これぞ作曲者の頭の中で鳴っていた音!?◇ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」,ロト | youtubeで楽しむクラシックと吹奏楽

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ストラヴィンスキー:バレエ音楽「春の祭典」
フランソワ=クサヴィエ・ロト指揮、ル・シエクル(古楽器使用)

古楽器オーケストラ「アニマ・エテルナ」を率いるインマゼールは、かつて「春の祭典」を古楽器でやるのが目標と語っていた。また、ガーディナーやヘレヴェッヘといった古楽器系の指揮者も、手兵のピリオド楽器オーケストラを用い、古典派をとっかかりに慎重にトンネルを掘り進めるかのようにレパートリーを拡大させ、ついにブラームスやブルックナーまで進んできた。しかし、トンネル工事は入口だけから掘り進んでいくよりも、出口からもやった方が早いというもの。近年それをあっさりとやってのけた人物がいる。一人はテオドール・クルレンツィス、そしてもう一人は今回の動画の指揮者フランソワ=クザヴィエ・ロトである。

鮮烈な演奏だ。そして滅茶苦茶上手い。恐らくは初演が行われたのと同時代の楽器やそのレプリカを使用していると思われる
が、当時は技術的にこんなに上手く弾けなかったはずだ。それをある程度裏付けると思われるのが「19世紀末の古楽器オーケストラ」と呼ぶ人もいるVPO(ウィーンフィル)をマゼールが指揮した1974年の録音。まるで老いぼれた象が巨体を懸命に揺さぶって俊敏にダンスをしようとするが、足がもつれたり転んだりと無様な姿をさらけ出すばかりといった感じの不格好かつ不器用な演奏で、「これがあのウィーンフィル?」と頭の中に疑問符が浮かぶものだった。それに対し、このロトの演奏を聴くと目が覚めるようだ。初演当時に実際に劇場で鳴った音が(演奏水準も含めて)先述のVPOの演奏に近いとすれば、この動画の演奏はストラヴィンスキーが作曲当時に頭の中でイメージしていたものと言っても過言ではないように思う。

次に、楽器に注目すると、この映像で使われているものとVPOのそれとは共通点が多いことに気付かされる。言うまでもなく冒頭のファゴットはフランス式のバソンだ。そして
ホルンはヴィジュアル的にはウィンナ・ホルンに似ているが、もっと鋭い音のするウィンナ・ホルンに比べ、こちらは鼻にかかったような柔らかい音だ。ティンパニはVPOと同じ革張りの楽器を用いているようで、曲中でティンパニの一撃で音楽の流れがガラッと変わる場面などは、一瞬VPOを聴いているかのような錯覚に陥るくらいだ。その革張りの楽器は現代のペダル式の楽器よりも音色に打楽器的要素が強く、この曲の野趣をより高めることに一役買っている。

ロトの解釈は特段奇を衒ったところはないが、新機軸と思われる箇所もいくつかある。まず、「春のきざし」でファゴットのソロの後に合いの手のように入る弦(4:25)は、通常ならここぞとばかりに盛大に弾かれるが、ここではほんの少しアクセントが付けられ、すぐにディミヌエンドする。また8:29ではノン・ヴィブラートの弦合奏が独特の効果を上げ、古楽器オーケストラの真骨頂と言える。しかし、かつてのこの分野の先達のようにノン・ヴィブラートに固執することなく、楽想に応じて柔軟に対応していることはこの世代の古楽演奏の特徴といえるだろう。第2部の弦楽器の各パートがソロで絡み合う部分などは、適度にヴィブラートをかけ、多彩な音色のパレットを使い分けている。そして最後の「いけにえの踊り」が久々の快演だ。ここはリズムがとても複雑なためか百戦錬磨のプロオケでも弾き「こなす」となると難しいようで、実演ではそれまでどんなに盛り上がって景気よくオケが鳴っていても、ここに差し掛かった途端に響きがやせ細って迫力がなくなってしまうことが少なくない。しかしこの動画では決してそうはならない。これまでのテンションを維持したまま進んでいく様子はただただ見事というよりほかない。

最後にもう一つ特筆すべきは、BBCのカメラマン達によるカメラワークだ。イギリスの評論家グレイアム・ケイ氏はBPOのディジタル・コンサートホール(DCH)の映像について、カメラを遠隔で自動操作することでカメラワークがギクシャクした機械的なものになっているという指摘をしていたが、それとの対比でBBCプロムスのカメラマン達の職人芸とも言える素晴らしいカメラワークについて言及していた。DCHについては視聴したことがないので何とも言えないが、少なくともこの動画のカメラワークが音楽と演奏の魅力を余すところなく伝えていることは間違いない。