優しいね、仲間なんだろうな。
https://www.youtube.com/watch?v=1Y2IkZULXo8

野犬も含めて、犬たちはペットになる可能性は高いと思う。但し前提条件として、人が犬を受け入れる事が必要だ。どのような性格にしろ、まずはその犬から学ぼうとする態度が必要で、それが犬に通じた時に「絆」となるでのはないか。


僕の課題図書を読んだ。
「犬好きは、犬が知る」と言うが、たぶんそれも合っているのだろう。犬は人を含んだ環境の変化に敏感である。それは綿々と生き残ってきた証だとも思う。またその能力故に、人と意思疎通が出来て、自分の食料と安全を確保出来たのであろう。
「まずは好きだろうが、嫌いだろうが、相手の認め事から始まる」、「そして、相手が認められたと感じた時に、自分が認められる。」、「認める」とは「素直に受け止める」ことだと思うが、それには忍耐が必要だ。これらの時間と忍耐が必要なプログラムは、「介助犬、盲導犬、家庭犬とし相応しいしつけをする、そして送り出す」である。その中で「犬との信頼関係を築く事」、そして「社会貢献としての仕事」を経験する。それで「自分を愛してこそ、他を愛せる」ことを学び、その喜びで「生き直す」力が出てくるように思う。
これらの著書の主人公たちは、その環境ゆえに愛に飢え、社会で自他を傷つけ、犬たちは人に傷つけられて、「人間」に対して、攻撃性、嫌悪感、不信感を持った命たちである。この様に書くと「互いの依存性」、「傷をなめ合う」ような誤解も生まれるかも知れないが、それは違う。人、犬、それぞれが時期が来ると別々に社会に戻り、それぞれの社会生活を歩むことのなるからだ。そして大事なことは、犬たちをしつけ、里親に出す過程で、人が一般に社会生活を送っている人々と意思疎通を図って、本当に里親として相応しいか否かを判断、もちろん一人ですることではないが、周囲の人を巻き込み、極力判断を間違わないように、再び施設に帰ってこない様に考え悩むことができる。そしてその過程で、「愛する命との別れ」を経験し、乗り越えることが事が貴重だと思う。

なにか、わかった様に書いているが、実はよくわってない。
それははやり「犬と人との関係性」である。確かに犬は信頼できる飼い主と暮らすことが最も幸せなことだと思うが、これは人間の立場からの考えではないか。そもそも犬は人語をしゃべらないでの、本当の気持ちはわからない。故に飼い主が如何に犬の気持ちを汲み取るが、犬の幸せを決める。と言うことは人が犬の感情をどれだけ読み取れるかが、犬の幸せを決める重要な要因となる。つまり人の能力の問題となる。
そこでは、日ごろの犬と人間の係わり方が問題で、そこにその関係性の深さ、「絆」が出てくるのか。それには時間が必要で、犬は「お世話をしてくれる」と言うだけで、飼い主を「無条件に信頼」してくる。そしてその信頼に如何に答えるかが、飼い主に問われることなんだろう。

犬のあり方として、使役犬(警備犬、救助犬、補助犬等)があるが、それは人と犬との長い関係性の上でできた事だと思う。でも「ペット、人を癒す存在としての犬」と言うのも、飼い主がしっかりと理解をして、最低限の「しつけ」さえすえれば十分な存在となる。また更に踏み込んで、心に傷を持った人々、身体的な病気をもった人々の心の支えになることは確かで、近年はその方向性が重視されるつつあると思う、また重要な分野となるだろう。
やはりキーワードは、「人と動物の関係性」だ。

犬は飼い主の人種、犯罪歴、病気も何も関係ない。お世話をしてくれる、と言うだけでまず飼い主を認める。そこでその犬の「愛」に答える事が、人間社会で負った様々な傷を癒してくれるであろう。言葉の通じない関係だけど、それを乗り越えられるのは、飼い主の忍耐力にかかっている。これらの本の少年少女たちは、この忍耐の過程を過ごす事で、「周囲への信頼感」を育むことができて、自分も「周囲からの信頼が得られる」。そしてその忍耐こそ、「生き直す」ための再出発の始まりなのだろう。決して「裏切る、馬鹿な犬」はいない。

急に帰って来ても、「ここにいるよ」とのんびりと寄り添う彼女。



ありがとう。