走るんです!

山が好き。
走るのが好き。
翔ぶのが好き。

もっともっと、観たことのない景色と、感じたことのない感動を求めてチャレンジを続けたい。

自身の備忘録として記録しており、更新は不定期で非公開です。

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見渡す限り真っ白な雪景色の中、Sさんと2人で山小屋を出ました。

が、いきなりどちらへ進めば良いのか分かりません。

小屋に辿り着く前まではうっすら見えていたトレイルも、完全に雪に埋もれて分からなくなっていました。

先行する選手がいないため、トレースもありません。

雪は弱まりつつあるように感じましたが、まだ視界が悪くて遠目が利かず、コースマークを見つけることも出来ませんでした。

方角的にこの谷筋だろう、と思って進んだら、外に出ていたスタッフに声を掛けられて、違う、こっちだぞ、と道を教えてくれました。


指示された方向へ進むとトルデジアンのルートを示す黄色いフラッグがあり、その先も真っ白な雪上に一定間隔で点々とフラッグが挿してあるのが見て取れました。

ルート上には全区間、フラッグなどのルートを示すマークがあります。

コースマークの間隔は場所によりけりですが、分岐のない明瞭なトレイルでは100m以上コースマークがないこともありました。

雪でトレイルが消えているのでルートファインディングが少し不安だったのですが、見た感じ細かくフラッグが設置されていたので、これなら大丈夫だ、と安心しました。

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〔撮影Sさん〕


吹雪の中、黙々と登り続けました。

積雪は20cm程。

たっぷりと雨を含んだ雪は重く、傾斜が急なところではズルズルと滑り、かなり歩きにくい状態でした。

しばらく歩くとチェーンスパイクに大きな雪団子が出来るので、定期的に雪を落としながら歩き続けました。


登り続けると、途中からうっすらとトレースの跡が現れました。

自分の知る限り、先行して小屋を出た選手はいなかったはずです。

不思議に思いながら登り続けると、ゆっくりと動き続ける人影が見えて来ました。

先行していた選手がいたんだな、と思ったのですが、徐々に近づいてその姿がはっきりと視認できるようになると、その人が選手ではなくスタッフであることに気付きました。


スタッフは冬山でも登れそうなハードなウェアに身を包み、大きなリュックを担いでいました。

少し歩くと足を止め、真っ白な雪上にコースマークのフラッグを挿し、また歩き出す。

それを繰り返していました。

この区間だけやたらと沢山フラッグがあったのは、選手達がまだ小屋の中で待機している猛吹雪の中、スタッフが先行して準備してくれていたからだったのです。


感動しました。

天気が崩れて吹雪になっても、なんとか安全にレースを続行させようという大会スタッフ達の気概が、そこから見て取れます。

スタッフに追いつき、お礼を言って先に進みました。



歩き続けるうちに、天気は急激に好転し始めました。

雪が弱まり、風も急に穏やかになって、一気に視界が開けました。

そして広がる一面の銀世界。


最高でした。


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広々とした雪原の先には両側に連なる稜線の先が壁となって覆うように屹立しており、振り返ると果てしなく続く白銀の渓谷を見下ろすことが出来ました。

とても美しく、荘厳でした。

ここまで来て良かった、と心から思いました。

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谷筋を登り続け、徐々に傾斜がきつくなって来ました。

眼前に壁のような急斜面が迫って来ます。

ここまで何度も同じような急斜面に取り付いてコルへ登って来たのですが、雪の着いた斜面となると、やっぱり少し緊張します。

目を凝らして取り付くルートを模索すると、そこにも既にスタッフの姿がありました。

急斜面に取り付くと既にトンボがけされており、しっかりトレイルが見える状態になっていました。


凄い。

本当に凄い。


スタッフにお礼を言うと、二カッと笑って親指を突き立て、「グッドラック!」と言って見送ってくれました。

トルデジアンは、本当に素晴らしいレースです。


スタッフが切り開いてくれた九十九折のトレイルを進み、最後のコルに這い上がりました。

最後のピーク[Col Malatra]、標高2936m。

そして、そこで広がる絶景。


言葉になりませんでした。

文章で表現することも適いません。

とにかく、とても素晴らしい景色でした。


写真はありません。

せめてスマホでと思いましたが、寒さでやられてしまったのか、シャットダウンを繰り返してしまってダメでした。

興味がある方は妄想か、あるいはご自身の脚で行ってご確認ください。



コルを抜けた先にもスタッフが一人待機してました。

良く来たな!と笑顔で迎えてくれて、ガッチリ握手しました。

電話ボックスの様な臨時の避難スペースが設置されていて、そこで熱い紅茶をもらってアドバイスを受けました。


「ここは傾斜が急だから気をつけていけよ!」

「後は谷筋を下りていくだけだから大丈夫だ!」


ふんふんと頷きながら紅茶を飲んで、しっかり身体を温めながら出発準備。

別れ際にもう一度握手して、「グラッツェ!」して出発しました。



徐々に夕刻が迫る時間帯でしたが、[Col Malatra]を抜けた先は東斜面で、まだ燦々と陽射しが降り注いでいました。

少しぬかるんだ急斜面を慎重に下り、傾斜が緩くなったところでスピードアップ。

踏み跡のないスノートレイルを気持ち良く駆け下りました。
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3時間仮眠して、すっきりと目覚めました。

隣のベッドで寝ていたYenの姿は既になく、他にも数人いた選手達も先に出発したようで、仮眠室はがらんとしていました。


外に出ると霧雨。

夜は明けていましたが陽射しはなく、見上げると鉛色の重たい雲が空を覆っていました。

最後の最後になって、これかー。

ちょっと暗い気持ちになりましたが、それでも天気は奇跡的に良かった方だと思います。

事前の予報ではもっと大荒れになりそうだったので、特に前半天気が良かったことは、自分にとって幸いでした。

2日目、3日目の夜間が大雨や雪だったなら、私はたぶん、リタイアしていたと思います。


食堂に行って、食事を楽しみました。

この辺りまで来ると序盤の不調が嘘の様に胃腸の調子が良く、どれを食べても平気でした。

野菜も、見るだけでダメだったパスタすらも、ペロリと平らげることが出来ました。

食べられるって、本当に幸せです。


食堂の壁には紙に書かれたメニューが張ってあり、スタッフに言うと調理してくれます。

もちろん、タダ!

他のライフベースにもメニューはありましたが、ここ[Ollomont]には、なんと日本語のメニューまでありました。

トルデジアンは日本人に大人気のレースで、参加者も多いからでしょうね。

オーダーは英語ですが、それでも嬉しかったです。

私はここぞとばかりにチキンステーキを注文して、美味しかったので更にお代わりして、他にも色々注文して食べられるだけ食べました。

私は下戸なので飲みませんが、ワインやビールも飲み放題です。

トルデジアンは、ライフベースでの飲み食いを楽しみながらのんびり行くのも楽しいでしょうね。

私は嬉しさのあまり調子に乗って食べ過ぎて、出発する時にはちょっと気持ち悪くなってしまいました。

良くあるパターンです。

なにごともほどほどが一番だな、と何度目か分からない教訓を胸に刻みました。

修行が足りませんな、修行が。



雨がそぼ降る中、ラストステージに突入しました。

山に取り付いて樹林帯を抜けると牧場があり、牛たちの間を縫って更に上へ上へと登りました。

森林限界を超えると、草原に出ます。

左右にはそれぞれ険しい稜線が連なっており、その間を広々とした谷が通ってます。

トレイルはその谷を縫うように蛇行しながら、上へ上へと続いていました。

これまで何度も見てきた、トルデジアンの風景です。

もうすぐこの景色も見納めか、と思うと、嬉しいような、少し寂しいような気持ちになりました。


残りは50km。

怪我なく進めば、確実にゴールできます。

でも、頑張って完走しようという気持ちはありませんでしたし、何時間以内にゴールしようとも考えていませんでした。

ただ、目の前の状況を見て、分析して、その先のことを予測して、今何が必要なのかを考えて動き続けていたと思います。

周りが良く見えていましたし、思考もとてもクリアで、自分の身体が今どういう状態なのか冷静に見極めて、適切にコントロールできていたと思います。

とても落ち着いていて、余裕もありました。

見慣れたトルデジアンの景色も、もう一度楽しめるようになっていました。

良い状態だったと思います。


でも、心のどこかで、そんな悟った様に余裕のある自分を、ちょっと寂しく思っていることにも気付いていました。

焦燥感はないけれど、高揚感もいま一つない。

自分が本当にやりたかったのは、こんな作業みたいに淡々としたレースだっただろうか。

もっと、自分を削り出して勝負するような、そんなレースじゃなかっただろうか。

そんなことを考えそうになって、全力で頭の中から掻き消しました。

とりあえず目の前のことに集中して、レースを無事に終えようと思いました。



標高を上げると雨、風は強くなり、みぞれ雑じりの厳しい天気になりました。

レインウェア越しに叩く雨がバチバチと音を立て、べっとりと張り付いて体温を奪いに来ます。

寒さは感じましたが、しっかり食べることが出来るので体温が下がることはなく、問題なく進むことが出来ました。

胃腸が快復していなかったら、ダメだったと思います。


一つ目のエイドの山小屋で、Yenと再会しました。

膝は痛そうでしたが表情は明るく、むしろ前日よりも元気そうに見えました。

その後は前日同様にYenと前後しながら進み、快調そのもの。

天気はますます荒れ模様でしたが、着実に前に進みました。



ピークを一つ越えて町に下りました。

308km地点の[Bosses]だったと思うのですが、町の中にエイドがあって、そこでSさんを発見しました。

ずっと先にいるものと思っていたSさんでしたが、睡眠を上手く取れなくて苦戦していたそうです。

Sさん、意外とナイーヴなのかもしれません。

ポーカーフェイスのSさんの表情からは眠気もあまり読み取れませんでしたが、この位置にいるので調子が悪かったのは確かだと思います。

食事を終えて出発準備をしていると、なんとなくSさんも出発しそうな雰囲気。

じゃー一緒に出発しようかな、とタイミングを見計らっていると、Sさんがスタッフに捕まって装備チェックが始まりました。

待とうかと思いましたが、待っているとSさんの次に私が装備チェックで捕まりそうだったので、Sさんを置き去りにして先に出発することにしました。

すまない、Sさん。



[Bosses]を出ると、ゴールのクールマイユールまでは30kmで、残すピークも一つだけです。

最後のピークは標高2936mの[Col Malatra]。

1400mアップの、1700mダウンです。


なげー。

なげーよ。


でも、ここまで来ると精神的にも慣れてきますし、これが最後だ、となると気持ちも楽です。

日本の山だったら、折立から薬師岳をピストンして、小見まで下りる感じだな。

そんな感じで脳ミソの中で慣れ親しんだイメージに変換して、現在位置と残りの距離を測りながら進みました。


あと少し。

あと少し。


脳内では確実にカウントダウンが進みます。

町を離れてどんどん山深くなっていきますが、ガスが濃くて視界が悪く、目指すピークは見えません。

まだまだ先は長そうだな、と思いましたが、集中力を切らさないようにしました。


町に下りて一度は弱まったように感じた雨でしたが、再び強く降り出しました。

風も更に強まり、再びみぞれに。

レインウェア越しでも大きな粒に叩かれるのが感じられ、雨で濡れた身体が一気に冷えます。

標高2000mを越えると、みぞれは雪に変わりました。

風も更に強まり、完全に吹雪。

ここから上は更に荒れるはずなので、尾根の風下側の岩陰に身を隠し、装備を整えてから上りました。


登れば登るほど、天気は荒れました。

山肌は徐々に白く染まり、踏みしめると先ほどまで降っていた雨を含んでどろどろのぐちゃぐちゃに。

激しい吹雪で視界も利きません。

このセクションはエイド間の距離が長く、山深くて身を隠す建物もずっとなかったので、動けなくなったらアウトだったと思います。


でも、楽しかったです。

最後の最後にエクストリームだなー、と思いました。

体調が良くなって本当に良かったです。


突如、狭い視界に人影が現れました。

動きがないので一瞬心配しましたが、近づくと重装備のスタッフでした。

エイドの山小屋はすぐそこで、選手の到着を待ちながら写真を撮っていたそうです。

ハイタッチして山小屋へとエスケープしました。

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山小屋の中は避難所みたいになっていました。

部屋の真ん中にあるストーブを囲んで選手たちが暖を取っており、中には毛布に包まって横たわり、ガタガタ震えている選手もいました。

みんな装備を解いていて、しばらくは様子見といった雰囲気です。

外は更に激しく吹雪いており、窓の外は真っ白で何も見えませんでした。


とりあえずグッショリと濡れたレインウェアとグローブを脱いで、少しでも乾かすことにしました。

その間に温かい食べ物と飲み物で体温を上げ、最後のアタックに備えます。

じっと待っていると、Sさんが到着。

吹雪きましたねー、と話しながら、食事をとりました。


外の様子を伺いながら出るタイミングを伺っていたのですが、なかなか治まる様子がありません。

時間は刻一刻と過ぎていきます。

時間はたっぷりあるのですが、問題は凍結です。

昼を過ぎ、これから陽が傾いていく時間帯でしたが、このまま夜間になって雪が凍結すると、ピーク付近の通過が困難になります。

過去に実例があるように、レースストップになることも考えられます。

小屋にいるスタッフは、無線でしきりに連絡を取り合っていました。

イタリア語なので話している内容が分からず、それが更に焦燥感を煽りました。


ここまで来て、完走すら出来ずに終わるなんて、冗談じゃない。


そう思いました。

完走に拘る理由なんてない。

でも、完走すら出来ないなんて絶対に嫌だ。

矛盾している様な気がしますが、そう思いました。


出るなら、今だな。


そう思いました。

ピークまでの距離は僅かです。

多少吹雪いていても、装備がしっかりしていれば突破できる自信はありました。

窓の外を見るとまだ吹雪いていましたが、先ほどよりは幾分弱まったように見えました。


よし、行こう。


他の選手は依然として待機の姿勢でしたが、先行して出発することに決めました。

出発することをSさんに告げると、「自分も出ます」と返って来ました。

心強かったです。


出発しようとした時、ちょうどYenが小屋に到着しました。

全身雪を被って真っ白で、まるで雪男(笑)。

笑顔でハグして、自分はこれから出発することを伝えると、「Good luck!」と言って送り出してくれました。


出発することをスタッフに伝えると、ゼッケン番号を控えられました。

ひょっとしたら止められるかな、と心配しましたがそんなことはなく、「行って来い!」という感じ。

他にも様々な場面でそうなのですが、山は自己責任という認識で、その上で選手の意志と判断を尊重し、リスペクトしてくれているのが感じられます。

それが、とても心地良かったです。



玄関先でチェーンスパイクを履き、外に出ました。


外は真っ白。


雪は少し治まってきた様に見えましたが、風はまだ強く吹いていました。

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おばさんとおねえさんに見送られて、カフェを後にしました。

外に出るとまだ冷え込みは厳しかったのですが、走りだすと寒さは感じませんでした。


走れる。

走れたんです。

自分でも驚くほど、快調に脚が動きました。

でも、そこで調子に乗らないように、スピードを上げ過ぎず、一番負荷の少ないように力を抜いて走りました。

レース中に復活することがあったとしても、それはほんの一時のものであることが多いですし、レースはまだまだ続きます。

まずは、この復活タイムで良い流れを作りたい。

エイドを上手く繋いで、走って休んで、潰れずに進み続けられる流れを作ろうと思いました。



[Champoluc]のエイドはカフェから数km先の町の中にありました。

エイドでは短い休憩のみですぐ先へ。

先刻カフェでゆっくり休んだばかりでしたし、身体も良い感じで動いていたので、その流れを止めないようにしました。

レース中の休憩は、どかっと休むことが必要な場合もありますが、必要以上に休まない方が良い場合もあると思います。

時と場合によります。

心がやられてくるとその判断が難しいのですが、この時の私は精神的に安定していたので、適切な判断が出来ていたと思います。



この辺りから、写真を撮り始めました。

特に何か意図があってそうした訳ではありません。

なんとなく心に余裕が生まれら、写真を撮りたくなったのです。

結果的にはそれで、良い効果を得られたと思います。

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デジカメは軽量化のために持っておらず、写真を撮れるものと言うと数年前から使っている古いスマホしかありませんでした。

軽くてコンパクトなのでずっと使っているのですが、画質がとにかく悪いのが残念です。

それでも、景色を楽しみながら走れるようになりましたし、レース自体を楽しめるようにもなっていました。

写真を撮りながら走ることで、必要以上に自分を追い込むことがなくなったのかもしれません。



5つ目のライフベース[Valtournenche]に着いたのは昼ごろでした。

239km地点なので、残りは100kmということになります。

ここでは急がず慌てず、着替えをして、食事をして、時間をかけてセルフマッサージとストレッチをしました。


胃腸の調子が良くて、野菜もしっかり食べることが出来ました。

ひょっとしたら、食べられなくなって一定時間お腹の中を空っぽにしていたことが良かったのかも知れません。

精神的に前向きになっていましたし、レースも楽しめるようになっていたので、それも影響していたと思います。

何にせよ、良い状態でした。

心と身体が、上手く連動しているように感じました。



第6ステージは287km地点の[Ollomont]までの、48kmです。

標高の高いピークが幾つかあって、ややハード。

夜間を含むこともあって体力的には厳しいのですが、精神的に安定していて快調に進むことができました。

後半は、とにかく楽しかったです。


夜間になっても大崩れせずに動き続けることが出来ました。

繰り返しになりますが、トルデジアンのコースは登りも下りもとにかく長いので飽きます。

夜になって暗闇に視界が遮られると、更に飽きます。

眠くて、疲れてて、そんな中で単調な長い登りが続くと、嫌になってきます。

そんな訳で、前半は夜間になると決まって失速したのですが、後半は割と元気に進めたと思います。

この日は夜にかけて天気が荒れてきて、標高の高いところはかなり風が強くて寒かったのですが、それでも心が安定していたおかげか、あまり苦になりませんでした。

レースが、走ることが楽しかったです。

エイドを一つ一つ順調に繋ぎ、264km地点にある[Col Vessona]手前の小さな避難小屋のエイドまで辿り着きました。



小屋の中で、懐かしい顔と再会できました。

Yenという、台湾の選手です。

「懐かしい」と言っても以前からの知り合いと言う訳ではなくて、レース前半でよく顔を合わせただけの、その時はお互いの名前も知らない間柄でした。

レース中は、追い抜いたり抜かれたりする時やエイドで顔を会わせた時などに、他の選手と挨拶したり簡単な言葉を交わしたりするのですが、Yenとは不思議と波長が合いました。

ファーストインスピレーションから、コイツはイイヤツだな、と感じましたし、同じ東洋人ということもあって、なんとなく親近感を持っていたのかも知れません。

[Gressoney Palazzetto]で私が寝ている間にYenが先行して離れてしまっていたので、それ以来の再会でした。


お互いに久しぶりの再会を喜びましたが、Yenはかなりつらそうでした。

スリップして膝を痛めてしまったらしく、下りを走るのが難しくなってしまったそうです。

ゴールまではまだ70km以上ありましたし、激しいアップダウンの連続です。


つらいだろうな、と思いました。

こんな時、どう声をかけたら良いのでしょう。

日本語でも考えてしまうのに、しかも、英語で。


でも、Yenは強かったです。

私が言葉に迷っているのを察するかのように、とても明るく振舞ってくれました。

小屋の壁に貼ってあるコースマップを指差しながら、「ほら、ここから1400m下り続けるんだよ。ほんと、嫌になっちゃうよな。」と明るく笑い、それに私が笑って同意すると、付け加えて、「でも、大丈夫。ここまで来たら絶対に完走できるよ。」と、逆に私を励ますかのように言うのでした。

Yenの表情は強い決意に満ちていて、私はその表情を見た時に、Yenはきっと完走するに違いないと確信しました。


Yenは少し休んでいくということだったので、先に出発することにしました。

外は相変わらず風が強く、気温も低くてとても寒かったです。

小屋から少し登ったところにピークがあり、そこからは一転して、真っ暗闇の中に滑り落ちていくような急傾斜の下り坂でした。

しかも足下はスリッピーなザレザレです。


もし、雨だったら。

雪が降って、それが凍結していたら。

考えると、かなり恐怖です。

実際にそういう年もあったそうですが、そんな状態になってしまったら、持っているチェーンスパイクを履いても、かなり危険だと思います。

今回は気温は低いものの凍結はなかったので、運が良かったと思います。


急な下り坂を駆け下りながら、「Yenは大丈夫だろうか」と心配になりました。

痛めた膝でこの坂を下るのは、相当な苦行になることは間違いありません。

私もレース中に膝を痛めたことがありますが、本当につらいです。

ペースが落ちれば体温も下がるし、次のエイドに辿りつくまでの時間も長くなるから疲労も溜まるし、眠気も襲ってくるし、精神的にも参ってきます。

つい先ほど会って話した時はYenの完走を信じて疑わなかったのですが、これはやっぱり無理なんじゃないか、と思えました。


次のエイドの[Oyace]までの下りは、本当に長かったです。

[Oyace]の標高は1360mなので、腕時計に表示される高度を見てカウントダウンしながら走りました。

でも、なかなか減らないんです。

ピーク付近は物凄い急傾斜なのですが、下って行くと段々傾斜は緩やかになります。

そして、そこからが長い。

下ってはいるのですが、なかなか一気に下らせてくれません。

それどころか、時々少し上ったりもするんです。

さっさと下らせてくれよ!と何度も文句を言いたくなりました。

ヨーロッパの山は谷も裾野もデカイから、下りもとても長いんですね。


下り続けて町の明かりが見えて来た時は、ああ、やっと着いた、と思いました。

エイドに着くと少し眠気があって、ちょうど日付を跨ごうかという時間帯だったので、2時間ほど仮眠をとることにしました。



起きたらYenが食事をとってました。

毛布にくるまってブルブル震えていて、足を引きずりながら歩いていて、その姿はかなり痛々しいものでした。

Yenには3人のサポーターがついていて、みんな女性で、しかも美人揃いでした。

アジア系の黒髪の女性2人と、ブロンドの白人女性が1人。

1人はカメラを回して撮影していて、メディア関係の人っぽかったです。

何にせよ、ちょっと羨ましい。。。

Yen、お前モテるんだなー、と思うと、痛々しい姿を憐れむ気持ちがちょっと薄らぎました。


Yenが出発するのを見送って、私も食事を取った後に出発しました。

急登が始まってしばらくすると、暗闇の中、ヘッドライトが照らし出す小さな視界にYenの姿を捉えました。

エイドでは歩くだけでもつらそうでしたが、その足取りはとても力強く、しっかりとしたものでした。

私が追いついて声をかけると、笑顔で「ガンバリマショー」とまさかの日本語。

Yen、お前イケメンで性格も良くてモテモテで英語もペラペラなくせに、日本語もしゃべれるのかよ!と思いました。

話せるといっても簡単な単語と短文だけらしいのですが、それでも嬉しいですよね。

私は大学で第二外国語に中国語をとっていたのに、今や全く話せないというありさまです。

激しく後悔しました。


その後も、私が先行してエイドでYenが追いついてきて、先に出たYenに私が追いついて前に出る、というパターンが続きました。

エイドで再会すると、ハイタッチしたり、ハグしたりしてお互いに励ましあって進みました。


Yenは膝が痛むのは確かなのですが、凄い粘りでした。

登りは私の方が早くてかなり距離が開くのですが、下りになると差を縮めて来て、エイドでしっかり追いつくんです。

下りこそ、膝が痛くて大変なはずなんですけど。

どうやって走ってるのか聞いたら、とにかくストックにハードに体重を預けて無理やり走っているって言ってましたが、それでもかなり痛みがあったはずです。

Yenの頑張る姿には、本当に力をもらいました。

多謝、Yen。



最後のライフベースの[Ollomont]に着いたのは、3時か4時くらいの、まだ真っ暗な時間帯でした。

私が到着して間もなくYenも到着して、二人並んで食事をとりました。


[Ollomont]は287km地点なので、ゴールまで残すところ50km程度です。

時間はたっぷりあります。

しっかり休んで確実に前に進めば、完走はもう確実なはずでした。


私もYenもホッとしてここまで来たことを喜びましたが、Yenの膝はいよいよ酷く痛むようで、時折膝をさすりながら苦悶の表情を浮かべていました。

膝にはサポーターが巻かれてましたが、それを外すと厚手のタイツ越しでも大きく腫れているのが見て取れて、絶句。

そんな膝で、良くここまで走ったものです。

そのあまりに痛々しい姿を目にしたサポーターのブロンド女性は耐えかねて泣き出してしまい、もう一人の女性がそれを慰めるという難易度の高いイベントが発生。

スタッフもことの成り行きを静かに見つめています。

どうしよう。。。


私は対処に困ってオロオロするばかりでしたが、そこは流石のYen。

すかさず傍に寄り添って、優しく声をかけてました。

Yen、お前そりゃーモテるよ。


その後も場の空気を明るくしようと努めて明るく振舞うYenを眺めながら、私は「なるほどね」とすっかり傍観者を決め込んでいたのですが、突如Yenが

「ほら、ショーはメチャクチャ登りが速いんだ。あっと言う間に見えなくなってしまうんだよ。」

と驚きの表情を交えてユーモラスに私のことを女性達に紹介してくれてしまいました。

思いがけないパスに戸惑う傍観者。


どうする?

何言ったら良いの?


気の利いたセリフなんて出てこなくて、内心激しく動揺しながら思いつくまま

「でも、下りになると絶対にYenが追いつくんだよ。膝を痛めてるくせに。」

とリターンパス。

Yenも、近くにいたスタッフ達も笑ってくれて、つられて泣き顔だったブロンド女性も、少し安心したように笑顔。

何とかその場を凌ぐことが出来ました。


その後は穏やかに流れる時の中で美味しい料理に舌鼓を打つことが出来ましたとさ。

めでたし、めでたし。



でも、ノールックパスはもう勘弁です。
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咳き込んで目が覚めました。

鼻には大量の鼻クソと、喉には痰が詰まってました。

トイレに行って痰を吐きましたが、どれだけ吐いてもすっきりしません。

頑張っても喉を痛めるので諦めて、喉の奥に微かに痰が引っかかった感触を残したまま食事にいきました。


どれだけ寝たのか、覚えていません。

アラームをつけずに、心と身体が欲するままに睡眠を貪りました。

貪ったけど、惰眠じゃない。

惰性で寝てた訳じゃなくて、心と身体を回復させる為の積極果敢な戦略的睡眠だから、決して惰眠じゃない。

そう自分に言い聞かせて正当化していたのですが、時計を見たら結構な時間が過ぎていて、あー、ちょっと寝過ぎてしまったなー、と少しがっかりました。

狙って休んだはずなのに、私の心はそれをはっきりと割り切れてなくて、それがダブルでがっかりでした。


食事エリアにいる選手たちの顔ぶれは、総入れ替えになっていて見たことない人ばかりでした。

それでまたまた落ち込みそうになりましたが、たっぷり寝たお陰で頭はスッキリしていていましたし、胃腸の調子も少し良くなった気がしたので、これでやっぱり正解だ、と自分に言い聞かせました。

野菜スープとゆで卵、ポテトの鉄板メニューを食べながら、足首と膝にテーピングを施して、出発のチェックを受けて外に出ました。



正確な時間は覚えていませんが、外はまだ暗かったです。

風がとても冷たくて、夜明け前の一番冷え込みが厳しい時間帯だったかも知れません。

2~3kmほど真っ暗な町の中を走りぬけた後、山に取り付いて登り始めました。


第5ステージは[Gressoney Palazzetto]から[Valtournenche]までの33km。

大きなピークは2776mの[Col Pinter]と、2770mの[Col di Nana]の2つです。

距離が短くてボーナスステージなはずですが、ラクではありませんでした。


動き始めは元気だったのですが、あっという間に失速しました。

全然身体に力が入りませんでした。

せっかく沢山寝たのに、なんなんだよ、と思いました。


スピードが落ちると、エイドからエイドへの移動時間も長くなります。

ますます疲れます。

苦しくなります。

エイドで食べられる物も少なくて、休んでもあまり回復した気がしませんでした。


行動食は、ジェルとブラウニーを使っていました。

どちらも胃腸の負担は少ないのですが、長時間動き続けていると甘ったるい味が気持ち悪くなってくるのが難点です。

無理して食べてましたが、吐きました。

エイドではバナナを食べ続けていましたが、それも吐きました。


身体のエネルギーが枯渇して、とても寒く感じられました。

山から吹き降ろす風はとても冷たくて、手先と足先が冷たくなって、かじかんで来ました。

携行していた物を全て着込んでも、いっこうに温かくなりません。

身体が内側から熱を発してくれないので、着込んでも温かくならないのです。


食べないと。

エネルギーを摂らないと。

エネルギーを摂って、体温上げないと。


食べました。

吐きました。

もう一度食べて、吐きそうになったのを堪えて飲み込みました。

飲み下すとお腹にどんよりと不快感が溜まり、それが走っているうちに下って下痢になって出てきました。

止まって下痢をしていると更に身体が冷えました。


寒い。

あぁ、このままだとヤバイな、と思いました。

[Col Pinter]を越えて、[Champoluc]に下る途中だったと思います。



[Champoluc]までは、行けそうでした。

でも、その先はどうかと言うと、自信がありませんでした。


リタイアするべきかな、と思いました。

リタイアするなら、自力で下山可能なところで判断しないといけません。

それは今なのではないかと思いました。


リタイアした自分を想像しても、不思議と悔しさはありませんでした。

本来掲げていた目標はとっくに叶わないことが分かっていましたし、そうなった今、最終的な結果がリタイアだったからって、どうってこともないと思いました。

ここでリタイアするという判断自体、決して間違ったものではないはずでした。


その瞬間に目の前にエイドがあって、スタッフに「リタイアする?」って聞かれたら、私はきっとリタイアしたと思います。

でも、迷いました。

[Champoluc]に着くまで考えよう、と思いました。

奇跡的に復活したりしないかな、とまだ淡い希望を持っていたのだと思います。



それまでの自分のレースを反芻しながら前に進みました。


ああ、全然ダメだった。

情けない。

なんでこんなことになっちゃったんだろう。


とても惨めな気持ちでした。



Tさん、ごめんなさい。


ここに来て、Tさん登場です。

別に、Tさんの為にって気持ちでやって来た訳でもなかったくせに、そんなことを考えました。

この期に及んで、Tさんの存在をきっかけにして頑張ろうとか、姑息なことを考えていたのかもしれません。

最低です。


ごめんなさい。

俺、全然ダメでした。


霊感ゼロの私には、Tさんの姿は見えないし、声も聞こえません。

だから、脳内のイメージだけです。

イメージのTさん、とても優しかったです。

せめて叱咤したり、罵倒したりしてくれたら、ひょっとしたら私は発奮したかもしれません。

でも、イメージのTさんは生前のままとても優しくて、べっくすは良くやったよ、良く頑張ったよって言うんです。

優しい笑顔しか思い出せないTさんのイメージに、「いや、もっと怒ってよ」って苦笑いしました。

結局しんみりするだけで、全く発奮できませんでした。

人の優しさを力に変えられない自分が残念でなりません。


[Champoluc]へ下る途中で、少しずつ夜が明けて来ました。

眼下に小さな町が見え、対岸の稜線の更に奥には、冠雪した大きな山がうっすらと朝日を浴びて白く輝いていました。

あれが、モンテローザかな。

とても綺麗でした。

その美しさでどうにか復活しないものかと期待したりもしたのですが、ダメでした。

復活の手がかりを得られないことにガッカリして、更にいちいち何かに救いを求めてしまう自分のメンタルの弱さにもガッカリしました。

いよいよリタイアするしかないかな、と覚悟を決めました。



町に下りる途中で、小さな集落を通りました。

殆どの家にはまだ明りが灯っておらず、とても静かです。

その雰囲気は、なぜだかとても物悲しく感じられました。


そんな中、一軒の小さな石造りの建物が目に留まりました。

小さな煙突からもくもくと煙を吐き、窓からは温かな光が零れ落ちていて、その建物には、薄暗く冷たい景色の中でそこだけが優しい暖色で彩られている様な、そんなホッとする雰囲気がありました。

吸い寄せられるように、その建物に向かいました。


中を覗くと、そこは小さなカフェでした。

エイドではないはずなので中に入るのを躊躇っていると、それに気付いたおばさんがドアを開けて中に招き入れてくれました。

お店の中はとても温かく、焼きたてのパンとコーヒーの芳しい香りが広がっていました。


おばさんは笑顔で椅子を勧めてくれて、椅子に座ると美人のおねえさんが熱いカプチーノを持ってきてくれました。

お店の中には、美味しそうなパンやケーキ、フルーツが沢山並んでます。

私が物欲しそうに眺めていると、どれも好きなだけ食べて良いよ、持って来てあげようか、とおねえさんが声を掛けてくれました。

天使だ、天女だ、と思いました。


おねえさんが見繕って持ってきてくれたパンをかじりながら、カプチーノを飲みました。

パン、とても美味しかったです。

ボーノボーノを連呼すると、喜んだおねえさんがおススメのハチミツとジャムを持ってきてくれました。

ハチミツとジャムを塗りたくって食べると、これまた美味しい。ボーノでした。


エイドでもパンはあったのですが、殆ど口にしませんでした。

序盤に少し食べた時はお腹の反応がイマイチだったので、避けていたのです。

でも、ここで食べたパンはとても美味しくて、お腹もすんなり受け入れてくれました。


食べたら少し元気が出て、食欲も湧いてきました。

身体が温まったことで、胃腸の調子も良くなったのかも知れません。

大皿に大量のケーキとパンをよそって来て、ここまでずっと食が細っていた分を取り戻すように食べ続けました。

どれもこれも、本当に美味しかったです。


カプチーノのお代わりを持って来てくれたおばさんがその様子を見て、あなたは本当に元気ね、それなら大丈夫ね、と言って笑いました。


私も、きっと大丈夫だと思いました。

これだけ食べられれば、きっとまだまだ走れる。

それを嬉しい、と感じていました。


タイムとか、順位とか、もうどうにもならないし、どうでも良い。

それよりも、やれることをしっかりやろうと思いました。

それに何の意味があるとか、何になるとかは、後でまた考えれば良い。


だから、頭をからっぽにして最後まで頑張ってみようと思いました。

テーマ:
エイドを繋いでなんとか前に進み続けました。

レースで上手く行かなくなった時の、お約束のパターンです。

あまり先のことを考えず、とにかく目先のことだけ考える。

エイドに着いたら休んで、動いて、潰れたらまた次のエイドを目指す。

それを繰り返して、なんとか次のライフベースに辿り着こうと考えてました。


次のライフベースでは、がっつり休む!

食って、寝て、とにかく休む!

身体も心もリセットして、復活にかけるのだ!


短い距離のレースだとそういう訳にもいきませんが、3日以上かけてゴールするようなエンデュランス系のレースにもなると、そういう判断も必要になります。

自分の身体が今、どんな状態で、何が必要なのか。

普通の状態であれば、それを判断するのはそれほど難しいことではないのですが、レース中となると色々な雑念がそれを邪魔します。

焦りや苛立ち、不安や恐れだったり、気持ちが高ぶり過ぎて判断を誤ることもあります。

そういった余計な感情に流されないように、常に冷静に、平常心を保つ必要があります。

感情で突き進んだ方が良い場面もありますし、意図的に自分でそう仕向けることもあるのですが、そういう時でも、どこかに自分自身を第三者的に置いておいて、客観的に状況を見ることが大事だと私は思います。


とか言いながら、私は正直迷ってました。

雑念だらけでした。

先のことを考え過ぎないようにしようと思っているのに、結局先々のことや、今更のように、何を、何のために、なんて考えてしまう。

そして、迷子になりました。


ライフベースで長時間休んでしまったら、目標タイムにはもう届きません。

既に予定より大きく遅れていて、目標タイムを追うのならば、一刻の猶予もありませんでした。

猶予がないと言うよりも、ほぼ絶望的でした。

冷静に自分の状態を見れば、休む時間を削って前に進み続けるのは無謀でしかありませんでした。

身体は既にボロボロで、ライフベースで身体を休めなければ、途中で動けなくなる可能性が高いと思いました。

でも、そこで目標を切り替えるという判断がなかなか出来ずにいました。


目標を下方修正して、どこに設定する?

何のために走るんだ?

とりあえず完走?のんびり楽しむ?

いやいや、それはねーよ。とにかく最後までベストを尽くすんだろ?

でも、それで本当に満足できるの?結局、中途半端に終わるだけで、悔しい思いをするだけじゃないの?


様々な考えが浮かんでは消えていきました。

どこまで行っても迷路の出口は見えず、気づくと同じところを行ったり来たりしていました(頭の中の話です)。



私はいつも、どんな状況でも最後までベストを尽くすことが大事、タイムはその結果でしかない、と自分に言い聞かせてきました。

今でもそれは間違っていないと思うし、今後も変わらないと思います。

でも、その時の私は、目標タイムにこだわってました。

自分で掲げた目標を、なかなか手放せずにいました。

なぜ、そんなに頑なになっていたのか、分かりません。


ただ単に、負けず嫌いなだけなのかも知れません。

意地やプライドだったのか、あるいは見栄を張っていたのかも知れません。

休みたい、ゆっくりしたい、と考えてしまう自分に、それはただの諦めや弱さなのではないかと、後ろめたさを感じてもいたかも知れません。


良く分かりません。

自分は冷静で、現状を正しく理解できているはずなのに、そこから導き出された判断に素直に従えずにいました。




187km地点の[Col della Vecchia]を過ぎて暫く進むと、左手の谷に町が見えてきました。

その時、私は勘違いしていて、もうすぐライフベースのはずだ、と思っていました。

次のライフベースは205km地点の[Gressoney Palazzetto]で、もう一つ大きなピークを越えた先にあります。

なぜそんな勘違いをしていたのかは、良く分かりません。

でも、そう思いながら走っていたものですから、私は久しぶりに見えてきたその町にライフベースがあるものだと、すっかり思いこんでしまいました。


陽はまだ高く、明るい時間帯でした。

ルートは徐々に町に向かって下っていて、「よしよし、もうすぐライフベースだ」と私はいよいよ勘違いを深めながら、自分を奮い立たせて前に進みました。

ところが、コースマーキングに従って進んで行くと、町の中を華麗にスルーして再び山に入ってしまいました。


見過ごした?

いや、そんな訳ない。。。


がっくりと肩を落として、前に進みました。

ルートは町からほど近い里山の樹林帯の中を、斜面を巻きながらだらだらと続いていました。

町からはそう離れず、ただ無駄に遠回りさせられている様な気分になります。

テンションだだ下がりで彷徨っている間に徐々に陽は傾き、薄暗くなっていきました。


再び町の中に入った時は、まだうっすらと明るい時間帯でした。

町の中の細い路地を縫うように走って行くと、前方に大きなタープテントが見えてきました。


ああ、やった。

やっとライフベースだ。


休む気満々でテントの中に入ったのですが、すぐに勘違いに気付きました。

テントの中は閑散としていて、数人のスタッフの姿しかありません。

ドロップバッグもありませんでした。


違う。ライフベースじゃない。。。


スタッフに確認しようかと思いましたが、それも虚しくてそのまま進むことにしました。

そこは192km地点の[Niel]だったのだと思います。

ライフベースは、そこから標高2385mの[Col Lasoney]を越えた先でした。


そこからの登りも、下りも、とても長く感じられました。

コースマップを確認すると、[Niel] → [Col Lasoney] → [Gressoney Palazzetto]は、800mアップの1000mダウンほどしかないのですが、数字以上に長く感じられました。

いい加減にしてくれよ、と思いました。


[Gressoney Palazzetto]に向かう下りの途中で、Sさんが追いついてきました。

久しぶりの再会だったのですが、その時は再会を喜ぶ気持ちよりも、ああ、追いつかれてしまった、という失望感が強かったことを覚えています。

負けたくないとか、先にゴールしたいとかいう気持ちではなかったと思います。

ただ、追いつかれ、抜かれることで、自分がダメな状態であることを再認識させられた様な気分になったのです。


Sさんもあまり調子が良くないとのことでしたが、それでも私にはとても元気に見えました。

Sさん、表情に出ないんですよね。

ポーカーフェイス。きっとポーカー強いです。

私も頑張って走っていましたが、Sさんの背中はあっという間に見えなくなりました。



[Gressoney Palazzetto]に着いたのは、夕闇が迫る日没ギリギリの時間だったと思います。

ライフベースは大きな体育館の中でした。

私はライフベースでの過ごし方を迷い続けていましたが、いざ到着すると、「がっつり休む!」と即決しました。

それは、『休みたい』という気持ちに負けただけだったのかもしれません。

でも、今考えても、この判断は間違っていなかったと思います。


Sさんの姿を見つけたので、声を掛けました。

私はここで休んでいくことを告げて、もう少し先に行くというSさんを見送りました。

その後、とりあえず食事。

ここでは野菜スープ(具は残し)とゆで卵、それとマッシュポテトを食べました。

ポテトを食べるのはちょっと勇気が要りましたが、意外と平気でした。

こういう時は、身体が欲しているものを素直に食べれば良いのかもしれません。

ドロップバッグにはお粥が大量に入っていましたが、気が進まなかったので手をつけませんでした。


食後はシャワーを浴びて、その後にマッサージを受けました。

当初のプランではシャワーもマッサージもなしで、食事と短時間の睡眠だけで進む予定でしたが、その時はとにかく快復のきっかけになることを全てやろうと思いました。

その結果は、、、微妙です。

シャワーはとても気持ち良くてリフレッシュできたのですが、マッサージの効果はどうだったか分かりません。

もの凄いゴリゴリ系のマッサージで、私が今まで受けたことのある中で最もパワフルで悶絶モノのマッサージでした。

筋膜リリースのマッサージだったのでしょうか?

それにしても、200km以上山の中を走ってきて少なからず炎症している筋肉を、あんなにパワフルにもみこんで良かったのか、今でも疑問です。


マッサージを終えた後、仮眠所にいきました。

仮眠所は食事をするエリアから少し離れた奥にあり、暖房が入っていて、照明も落としてあり、とても快適でした。

ベッドに横になると身体も頭もずしりと重く感じられて、瞬時に眠りに落ちました。

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