朝井リョウ「何者」 | Rotten Apple

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-あらすじ-
「あんた、本当は私のこと笑ってるんでしょ」
就活の情報交換をきっかけに集まった、拓人、光太郎、瑞月、理香、隆良。学生団体のリーダー、海外ボランティア、手作りの名刺……自分を生き抜くために必要なことは、何なのか。この世界を組み変える力は、どこから生まれ来るのか。
影を宿しながら光に向いて進む、就活大学生の自意識をリアルにあぶりだす。第148回直木賞受賞作。



インターン、合同説明会、自己分析、履歴書、エントリーシート、グループディスカッション、面接、OB訪問……新卒絶対主義、就活自殺など社会問題にもなっている就活にスポットを当てた小説。その就活真っ只中の大学生5人を軸にドキュメンタリーのようにリアルな現状が描かれます。

学生団体のリーダーや留学経験など聞こえの良い肩書きや経験に依存する。思うように選考が進まない。友人が選考に落ちたことを聞いて安心する。友人が続々と内定を決めていく。友人が内定した企業の悪い評判を検索する。大手には行きたくない。ここでは自分のやりたいことがやれそうにない。他の人に比べたら自分はまだ大丈夫。ここは第一志望じゃない。学生なのに名刺?意識高い(笑)。
全体的に漂う不安や闇。様々なかたちの就活を切り取って、自分の人生を左右する仕事を決めるのにこんな茶番が必要なのかと問いかける。


そしてこの作品が描いているもう一面はSNS社会になったことによって生まれるしがらみ。
刺激的な友人に恵まれた自分、新たな出会いに感謝する自分、成長できる就活が楽しい自分、をSNS上でひけらかす。SNSすら就活のツールとして使用し、サブアカウントでは友人を上から目線でこき下ろす。自分が何者かになったかのように。

就活にしてもSNSにしても本当は何者にもなれない僕たちが何者かになったように精一杯他人に見せたい自分を演じても何も意味がない。それよりもかっこ悪い自分だとしてもそのまま生きていくのが正しいんじゃないか。というよりも誰も彼もが見せたい自分を演じる今の状況を気持ち悪いとは思わないのかと。

"ほんとうにたいせつなことは、ツイッターにもフェイスブックにもメールにも、どこに書かない。ほんとうに訴えたいことは、そんなところで発信して返信をもらって、それで満足するようなことではない。
なんでもないようなことを気軽に発信できるようになったからこそ、ほんとうにたいせつなことは、その中にどんどん埋もれて、隠れていく。"



もう小説というよりは作者が就活またはSNS社会に対して言いたいことを登場人物に言わせたいだけのような気すらするほど、様々な疑問を読者へと投げかけてきます。もちろんストーリーやラストへの展開を含め、テーマだけではなく小説としても素晴らしい作品でした。

TwitterやLINEなんて言葉が飛び交う小説を10年後はどう読まれるんですかね。もし興味を持たれた方がいるならできるだけ早く読んでもらいたいです。今読まないと伝わらなくなるであろうことが多いので。数年後にこの小説を読んだ人が昔はこんなひどい状況だったのかと笑えるような社会になっていれば良いですね。


"あんたは、誰かを観察して分析することで、自分じゃない何者かになったつもりになってるんだよ。そんなの何の意味もないのに。
いい加減気づこうよ。私たちは、何者かになんてなれない。自分は自分にしかなれない。痛くてカッコ悪い今の自分を、理想の自分に近づけることしかできない。みんなそれをわかってるから、痛くてカッコ悪い姿のままあがくんだよ。
カッコ悪い姿のままあがくことのできないあんたの本当の姿は、誰にだって伝わってるよ。そんな人、どの会社だって欲しいと思うわけないじゃん。"