走るんです!

山が好き。
走るのが好き。
翔ぶのが好き。

もっともっと、観たことのない景色と、感じたことのない感動を求めてチャレンジを続けたい。

自身の備忘録として記録しており、更新は不定期で非公開です。

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3月も終わりに差し掛かると、一気に気温が上昇して春めいてきた。


ここ数年、この時期になってむず痒くなる目と鼻の症状が、巷で"花粉症"と呼ばれるものである事は最近知った。

花粉症に苦しむ人々を横目に、何の根拠も無く

「俺が花粉症なんかになる訳がない」

と若干斜めに構えていた自分にとって、それは少しだけショックな出来事だった。


目はショボショボするし、鼻はグズグズする。

目をこすり続け、鼻をかみ続けた結果、顔は全体的に赤く腫れぼったい状態になり、若干熱っぽくなると如何にも病人になった様な気がした。



それでも、春の暖かな陽気は沈みがちな私の心を明るく浮き立たせてくれた。

北陸の朝は、冬と春では全くの別世界だ。


どんよりと重たい雲に覆われて薄暗い日が続く冬空に対して、春の空は朝一番から明るく、清々と晴れ渡る日が多い。

冬の間は朝起きるのがとにかく辛くて、日課の朝ランも苦痛で仕方がなかったけれど、春になると爽快な目覚めと共にウキウキしながら走り出す事が出来た。


気持ち良く晴れた日は、常願寺川の川沿いを走る。

ゆったりと蛇行する小高い堤防の上から対岸の景色を遠くに辿って行くと、ずっと先には雄々しい峰々が続く立山連峰を眺める事が出来る。

朝焼けに染まる白銀のモルゲンロートと、澄んだ青い空のコントラストは息を呑むほど美しく、冷たい朝の空気を思い切り吸い込むと胸の中が洗われる様な気がした。


今年の冬は例年と比較してかなり雪が少なく、山の雪融けも早かった。

4月になると富山市周辺の1000m級の低山は殆ど雪がなくなり、アイゼンやチェーンスパイクなしで走れるようになった。

山の中に行くと花粉症の症状は当然悪化したけれど、それを差し引いても春の山を走るのは楽しかった。

街中では強烈な春の嵐であっという間に散ってしまった桜の花も、山の中まで足を運ぶとまだ元気一杯に咲き誇っていたし、雪融けのゲレンデの斜面では、つくしやこごみ、フキノトウなどの野草が一週間でびっくりする位に大きく成長している姿を観察する事が出来た。

それは毎年繰り返される自然の営みではあったけれど、私は飽きることなくその風景を眺めて楽しんだ。



4月の半ばに差し掛かって花粉症の症状も治まり始めた頃、TJARの大会要項が発表になり、書類選考の受付が始まった。


書類作成のために必要なことは既にやり終えていたので、それをまとめて実行委員会に送るだけだった。

書類を作成していると、この2年の間に自分がTJARの為にやってきた事が一つ一つ思い出され、心ともなく身体が熱くなった。


書類の準備を終えた後は、黙々とトレーニングに励んだ。

8月の本大会から逆算すると、8月は疲労抜きと調整、7月は試走を重ねながらの最終チェックになる為、6月までが追い込みの時期になる。

それはずっと以前から分かりきっていた事ではあったけれど、改めて頭の中で日程を整理すると、いよいよだな、という感じがして、微かに緊張を覚えた。


自然と、トレーニングに熱が入った。

平日は朝、昼、夜と3部構成のメニューをこなし、休日は山で長時間行動のトレーニングをした。


この2年間、私の心の中には、常に不安と恐怖があった。

書類選考の結果がどうなるのか、
書類選考を通過しても選考会を無事通過できるのか、
更に選考会を通過しても抽選で選出されるのか。

自分が積み重ねて来た物は、どこか一箇所でちょっとでも躓けば、それで全てが終わりになる。

そうなった時、後には心の中が空っぽになってしまったかの様な言い様の無い喪失感と、何も手につかない無気力な自分の抜け殻だけが残る。

2年前の大会で、落選した後の自分がそうだった。

それは2年間引きずり続けたトラウマの様なもので、私は度々そういう不安に襲われては尻込みし、深く落ち込んで何も手につかない状態に陥った。

でも、大会を目前に控えた状況においては、

(せっかく大会に出られたとしても、準備が不十分で自分が納得出来ない結果に終わるのは絶対に嫌だ)

という気持ちが、不安や恐怖を遥かに上回った。


レースに向けた身体作りも進めた。

1年ほど前から糖質を控える食事に変えていたけれど、TJARに向けてより厳しく食事を管理し、体を絞った。

日々の消費カロリーと体組成計で計測した値、トレーニング内容、自分で感じた事、食べた物を細かく記録し、その経過を観察しながら食事を管理した。


減量する為に漠然と食事を制限する事には、正直ストレスを感じる。

でも、全てをデータ化して様々な関連性を視覚化すると、口に入れる物ひとつひとつが以前よりも重大な意味を持っている事を実感する事が出来て、食べる事も、食べる物を選び工夫する事も、楽しくなった。

「食べ物を制限する」のではなく、「より良い食事をする」という事に完全に意識が変わったのだと思う。

勿論、その先にTJARという目標を見据えている事が大きなモチベーションになっていて、それが全てのベースになっていたのは言うまでもない。

身体は計画的に、順調に絞れて行き、数値に現れる結果と共に、トレーニングをしながら実感としても顕著に表れてきた。



私は、本大会に向けて確かな手応えを感じてはいたけれど、5月の半ばを過ぎると、どこかソワソワと落ち着かない気分になった。

書類選考の結果通知が、いよいよ近づいていた。

当初の予定では、6月1日までに書類選考の結果が通知される事になっていた。


6月1日を迎えると、私は殆ど擦り切れそうな精神状態になっていたけれど、結局、選考結果の通知はなく、遅延される事がメールで伝えられた。

予定よりも選考に時間がかかっていると言う事だった。


書類選考の項目には、山岳経験やリスクマネジメントなど簡単に判断できないものが多く、それを一つ一つ審査するのには、大変な労力と時間がかかる事が容易に想像出来る。


TJARの選考は、非常に厳正で、フラットだという印象がある。

誰にでも等しく、公正かつ厳しい。

如何にも山の人らしく、徹底的にリアリストだ。

それだけに、審査には時間がかかるのだと思う。


TJARは年々注目度が上がっていると思うし、参加希望者も増えているのだろう。

予定より審査に時間がかかっても仕方がない事だと、素直に納得出来た。



ただ、納得は出来ても、落ち着いて自信満々に待っている事は出来なかった。

審査に対しては、絶対的に信頼していた。


本当にやるべき事をしっかりやっていれば、それを正しく判定してもらえる。

自分は、やるべき事はやって来た。

十分な準備をして来た。


その自信はあった。

でも、ビビリな私はやっぱり落ち着かない日々を過ごした。


私はそういう自分を客観的に眺めながら、

(結局、自分の持っている自信なんて、自分を落ち着かせる為のハリボテの様な見せかけだけの物なんだな)

とぼんやりと思った。



自信ってなんだろう。


どうすれば、自分を信じる事が出来るのだろう。


以前は、レースの結果や実績にそれを求めた事もある。

でも、レースで結果や実績を残すことで変わるのは、自分に対する他人の評価でしかないと気付いた。

どんなに他人に評価されても、それで得られるのは、「自信の様なもの」でしかなくて、それはちょっとした事であっさりと崩れ去ってしまう、マヤカシの様なものだ。

結局、大事なのは他人がどうこうではなく、自分がどれだけ納得出来るかに尽きると、私は思う。



どんな時も全力で、一つの嘘も誤魔化しもない、真っ直ぐな生き方が出来たなら、私はきっと自信を持つ事が出来ると思う。

それは殆ど不可能な事だと思うけれど、例えば一つの事に限ってでもそれをやりきる事が出来れば、少しは自信になる様な気がする。


自分にとっては、それがTJARだった。



書類選考の結果を待ち侘びて、浮き足立っていた状態から少し落ち着きを取り戻し始めた6月5日、日曜の夕方。

トレーニングを終えて帰宅すると、スマホに書類選考の結果を知らせるメールが届いているのに気付いた。


息を一つ、大きく吐いてメールを開く。




メールで告げられた選考結果は、「不合格」だった。
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