけではダメなんかな。

 

ま、そんなこと言い出したら、

だいたいの映画の恋愛要素を否定することになるので、

仕方ないけどね!

 

 

ブログタイトルは、ゴジラ対策についてのエピソードから。

銀座をめちゃくちゃにされたのに、

敗戦国なもんで、

アメリカの手前、国として武装することができません。

 

ボランティアとして集まった元兵士の人たちや、

研究者の人たちの知恵と手腕にすべてがかかることに……

バルーン会社の人とか、

博士の作戦に付き合ってくれてほんまにありがとうやで……

 

そんで、事情があるにしても、

こんなに大変なのに国はなにもしてくれないところが、

今の日本を生きる身として、えらいリアリティがあって、

やばいと感じた、

へっぽこハンターコトワでした!

("`д´)ゞ

 

マジで政権交代しようね!

(*`ω´*)

『野のユリ』観ました。

1963年の映画!!

旧作につき、ネタバレあります。

 

 

土木関係の日雇いバイトをしながら、

ステーションワゴンに乗って旅をしている黒人青年ホーマー(シドニー・ポワチエ)。

 

アリゾナ砂漠周辺で、車がエンストを起こしたので、

エンジンを冷やす冷却水をもらおうと、

たまたま見かけた農作業中の修道女に声をかけます。

 

ホーマーが水を汲み出しているとき、

修道院長のマザー・マリア(リリア・スカラ)は、

「神様が我々に力強い男をお遣わしになった」と呟き、

突然屋根の雨漏りを直すよう指示してきます。

 

東ドイツから亡命してきた彼女たちは英語があまりうまくないので、

会話が噛み合わないまま、

屋根の修理をさせられたホーマー。

 

修理代だけもらって立ち去ろうとしますが、

マザー・マリアは問答無用で彼に質素な食事を振る舞い、

翌日には敷地内に礼拝堂を建設するようにと言い出します……

 

 

 

 

シドニー・ポワチエ主演の名作映画をアマプラで見つけたので、

家族で観ました。

 

おもしろかった!

( ≧∀≦)ノ

 

どんな話かざっくりとしか知らなかったんですが、

あらすじから想像してた感じと違いましたね……

やっぱり、自分で観てみないとね!

 

 

ホーマーは気のいい、ちょっと押しに弱いタイプの若者で、

土木作業の重機の扱いがうまく、

どうやら教育はそんなに受けられなかったようですが、

頭の回転がはやくて、飲み込みもはやいので、

いろんなことをそつなくこなせる。

なにか自分にしかできないことがあるのではないかと考え、

それを探しながら、旅をしています。

 

 

一方、マザー・マリアはほんとうに強引で、感謝しない人で、

“厳しい人物”というよりも、単にイヤなやつ!

(*`エ´)

 

そもそもなぜ言葉もあまりわからないアメリカの、

人間があまりいないアリゾナの砂漠にやってきたのか……

 

自給自足の修道生活そのものはなんとかできても、

礼拝堂を建てるなんて、

お金も資材もないのにどないするねん……

(^_^;)

 

屋根の修理代をもらおうとするホーマーに、

お金がそんなに大事か!と逆ギレするシーンで、

彼女がホーマーに向かって罵る言葉が、

「ウォール街!」なのは斬新でしたw

英語の語彙が少ないから悪口があんまり出てこないww

(≧▽≦)

 

 

そう、登場人物たちみんなルーツがそれぞれなので、

この映画そのものがすごく多言語なのです。

 

 

日曜のミサに出席するために、

ホーマーはマザー・マリアたちを車で教会まで送迎するように言われます。

 

送迎と言われたので真面目にスーツを着てきたホーマー、

おもろかったww

 

しかし、たどり着いたのは砂漠の一角のダイナーでした。

 

ダイナーの前の駐車場に停めたバンの後ろに即席の祭壇がつくられ、

アイルランド系の巡回神父がそこでミサをするのです。

 

参列するのは周辺に暮らすメキシコ系移民のみなさん。

 

そこに東ドイツから来た修道女たちが加わります。

 

教会が必要だというのはここにいる全員の思いでした。

 

はじめはホーマーはすぐに逃げ出すだろうと思われ、

実際一旦立ち去るけど、

戻ってきた彼にみんなが希望を見いだします。

寄付が集まるようになり、資材をゲット!

礼拝堂の建設も手伝いに来てくれます。

 

建設現場は英語とドイツ語とスペイン語が入り交じって、

まさにバベルの塔なみの混乱!

 

でも、これが必要なことだったんじゃないかなと。

 

地域のみなさんと修道女のみなさんたちが、

通じないとこもありながらも対話しながら、協力して、

自分たちの教会を建てること。

この経験は、建物そのものよりも、

なにものにも代えがたい財産なのではと思いました。

 

 

そして、ホーマーのアイディアと、

みなさんの寄付のおかげで、

(寄付には内装に使えるシャンデリアや十字架、マリア像なども含まれてました)

素人づくりながらも立派な礼拝堂が完成!

 

これぞ古き良きアメリカって感じがした。

人種のるつぼ、

いろんな人が協力しあって暮らすんだ!

(*ノ゚Д゚)八(*゚Д゚*)八(゚Д゚*)ノィェーィ!

 

 

ホーマーが歌ってくれる謎の讃美歌“エイメン”は、

めちゃくちゃ覚えやすいので、

しばらく頭から離れませんでした。

(^-^)

ラストシーンもさわやか!

彼ならなんだってできるよと思ったね。

 

あ、あと、

寄付をしてくれたダイナーのオヤジが、

建設会社の社長さんになぜ寄付をしたのか聞かれて、

「あの世に徳を積むんよ」と答えるのもすごく良かった。

これは実は聖書にある表現なんですけど、

それをこのダイナーのオヤジが言うのがいいな!

\(^o^)/

 

 

名作はマジで名作でした、

へっぽこハンターコトワでした!

(^o^ゞ

『アンネ・フランクと旅する日記』観ました。

旧作につき、ネタバレあります。

 

 

現代のアムステルダム。

嵐の夜、博物館に保管されているオリジナルのアンネの日記の文字から、

キティという少女が姿を現します。

 

第2次世界大戦下、ユダヤ人の少女・アンネによって、

架空の友達・キティに宛てる形で書かれた日記は、

世界的なベストセラーとなりましたが、

そのキティが人間の姿になって、

アンネとの思い出を振り返ります。

 

キティは現代のアムステルダムにアンネがいないことに戸惑い、

アンネを探しはじめます……

 

 

 

アンネの日記のキティが擬人化するという不思議なアニメ映画です。

 

小学生のときにはじめてアンネの話を聞いて、

ユダヤ人迫害という世界が犯した大規模な戦争犯罪を知って、

あまりのことに信じられなくて、めちゃくちゃショックを受けて、

どうすればアンネを収容所から助けだせるのかばかり考えていた、

へっぽこハンターコトワ。

 

そんな子ども時代だったため、

キティが擬人化するアニメと聞いて、

それはぜひ観なくてはと思いましたが、

やっぱりしんどい話なのだろうと思うとなかなか映画館に観に行けなくて……

結局家でアマプラ鑑賞しました。

 

 

とても変わった話でしたね……

 

 

特にキティが現代のアムステルダムの若者ペーターと恋をするシーンは、

なにを見てるんだっけ……と思ったりした。

(^_^;)

 

でもこのペーターがスリで得たお金で、

難民のみなさんの暮らしを手助けしているというエピソードが重要で。

 

あの戦争から80年近く経っているのに、

戦争や紛争、差別のために人権を蹂躙されている人たちが、

まだたくさんいるという事実。

 

アンネの創造物なので、

あまり現実的でなく、おしゃれで気が強くて気まぐれなキティが、

難民のみなさんの生活に触れて成長(?)して、

クライマックスの行動に出るところが良かったです。

 

 

アンネの日記の再現シーンで、

あまりお母さんとは仲良くなかった描写や、

同室になってしまう歯科医の人が怖い話をするので怒るエピソードなど、

ああ、そうだったなーと思い出したりしました。

 

改めて映像で見ると、

あんな小さなスペースに三世帯が隠れて暮らすの、

どんなに息が詰まっただろう……

 

 

昔から許されない国家犯罪に世界中が巻き込まれたとして、

ナチスの時代を描いた映画や文学作品は多い。

 

今、あえてあの時代を描くことは、

あれが単なる遠い昔なのではなく、

今世界がとてもあの時代に近づいて危険な状況にあることが、

関係あるのではと思います。

 

自分たちさえよければいいという極右政権がたくさんの国に生まれ、

他国に武力で侵攻する野蛮な国を国連は止められず、

たくさんの人たちが難民として逃げるしかなくなる……

 

今、立ち止まって、

あの時代の過ちをちゃんと振り返って、

今に活かさないといけないってことじゃないかなと思いました。

へっぽこハンターコトワでした!

(*`・ω・)ゞ