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2015年07月06日

対策

テーマ:健康
水曜の夕方、夕飯の用意をしていたら指先とつま先がシビレているのに気が付いた。
アレ?何でシビレてんのやろか・・
そう思いながらも料理を続けて数分。
足首→膝→大腿の付け根と順に折りたたまれるように床に落ちてしまった私。

ヨロめいたわけでもなく、貧血でもないが、立っている感覚が薄いのは分かった。
アカン!!何か飲まな!!と思い、痛み止めを飲んだ。

子供2人も微熱が残り、結局は夕飯を食べずに風呂を済ませて就寝。
私も夜7時半にはベッドに入った。
天井がグルグル回る。
とにかく寒い。
電気毛布を最強にし、着こむだけ着こんで就寝するも、全身が痛くて眠れない。
旦那は修学旅行で不在。
母ちゃん、しっかりせな!!

そこから熱はずーっと続き、誕生日の日曜も起きたのは午後2時半。
水曜から食べていないのに薬だけ飲むから、胃がいよいよ胃が痛む。
顔も土色になっていた。

熱が出ると、とにかく水分補給を忘れず、しっかりと着こんで寝る事。
これが熱の基本的な対処法だと思っていたが、こんなに熱が続いたのは初めてである。

イギリスに来て間もないころ、私は保育園で1年ほど働いていた。
働いていたのは、生後12か月から16か月の子供のクラスであったが、熱が出ると冬でも服を全て脱がせ、オムツ1枚で過ごさせる事であった。
「放熱が基本」である事に驚いた覚えがある。

義母が肺炎で入院し、高熱だった時も、看護師がかけ布団もブランケットも剥ぎ取り、義母が「寒いからやめて」と言うのを無視し「放熱せなアカンねん」と、タンクトップとパンツ1枚にさせていたのを思い出す。

こんな話を、むかし韓国はソウルに駐在していた事のある叔母に話したら、「韓国もそうやったで。病院でオムツ1枚にした子供をクーラーの風に当てて、放熱してた」と聞き、国によって熱が出たときの対応が違うのだなーと考えたものだった。

結局、何が正解など無いのかも知れない。
そのうち熱は下がるのであり、結果あれが正解かとやってみるだけの事なのかも知れない。

熱ごときでホームドクターに電話したとて、「ならば市販の痛み止め」と言われ、痛み止めは万能薬みたいな考え方がちょっと怖い感もある。

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2015年07月04日

結論はあるのか

テーマ:異文化
旦那の真ん中の兄嫁(豪州人で豪州在住)が自身のフェイスブックに「日本人の野蛮行為」として、イルカ捕獲映像を添付した。
豪州を中心とする嫁の友人達は「これを世界にもっと流し、謝罪させるべき。断固辞めさせるべき」などとコメントし、盛り上がりを見せている。

イルカを食する事に反対であるうちの夫が「ならば英国伝統と言われるキツネ猟は残酷ではないのか?日本だけが残酷なのか?」と書き込んだ。
キツネ猟の映像を見たことがある人も多いかも知れない。
何匹もの犬が1匹のキツネを追いかけ、キツネを噛み殺すのを人間が馬に乗って追いかけるという、何がオモロイのか理解できない伝統文化がある。

アザラシを食べる文化の国民もいて、ウサギや鹿を食する英国人含む欧米人(鹿は日本人も食べている方も多いかも知れない。私も日本にいた頃、フランス料理店で何度も食べていた)もいて、残酷ではない殺生など皆無ではないか?
ましてやキツネ猟に関して言えば、それを食べるためや捕獲目的ではなく、ただ「狩る」ためだけに噛み殺させるのである。

生後間もない羊の赤ちゃんは「ラム肉」として調理され、今や世界中の人がそれにかぶりついているではないか。
嫁もその1人であり、それを言い出したらもう、世の中は殺生を禁じてベジタリアンにならねばならない。

勿論、私もイルカを食べる事もないければ、捕獲する必要もないと思っている。
イルカを見るために水族館には行かないから、別に水族館からイルカが消えても残念に思う事はない。

ただ日本だけが残酷扱いされ、他の国の猟は伝統文化で理解されているのは納得行かない。
互いの国の伝統文化や異文化など、そこに長年住んで初めて理解できる事もあるわけで、私など英国の伝統文化など10年住んでも理解できない。

それをロクに知りもしない女が、ガタガタ言うなと思うのである。
週に7日嫁が喰っているハンバーガーとケンタッキーフライドチキンも、工程は残酷物語であり、ケンタッキーなど数年前には鶏の扱い方が問題視されていたではないか。
それでも世の人は食すのである。

うちの国の伝統文化は許すねん。アンタとこの伝統文化はアカンねんと、論議してもこの話に結論は無いと思う。
互いに全てを分かり合える国など無いのである。

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2015年07月03日

耳の衝撃

テーマ:病院ばなし
日曜の午後から息子の様子がどうもおかしいなと思い、熱さましを飲ませたら、夜になって案の定、熱が出た。
翌朝は目が開かないほどに目が腫れあがり、目ヤニも大量に。
私も月、火曜と仕事が休めず、2日間は日本人の友人に子供を見てもらって乗り切った。
水曜の朝8時過ぎ、医師の診察を受け、息子には目薬が処方された。

さて、その夜。
娘もグッタリしていたので、とりあえず熱さましを飲ませた。
しかし、20分ほどして火が付いたように泣き始め、「耳が痛い」と言い出した。
中耳炎やろか・・

旦那が帰宅する夜10時まで耳周辺を冷やして乗り切り、そこから救急で病院へ連れて行った。
娘の耳を診察した医師から「耳の中が綺麗過ぎますね。掃除してるんですか?」と聞かれた。
「週1でプールに行っているので、その日は必ず水気を拭き取るために綿棒で掃除しています」と答えた。

医師から「ダメダメ。そんな事してるから感染症起こすのよ。もう掃除しないで」と怒られた。
初耳・・叫び

医師は「生まれて12,3年は耳の中なんて掃除しちゃ駄目。危な過ぎるわ」と言われた。
思わず「何もしなくて良いんですか?」と聞いてしまった。
医師は「そう。放置で良いの」ときっぱり。

謎が解けた。
私はイギリスに来た時、ある疑問を抱いた事があった。
それはイギリスに来てすぐ、保育園に1年ほど勤めていた時のこと。
園児たちの耳からオレンジ色のネタネタとした液状のものが耳の中からベットリ流れて出てきており、それが固まったままの子供が結構多かった。

それを見るたび「ゲロ・・キモイ・・」と思っていたし、何で掃除せーへんのやろ、親は・・と思っていた。
友人の子供もやはり、耳からいつもオレンジ色の粘り気のある液状の物が出ている。
娘の幼稚園の子供達も、やはりそういう子供が数人いる。

思わず医師に「欧米のルールですか?」と聞いてしまった。
医師は「世界の常識です」と言った。

綿棒で耳を掃除して良いのは大人だけで、子供は中学生になるまで掃除は禁止なのだそう。
しかし、ここで出産した時、保健師からも助産師からも何も言われなかった。
それは世界の常識であるから、わざわざ言う事ではないと言う事だったのだろうか・・

翌朝、娘が元気なので幼稚園に連れて行った。
幼稚園の前でよく話すお母さんと会ったので、この話をしてみた。
中学生の子供を筆頭に3人の息子を持つお母さんは「あー、アカンって言うな。せやけど、私やるで。だって耳の中からあんな気持ち悪いのが出たままって、私耐えられへんもん。綿棒で掃除するで。綿棒で掃除したから感染症になるのとは、また別問題やと思うけど」と言った。

日本人は欧米人に比べて耳垢が乾燥している傾向にあるから、もしかしたら考え方が違うのかも知れない。
がしかし、あの欧米人のオレンジ色のネトネトした耳垢こそ、綺麗に拭いた方が良いような気がするが、世界の常識ならば私の考えは間違っているのであろう。

3日後に40歳になる私には、ちょっと衝撃だった耳のお話。

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2015年06月30日

4回目

テーマ:病院ばなし
さて1週間前に行った結婚式の夜に、義母が酔った女からピンヒールで足の甲を踏まれた事件があった。義母も酔っていたし、翌朝まで腫れと痛みに気が付かなかったほどであるが、うちの旦那が朝、ホテルのロビーで義母の足が尋常ではない状態になっているのに気が付き、そのまますぐに病院に連れて行った。

レントゲンの結果、折れてはいないし骨に異常は無いとの事で、そのまま帰宅。
痛み止めは自宅にあるとの飲んでてくれとの指示であった。
その後、5日経過して足は3倍の大きさ膨れ上がった。

再び救急で診てもらうも、やはり「異常なし」との事。
翌日、義母はいよいよ歩けなくなり、痛みがひどくて感覚が無いと言い出した。
再び救急で診てもらう事に。

しかし、やはり「日中、足を上にあげといたら大丈夫」との事だった。
がしかし、どう見ても感染症を起こしていると分かる。
義母も白血病歴が長いから、前にもこんな感じになり、感染症を起こした事がある。
義母は医師に「先生、どう見ても感染症を起こしているように思いますが」と言うも、医師は「起こしてへん」と断言。

24時間経過し、夜も眠れない痛みに耐えかねた義母は、再び救急に行くと言い出した。うちの旦那が休みであったため、一緒に行く事に。
医師は「もう会う必要は無い」と拒否。
医師に代わってある程度の診察、処置をしてくれるハイレベルな看護師に診てもらえることになった。

一言目で「感染症起こしてるやんか!!」との事だった。
速攻で痛み止めと抗生剤を打ってくれ、義母の病状に合った抗生剤を1週間分出してくれた。
7日で痛みと腫れが引かないようなら、再び直通番号に電話してくるようにとの指示もくれた。
あの医師3人の診断は何だったのだろうか・・・

4人目にして救われた義母。

元マンチェスター国立大学病院の総婦長をしていた人が、義母の友人にいる。
その人がいつも言うのであるが、「納得いくまで、5人でも6人でも医者を変えて会いに行け。面倒でも行け。医師の診察6人目で癌と分かったケースが、この国には腐るほどある」と言う。

であるから、私の5年近い不正出血に関しても、「とにかく医師を変えて行け。そのうち見つかる」と言う。
何なん・・そのシステム・・・

何故こんな事になるのだろうか・・日本との医療システムの違いだけなのだろうか・・
恐ろしすぎて怪我も出来ないと思って10年住んでいたら、本当に怪我も病気もしない健康な40歳になれたような気がする。

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2015年06月29日

優しき先生

テーマ:学校ばなし
娘の学校説明会での事。
結構なお歳の女教師が前に立った。
「私の名前は○○です。この学校の特別学級を担当しています」と自己紹介された。

「週に2会、各教室を見て行き、子供達の目線や癖も見逃さないように心掛けています。もしも、そこで特別な医師や心理学の専門家の診断が必要と思った場合は、速やかに連絡させて頂きます。どうか動揺したり、間違っても嘆き悲しむなどしないで欲しいのです。どの子にも特別な才能があって、それを今後どう良い方向に伸ばしてあげられるのか、どうするのが良いのかを一緒に考えて行きましょう。それが私の仕事です。どんな小さな事も馬鹿げていると思わず、相談して下されば嬉しいです」と言って退散された。

それを聞きながら、我が夫もこの人と同じ仕事をしているのかと、今更ながら考える。

その存在を知らなければ、普通の上品な老婆であるが、この人になら些細な悩みも相談出来るなと思えた。
なぜそう思ったか分からないが、妙な安心感を覚えた。

帰り際、この女教師が旦那に声をかけた。
「あなた、教師?」と言ったのである。
旦那は「ビンゴです。どこかでお会いしましたか?」と聞いた。
女教師は「何かそんな感じがしたから」と、何故か旦那にコーヒーを入れてくれた。

そこから、実は旦那が同じく特別学級の教員であること、教頭でもあることで話に花が咲き、まあまあ長い間2人で話し込んでいた。

そこに!!
あの「あのね女」(通称、アタシ女)が来たのである。

先ほどと同じ話をし始めたが、女教師は実に上手く切り上げた。
母親もアッサリと引き下がる。
おっと!!何ワザ!!

女教師は「私はね、迷い悩んでいる保護者と子供達の話を聞き、どうすべきか考え、共に寄り添うのが仕事なの。母親の理想を聞く仕事じゃないからね」と言った。
引退4年前の凄味である。

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2015年06月28日

あのね女

テーマ:学校ばなし
うちの娘はもう1年半ほど今の幼稚園に通っているのであるが、去年の秋ごろに入って来た、とある男の子がいる。
この子のお母さんは、朝子供を送って来ると30分は帰らない。
どの先生でも良いので捕まえ、とにかく自分の話を聞いて欲しい女なのである。

先生達の忙しさが見えへんのか・・と空気をまさに読めない女で、旦那に話を聞いてもらえないのだろうか、女友達がいないのだろうか・・と、ちょっと憐れむほどのすがり用に、毎回引いてしまう。
子供のお迎えの時間もまた同じ。
30-40分帰らない(事務の人が困っていた)ため、捕まった先生は子供の昼ごはんに立ち会えなかったり、自分の昼ごはんが無くなってしまう。

ならば「じゃ、今から私休憩ですから」と言っても、その休憩室のドアを開けてまで話込んでくるらしい。
いよいよ、休憩室なのに内鍵を付けるべきか・・と話し合ったが、そんな事をしても、トントン「ア・タ・シ」と重い女のように来るに決まっている。
ドアノブを開けようとし、「開けてー!!」と叫ぶだろうか。
「来たー!!あいつが来たー!!」もうオカルトである。
ならばドアを開け、昼ごはんを潰す方がマシであろう。

さて、先日の娘の入学説明会の時も、この「アタシ」女は担任となる女教師にベッタリ張り付いた。
この女教師が教頭でもあり、うちの旦那と面識があるので雑談していたら、「アタシ」女が「あのね、先生。ちょっといいかしら?私はね、我が子を他の子と比較してはいないの。ただ、うちの子は誤解されやすくて、だからあなた方教師から他の子と比較されたくはないわけです。それだけは絶対に嫌なんです」と切り出した。

既に重い・・
今日はただの説明会である。
後日に行われる家庭訪問で言うたらエエがな、そんな内容・・

教師は「勿論、比較はしませんよ。ただ子供には得意と不得意があるから、得意分野に合わせてグループ分けをしたり、内容を変える事はありますが、それは比較ではありませんから」と言った。

母親は「あのね先生・・」とまた来た。
「誤解を受けやすい子供には、特にどういう対策を取られていますか?」と聞いた。
先生は「誤解とは、どういう誤解でしょうか?それは分かりませんが、私が私の目で判断して考え、対応するまでです。子供は少なくとも家と学校での態度が違う場合も多く、その誤解の意味が分かりませんが・・」と言った。

母親は「うーん。。だから誤解なんです。うちの子は扱いにくいとか、攻撃的とか、話を聞かないとか、そういう判断が誤解なんです」と言った。
先生は「もし、そのような判断が幼稚園でなされているとしても、それは幼稚園での先生のミカタであって、私が同じ判断を下すかもしれない、そうでないかもしれない。それは学校が始まってみないと分かりません。他者の判断を私は取り入れません」と言った。

母親は「うちの子は本当はとても扱いやすい子なんです。だからこそ、特に時間をかけて接して欲しい」と言った。
先生はサラっと交わして去った。

あのお母さん、既に「ヤバい親」リストに載ってしまうであろうか・・。

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2015年06月27日

制服

テーマ:学校ばなし
9月から娘が小学校に行くため、昨日の夕方、その保護者説明会が行われた。
私1人では理解力に欠けるため、旦那にこの日だけは早く帰ってもらい、一緒に行った。

ザーと「うちの学校はこんなんやりまっせ」と説明され、その後は制服を注文する時間となった。
今回の入学者は20名のみ。
学校指定のシャツ、カーディガン、トレーナー、フリース、ジャージ、体操服上下、本を入れるカバンなどなど、机の上にザーっと並べられ、好きな物を好きな枚数注文するのであった。

知り合いのお母さんが私に声をかけて来た。
「どれ買う?全部買う?」と聞いたので、うちの旦那が「いや、そんな要らんのちゃう?冬も室内は汗かくほど暖房が利いてるし、フリースも着る事ないかも。外ではダウンのジャンパー着るわけやし、そないに勢ぞろいせんでもエエんちゃいます?」と言った。

そんなこんなで、小学校の現場で働いている旦那に枚数と必要品を任せる事にし、支払も済ませた。
さっきのお母さんは、何と全部を7枚ずつ購入し、凄い金額を支払っていて爆笑してしまった。
「フリース7枚買って、カーディガン7枚、トレーナーも7枚を、いつ着まわすつもりなんですか?同時に3枚重ね着するんじゃあるまいし、そんなに要らないのでは?・・」と先生に言われていたが、「いえ、うちはこれで・・」と買っていた。
まあ、色んな親がいるもんである。

さて、この制服を注文する時の事。
何人かの保護者から「絶対購入しないと駄目ですか?」とか「体操服は指定ですか?その辺で売っている短パンとティシャツじゃ駄目ですか?」「この本を入れるバッグは指定でないと駄目ですか?」などと質問が結構飛んでいた。

教員から「制服ですから、指定のものを着用して頂くことになります。金銭的に問題がある場合は、市に連絡して下さい。一定の審査を受け、金銭的に問題があると見なされた場合のみ市から援助が出ます」と答えが返って来た。

「いえ、そういうわけじゃ・・」と言った親を見ると、いつもBMWBMW
思わず、さっきの全部購入したお母さんと見つめ合ってしまった。
「お金あんのちゃうの?」と互いに思ったはずである。

結局、20人中のうちで指定の体操服やシャツを購入したのは半数だったらしい。
後はどうするのだろうか・・。

私のように日本で育ったものなどは、特に驚く。
制服無しで登校する生徒を見たことがなかったから、親が制服そのものを買わないというのが不思議というのか、どうするつもりなんだろうか・・?と思ってしまった。

更に驚いたのが、教頭先生から「注意点とお願い」という箇所での事。
「保護者の方々は、お子さんがいて忙しいのは十分理解できます。忙しいし大変なのも十分承知です。が、お願いですから8日以上、同じ服を着せて来ないで下さい。先週から着たままのシャツやズボン、靴下などは、翌週にも着せて来ないようにお願いします。どうか週に1度、洗濯して頂けませんか?」と注意点が読み上げられた。

驚愕である。
靴下を8日連続て・・・
同じシャツを8日連続て・・・
あんなもん、ましてや子供が着ているものなど、毎日交換が当たり前であろう。
それが・・それが・・!!

旦那は「おんねん、毎年そういう親が・・」と笑っていた。
「BMWに乗ってようが、ベンツに乗ってようが、靴下8日以上、注意せーへんかったらそれ以上の親もおんねんから。せやから、こういうアホみたいな注意点を言わなアカンねん。学校関係者は」と言った。

最後に教頭は「体操服ですが、どうか1年間一度も家に持って帰って洗濯しないという事の無いようにお願いします」と言って終わった。
椅子から落ちそうであった。
こんなレベルの保護者説明会があるのだろうかと。

これはイギリス女性がお母さんいなるから、こんな事態が起こるのだろうか・・
と思っていたが、よくよく考えてみると日本で保育園に勤めていた友人が「おんねん、風呂にも入って来ない、制服もドロドロで洗って来ない子が・・」と言っていたから、やはりどこにでも生息するらしい。

娘のクラスメイトより、その親の分別と良識度合が非常に気になる私である。

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2015年06月26日

奇跡の出会い

テーマ:オーストラリア時代
一昨日の事。
職場のレジに立っていると、50代後半か60代の夫婦が来た。
買ったばかりと思われるスーツケースを持っており、それが良い感じだったので「素敵なスーツケースですね。どこで購入されたんですか?私も新しいのを買い替えようと思ってて・・」と声をかけた。
夫婦は「あーそこの・・・何だっけ?」などと言いながらお店を教えてくれた。

夫婦は「私達は2年に1度、オーストラリアのアデレードに孫に会いに行くから、頑丈かつ軽いのが欲しいと思ってて、丁度良いのがあったから・・」と言った。
おっと!!アデレード!!

私は思わず「私もアデレードに住んでいました」と答えた。
夫婦は「どこに住んでいたの?」と聞いた。
私は「ヘンリービーチとプロスペクトと・・」と住んでいた場所を答えた。

すると夫婦が「冗談でしょ!うちの娘夫婦と孫達はヘンリービーチに住んでるのよ!」と言う。
おお!!何という偶然だろうか!!

するとご主人が私に「あなたは何処の国の方?」と聞いた。
私は「日本です」と答える。
ついでに「その近くのグランジ小学校で日本語クラスの補助をしていたんです」とも言ってみた。

すると奥様が「ええ!!ちょっと待って!あなたが住んでいたのは、今から14、15年前じゃない?」と言った。
私「ええ、そうです」
奥さん「ああ!!あなた、私の孫2人の先生だと思うわ!」と言った。
ご主人が「あなた、OSAKAの出身ではないですか?」と言った。

まさしくビンゴである。

この方々の話から、お孫さん2人が通っていたグランジ小学校に私が1年ほどいて、調理実習(と言う名の、焼きそばとお好み焼きを焼いた事があった)をしたこと、一緒に遠足や合唱コンクールに行ったことなどなどを覚えておられた。

私は夫婦のお孫さん2人を教えていたらしい。
上の男の子は当時、(日本で言うところの生徒会長)をやっていた小6で、下の女の子は4年生だったらしい。

私は覚えていた。
生徒会長の男の子の家庭環境があまりにも複雑であったことと、しかし責任感が強くて頼もしく、皆から信頼されていた体格の立派な男の子であったからである。
名前は忘れたが、そんな内容を夫婦に話すと、「そう!!それそれ!!」と言った。
今もアデレードに暮らしていると言う。

感動したのは、下の女の子が私の日本語クラスの楽しさを忘れられず、大学で日本語を専攻した後、日本に行った事である。
現在、何との日本人男性と共に、六本木ヒルズに住んでいるとの事だった。
環境に関する仕事に就いているとの事である。
こんな偶然の出会いがあるのだろうか・・ましてや、こんなカーライルで・・と嬉しくなった。

彼女は私が日本に帰る前、学校で開いてくれたお別れ会の時に2ショットで撮った写真を、今も部屋に飾ってくれているとの事だった。

いやー無駄な経験とは無いもんですな。
過去が今に繋がっていると、改めて実感するのであった。

奥さんが私と握手し、「孫娘に早速メールしてみます。あなたと出会い、握手をしたと伝えます」と言ってお店を出られた。
あの頃が、ちょっと懐かしくなる出会いとなった。

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2015年06月24日

1980年代から

テーマ:暮らしハプニング
義母が財布を無くした・・というか落としたと言うのか・・。
その日、義母はうちの娘を連れ、牛乳とパンを村の万事屋に買いに行った。
牛乳とパンの入った袋は車の中に放り込み、義母は娘のシートベルトを締め、自分も運転席に座り、そのまま走行。

自宅に戻り、財布が無い事に気が付いた。
そのまま店まで引き返したが、財布は見つかっていない。

義母は駐車場で自分の手から落ちたと思い込んでいるから、自分が車を止めていた駐車場とお店しか探していない。
お店の方も協力してくれたが、その周辺にも落ちてはいなかった。

私が夕方、再び子供を連れてお店周辺から捜索開始。
その時、娘が言った。
「今日、お婆ちゃんは私を車に乗せる前、財布を車の屋根に置いてん。そして、そのまま走ったから、風が財布を持って行ってしまったんやね」と言った。
え??屋根??

娘に「お婆ちゃん、財布を屋根に置いたん?」と聞き返した。
娘「そうや。ここに置いておこう・・って言いながら車の屋根に置いてん」と言う。

そこから、何度聞いても同じ話をする。
私は「お婆ちゃん、ここからどっちの方向に向かって、お家に帰った?」と聞いてみた。
娘は「あっち」と答える。

車に子供を乗せ、義母が使ったであろう道をゆっくり走行しながら義母宅まで走った。
義母に挨拶はせず、再びUターンしてお店までの道のりを車で走った。
やはり無い。

草むらに落ちてはいないだろうか・・・
今度はバギーに子供を乗せて歩いてみた。
がしかし、義母宅まで歩くと、片道軽く2時間半はかかるから、出来る範囲内で歩いてみるも、やはり無い。

ビックリしたのは、義母がすぐに警察に電話をしたときの事。
電話対応した警官が「1980年代から、カーライルの警察は紛失物に関与しない方針になっています。落とすも拾うも個人の責任。こちらは対応できません。落としたのは自分の責任ですし、紛失も自分の責任。もし他人の物を拾った場合も、自分で相手に連絡して下さい」と言われた。

そういう方針て・・・そんな町に住んでるんやな、私・・と、ちょっと耳鳴りがした。

財布の中には現金5万ほどが入っており、免許証もあった。
24時間以上経過しているが、まだ見つかっていない。

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2015年06月23日

結婚式の後日談

テーマ:結婚
さて披露宴は午前3時まで行われたが、翌日の午後2時から二次会のBBQであった。
家には巨大なジャグジーと室内プール、サウナと室内BBQスペースがあり、これを自由に使って楽しむというものであった。
室内BBQとはどんな感じなんだろうか・・と思っていたが、巨大な燻製室みたいであった。

勿論、朝ごはんの後は再びアルコールを身体に加えての始まりとなる。
欧米人は日本人に比べ、遥かに高いアルコール免疫力を持っていると医師から聞いたことがあるが、まさしく本当だと感心する。

さて話は昨夜の話になった。
朝から酒も入れば、楽しいばかりではない。
本音が出るのも仕方なし。

夜中12時を過ぎた頃だろうか・・新婦の父親が真っ暗な庭の奥に向かって歩き始めたのを誰かが目撃。
こんな時間に、あんな真っ暗な場所に何しに行くのだろうか・・と思ったが、それを目撃した人もヘベレケであるから、「まあ、エエか」とそのままにした。
しばらくしてうめき声を別の誰かが聞き、見えない闇から嗚咽が聞こえるとあって、ちょっと怖い雰囲気となった。

トンネルで作業をする人のような、頭に巻くタイプの懐中電灯を付けた酔っ払い男3人が捜索に向かった。
途中、捜索3人の前を野生のシカが横を通り過ぎたらしく、悲鳴があがり、待っている客たちは更に何が起こっているのか全く分からず、「何やーこの家ー!何かおるんちゃうんかー!」とオカルト騒動になった。

結局、後で分かったのは、娘の前で泣けない父親が、暗闇の森でオイオイ泣いていたという事であった。
お父さん、寂しいんかな。

この後、新郎の母親とうちの義母VSアル中アバズレ女(この3人は昔からの知り合いであるが、昔に色々あったらしい)が言い合いになったらしいが、私はその場にいなかったので知らん。
うちの義母も午前11時半からウォッカをガンガン飲んでいたので、恐らくこの時間には相当な酔い状態であったと推測される。

まあしかし、個々に楽しめていたという事であろうか。
これもよし。

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