曲技飛行競技とジャッジ | パパ、ちょっと空のお仕事だから

曲技飛行競技とジャッジ

先の全日本曲技飛行協競技会に参加した選手のブログを読みました。
惜しくも負けた将来有望な選手の書いた記事です。

怒りのブログです。

私も競技会で意味不明なゼロを貰ってボロボロだった時に、大会後の宴会で「ジャッジが糞なんじゃ~!」と荒れて、泥酔状態でジャッジの一人とマシンロデオ対決して全身青痣になったのを思い出します。

http://ameblo.jp/louisb/entry-11375712309.html

詳しくは読んでみてください。面倒な方のために要約します。以下は要約なので私の意見ではありません。また文章から私が読み取ったものを要約しているので彼の真意が正確に反映されている訳ではないことも存じ置き下さい。

彼の怒りは「正当かつ公平な評価がなされなかった」ために彼が負けたことから来ています。

日本のジャッジの多くが未熟なのでしばしば「間違った採点」を行います。しかも「間違った採点」が過半数を占めることで、正しい採点をした少数のジャッジの採点が無効になってしまう。

注釈:曲技飛行競技の採点は5~7人(全日本では5人)のジャッジが10点満点で各課目を採点しその平均点を取ります。大きくかけ離れた採点や、ジャッジの過半数に満たないゼロ(課目として成立しないと判断した)は却下されて残りのジャッジの採点の平均点になります。

そして彼のライバルは大きなミスをしたのに、多数の「未熟で一人前でない」ジャッジの採点によって高い得点となったため、彼は試合に負けることになりました。

彼は特に不服だったライバルの失敗が「間違って高く採点された」部分について、2つのプロテストを申し立てました。

1つはライバルのフリー(自由演技)でのスピン。スピンの要件を満たしていないからゼロであるべきだ。

もう1つはアンノウンでのスナップロール。大きなミスをしてエルロンで誤魔化したのが見えた。あれでこの点数はおかしい。

プロテストは却下されました。1つ目のスピンについて却下の理由は、1人のジャッジがゼロを付けたものの他の4人はスピンとみなして採点しているから。2つ目のスナップロールに関しては、全ジャッジが得点を与えておりゼロとは見なし難く、採点はジャッジの判断に委ねられるべきものだから。

経験豊富で彼の意見が正しいと分かっているはずのジュリー(陪審員)はプロテストに従って採点を修正すべきだった。なのに却下した。なぜだ!(怒り)

優秀なジャッジが多数を占めるフランスだったらこんなこと起こらない。日本の未熟なジャッジにこの採点システムは駄目だ。未熟なジャッジの採点は間違いを後で教育し修正できるようにすべきだ。

競技の本場フランスで本格的に競技したことがあるのは日本人では彼だけだから、彼の正しい意見はフランスで競技したことのない他の日本人競技者には分からないのだろう。

以上、要約終わり。若者らしい狭量さと全能感が香りますが、彼の怒りと悔しさが良く分かるブログです。

未熟なジャッジの一人として競技会のジャッジ席に座っていた私には胸に痛い言葉ですなぁ。頑張って見る目を養って行きたいと思います。はい。

ただし、「正当で公平な評価」がされなかったか?という点では、断言出来ます。

公平であることに一点の曇りもない!

残念ながら「正当(精確)」か?と言われると、私も含めジャッジの見る目は国際水準で見ればまだまだ未熟です。一貫して「見えなかったものは減点しない」ので、選手のミスを見逃して減点しないというケースは多々あるだろうと思われます。実際、平均的な得点率を見ればFAIの国際競技会などに比べると総じて高めの点数(減点が少な目)です。これはジャッジが自信を持って減点出来るもの以外は減点していないためです。

しかしこの見逃される程度と確率は全選手に公平であり、誰もがその恩恵(?)に預かる可能性があるものです。つまりジャッジが未熟でも一貫した評価基準で全フライトを採点している限り公平であるということです。

私はあらゆるスポーツ競技において、審判の権威は重要だと思います。特に人間の眼でなければ評価出来ない競技ではそれが顕著です。審判が未熟であっても、その人(人達)を審判として競技する以上、その権威をないがしろにしては競技が成立しません。

「このゼロはジャッジが間違った。修正して得点を付けろ。私は実際に飛ばしていて絶対にゼロじゃない飛行をした!」「この採点はおかしい。俺には見えた。審判の大半が未熟で見えなかっただけだ。点数を変えろ」とか「5人のうちの1人は俺と同じ採点だ。彼だけが正しい採点だ。だから皆の採点を変えさせろ」なんて選手達が言い出した競技会を想像してみてください。ジャイアン祭りです。

ちなみに最初のセリフ、私が競技後に酔ってジャッジに絡んだときのものです。「分かった!もっと飲んでロデオで勝負だ!」と言われ、アルコール漬けボロ雑巾のようになった若気の至りの記憶です。「お前がどう飛んだかじゃない、俺達にどう見えたかが競技なんだ」と言われたのを覚えています。

曲技飛行競技とは「誰よりも精確に美しく飛行した者が勝つ」のではなく、「誰よりもジャッジにミスを見せずに良い印象を与えた飛行をした者が勝つ」という競技です。日本のジャッジに限らず、ジャッジの評価が選手にとって不当に感じることは多々あるものです。

上手く飛んだはずなのにスコアに反映されないことは競技者なら誰もが経験します。逆に大きなミスをしたのにスコアが良いことも経験する機会は多いものです。

今回の競技会ではジャッジの1人として働いた梶君は、ヨーロッパ選手権か何かで、失敗したのに減点されてなかったと「不当に高い得点」に憤慨していました。得したんだからいいじゃんと思うんですが・・・。

私が参加した2010年のAWAC世界選手権では、数名の選手が機内計器では7~800ftであったのに低高度(600ft以下)による減点(痛い)を喰らいました。それを知った選手の多くは大会期間中800ftを下限と考えて演技を行いました。しかし優勝候補の1人だった選手はきっちり600ftまで使って飛んで、低高度の減点も無く(本来なら当然だけど不公平でしょ?)見事な得点を出しました。

最高のジャッジが揃うはずの世界選手権でも、機内から見ればスナップロールであったものをスナップロールと認められずゼロを取って悔しい思いをした選手が何人もいます。逆にスナップロールをせずにエルロンでスナップロールを真似たロールをしてジャッジの眼を騙し得点を得た選手もいます。

そういえば、この怒りのブログの彼自身のアンノウンの演技をインターネット動画で見ると最初の課目だったスナップロールが30度近くオーバーして回っています。http://youtu.be/jhZDTkTar9I (動画開始後19秒~23秒)
30度のオーバーは6点の減点です。さて、彼は4点以下の得点だったでしょうか?いいえ、7.6点を取っています。

なぜか?

BOXの上限に近い高空なので機体をほぼ真下から見上げる形になるため、ジャッジからはバンク角の判断がつき難いのです。動画を見て貰うと分かりますが、30度オーバーしても彼はそのままの姿勢で飛んでいます。こうするとジャッジからは「あれ?傾いて見えるんだけどあれで水平かな?」と疑念が生じ30度のミスとして認識されないのです。これは競技に勝つための重要なテクニックで、彼は上手くジャッジを騙し高得点を得ました。私は見事に騙されて、このスナップロールに「ナイス!」ってコメントして高得点を付けた気がします。もちろんこの動画をもって「不当に高い得点だ」とプロテストしてもこの動画は公式なものではないですし「ジャッジからどう見えるか」に関係ないので却下されます。

本来は4点以下であったはずの彼のスナップロールが7.6点なのですから、彼のライバルのスナップロール(6.3点)を見た彼が「そんな良い点のはずがない」と感じることはあり得るでしょう。少なくとも我々は公平な採点をしています。

彼に未熟で一人前でないと言われたジャッジ達の名誉のために、彼がプロテストしたライバルのスピンに、ジャッジだった私達が何を見たか書いておきたいと思います。

私にはスピン直前の水平飛行が徐々に高度を失っているのが見えました。そして失速したのかヨタヨタとしながら沈下が増すのが見えました。普通、失速したら即スピンに入れるものですので「???」と感じます。「なにやってんだ?」と思った途端、失速沈下しながら旋回するような動きをしました。「え?」と思いましたが、既にその時には普通のスピンの旋転になっており、リカバリーでも明らかにスピンからの回復でした。この「変なエントリー」を何点減点するか悩みました。本来であれば明らかなスピンに入るまでに変化した姿勢(針路、ピッチ、バンク)それぞれ5度につき1点を減点するものですが、私には「失速沈下しながら旋回するような変なエントリー」が通常のスピンになる境目が見えず、姿勢誤差は分からなかったのです。これが私に見えたものです。

この飛行の採点が終わり提出した直後に我々ジャッジ間でこのスピンが話題に出ました。チーフジャッジが召集しない限り、採点を決定する前にジャッジ間で飛行の評価について話すことはありません。他のジャッジに影響されて、一貫した「公平な」採点が出来なくなる危険があるからです。私はこのスピンに関して2人のジャッジと話しました。一人は「変なエントリー」だったと言っていました。つまり同じものを見ていたのです。もう一人は「あれはスパイラルダイブに見えた」と言いました。私が「でも明らかにオートローテーション(自動旋転)には入ってましたよね?」と聞くと「確かにオートローテーションはしてた。でも、あのエントリーは絶対おかしい」と。

そこで私とこのジャッジは、フライトが終わった当のパイロットのもとに直行し、何があったのか、何をしたのか聞きに行きました。パイロット曰く「左にスピンしたかったのに、右に入りかけたので必死に左ラダーを踏んで無理矢理左のスピンに入れた」のだそうです。

我々が見た物とパイロットの話を総合するとおそらくこうでしょう。右スピンモードに入る。急激に増大する右ヨーモーメントに対し最大左ラダーを入力。失速状態で沈下しながら直進。エルロン入力で左にバンクさせる。左ラダーいっぱいだが右スピンに入ろうとしたヨーモーメントが残っており拮抗し失速したままスパイラルダイブのような動きになった。その後左ラダーが発生するヨーによりオートローテーションを起こし通常のスピンに移行した。

これを見たジャッジがゼロを付けるのか、減点が積もって0点となるのか、減点のみになるのか、それはそれぞれの判断です。明らかに動きが不自然でスパイラルダイブのように見えたからゼロだというジャッジもいるでしょう。でも、スピンの要件の失速とオートローテーションは満たしているのだから、スピンと判断して採点するのも正しいのです。大事なのはジャッジが全競技フライトに対し一貫した基準で判断することで、それこそが競技の公平性を保ちます。

この奇妙なスピンエントリーを、話をしなかった他の2名のジャッジがどう見たのか私は知りません。しかし少なくとも5名中3名のジャッジとチーフジャッジはそれを見落としてはおらず、見たものを自分の評価基準に基づいて採点したのです。もし公式なジャッジ用の動画を撮影してあればプロテストを受けて、それを見て各ジャッジは自分の評価を確認するべきだと思います。残念ながらジャッジ席で撮られた公式映像は無く、別の場所から撮られた非公式の配信用動画があるのみで、それでは「ジャッジにどう見えるか?」の判断材料にはなりませんでした。

最後に。

ジャッジの多数が一人前ではなく未熟で正しい採点が出来ない競技会だと思うなら参加してはいけません。参加する以上は、ジャッジやジュリーの権威を認め、その競技会のルールや決定に従う。それが競技スポーツというものです。日本の曲技飛行競技はまだまだ発展途上です。競技ルールやジャッジの良くないところは改善していきます。でも、その改善は競技に参加した全選手に公平でなければなりません。

曲技飛行競技は、パイロットがどう飛んだのかでも、ライバルや観客にどう見えたのかでもなく、ジャッジにどう見えたか、で採点されるスポーツなのです。