姪っ子チアリーディングの大会キラキラ

そして回游魚並にじっとしていられない甥っ子(笑)
そんな賑やか過ぎな甥っ子を会場に連れて行けない為、子守り要員として名古屋に来てます

white0107-0821さんのブログ-131110_1246~01.jpg


自分の子供が王子のように静かに育ったので、このヤンチャさには…

体力根こそぎ持っていかれるに違いないダウン

子育てしてるママ達…本当に大変だねガーン
いつもお疲れさまですブーケ1

私の愛息子、まるお(あだ名です)の生まれてからの様子を少しずつニコニコ
本名は…ちょっと伏せておきますあせる

1998年12月11日にまるお出生。
性別は伝えてなかったのに、生まれる前から「男の子」と信じて疑わなかった旦那さん。

まるおの名前を生まれる前から決めていて出産をとっても楽しみにしてました
予定日を過ぎても母のお腹の中がよほど心地よかったのかなかなか誕生してくれず「今日出産にならなかったら明日帝王切開手術ね」とDr.
昔から空気の読める息子はその日慌ててこの世に生まれようと頑張ってくれました。

母の陣痛も楽で出産も安産だろうな…
何て思っていたら沢山のトラブルが待っていましたショック!

母はすぐにでも出産出来る準備が出来ていたのに肝心の息子は思うように出て来れず…

彼の心臓の音も徐々に小さくなり心拍数も落ちて「小児科医呼んで」「オペ室手配」「救急カート持って来て」慌ただしい空気になっていました。
そんな中でも彼は自分の持っている力を振り絞って自然分娩という形でこの世に生まれて来てくれたのですキラキラ

しかし泣き声が全く聞こえない…嫌な予感。
そんな中でも助産師さんは「おめでとうございます。男の子ですよ」と。冷静を装い母と父に不安を与えないように笑顔で伝えてくれました。
しかし、初めて対面した我が子は、人間とは言えない全身真っ暗な状態。呼吸もしてない。
旦那さんはその光景を目の当たりにし、腰が砕け泣き崩れていたのを今でも鮮明に覚えていますガーン

母は強し!と言うけれど…私は彼の蘇生を信じて分娩室隣の処置室から聞こえる声を冷静に聞いていました。

私が出産した病院は当時常勤小児科医居なくて、息子の出産1ヶ月前に県立こども病院から赴任してきたばかりだったそうです。
そして息子のような出産がなかった為、実は新生児用の気管挿管の器具、アンビュ-バッグ等用意されてなかったのです。

ですがそこはさすがです!こども病院から赴任して来た小児科医。小児用の医療器具を使い、息子の命を守ろうと必死の処置をしてくれました。

陣痛から出産までは僅か四時間だったのに、こんなに大変な出産になるとは…

彼は新生児仮死、胎便吸引症候群、気胸でした。数時間後こども病院からドクターカーで息子を迎えに来てくれ「お預かりしていきますね」と大切に大切に息子を抱えて搬送してくれました。

今日はこの辺で…続きはまたキラキラ