21世紀的ヒロイン (石田衣良 骨音) | カフェメトロポリス

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電脳世界と現実世界をいきあたりばったり散歩する。

(2003年12月7日付け、池袋ウェストゲートパーク3のレビュー)

骨音 池袋ウエストゲートパーク3/石田 衣良
¥570
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ホームレスが誕生するのを定点観測したことがある。別に、日々、一人の男を尾行したわけではない。当時、通勤で使っていた京葉線の東京駅の広いスペース(ちょうど東京三菱銀行の本店の地下あたりの場所)に彼はいた。最初の日、彼は、通勤客と何も変わらない風情だった。ただ寄る辺ない風情だけが印象に残った。次の日も、次の日も同じその場所に彼はいた。そして良く観察しないとわからない程度に少しずつ、少しずつ、汚れていった。彼は、それまでの生活を捨てたことは自明だった。ある時から彼は単なる見知らぬ人から、「あたかもそこに存在しないかのように眼をそらされる」存在へと変わっていった。どれだけの日数それが続いたかは記憶がない。でもそれはぼくの中にある、もっとも怖いコマオクリの記憶だ。

マコトには、なすすべもなく、坂道を転がっている人々への共感がある。表題作の「骨音」は、池袋の日の出町公園(毎週2,3回は通る場所だ)に住むホームレスたちに対する連続襲撃事件の解決を、立派な顔のホームレスの長から依頼される話だ。被害者のすべてが骨を叩きおられており、叩きおられる骨は、少しずつ身体の上へと移動している。その謎の中に、池袋で人気急上昇のロックグループが絡んでくる。

「おれたちはもう人を壊したいから壊すのではない。そんな単純な理由で人を壊すには、この世界はあまりに逆転してしまった。人を壊すのはただのおまけにすぎない」(骨音)

人気シリーズ 池袋ウェストゲートパークの第三弾である。

「西一番街テークアウト」は、西池袋の立ちんぼマーケットの多数派が外国人混成軍になり、外人の用心棒軍団が、日本人の娼婦を抑圧するという現実が背景だ。日本人娼婦の小さな娘への友情で、池袋に展開する東南アジア的混沌へと乗り込む真島誠。弱い者への共感という意味で、どこか、マコトにはキャッチャーインザライの影があるような気がした。

「だが、このどん詰まりでは、逆に外国人が多数派で、その利益のために香緒の母親の生活が圧迫されている。この世界と同じだ。強者と弱者の関係は入子になっていて、無限に繰り返されるのだ」

「キミドリの神様」は、池袋のNPOが発行しはじめた地域通貨をめぐる謎と闇。

「西口ミッドサマー狂乱」は、永遠子というスーパースターのゲリラレイブと、スネークバイトというドラッグをめぐる大仕掛けの疾走感のある話だ。珍しくそこには、誠の愛情が描かれている。トワコという21世紀的なヒロインを見事に造形している。

「正面に女がいた。落ち着いてみてみると、金属の光がなんなのかわかった。女の右足のあるべきところには、チタン製の金属のシャフトがある。伸びやかな太もものなかほどから足は冷たい金属の棒になっていた。・・・トワコは義足の不自由さなどまったく感じさせずに、ひと動作でさっと立ちあがった。パーカーを脱ぐと、したは白い麻のタンクトップだった。締まった腹がまぶしい。背は百七十を軽く超えているようだ。足がでたらめに長かった。片方が金属の棒なので残りの足の長さが強調されるのかもしれない。股のつけ根ぎりぎりで切ったローライズのジーンズは恥骨がみえるんじゃないかという股がみの浅さ。なめらかな下腹に彫られたタトゥーに自然に目が吸い寄せられる。紺色の数字はこう読めた。1998/5/25 おれはあっけにとられた三次元CGでつくられたフィギュアのような女を見あげていた。」

映画「黄泉がえり」の柴咲コウにハリウッド級の超CGで造形されたトワコが見たいと痛烈に思った。


相変わらず真島誠は、時代との微妙なツーリングを見事にこなしている。