走るんです!

山が好き。
走るのが好き。
翔ぶのが好き。

もっともっと、観たことのない景色と、感じたことのない感動を求めてチャレンジを続けたい。

自身の備忘録として記録しており、更新は不定期で非公開です。

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【CP1:番場島 8月7日(1日目)03:04】

番場島に到着してテントサイトの炊事場に行くと、朽見さんの姿があった。

「良いペースですね」と笑顔で話しながら水道の水で顔を洗い、身体に少し熱がこもっている感じがしたので、首筋、腕、脚を濡らして冷やした。


これからいよいよ北アルプスに入る。

まず目指すのは、標高2999mの剱岳だ。

番場島から剱岳へと続く早月尾根は、北アルプス三大急登に数えられる結構厳しいルートではあるものの、トレーニングでは何度も登っているし、身体の調子も良いので不安は無い。

むしろ、いよいよ山岳区間に入るんだ、と思うとワクワクして、自然と口元が緩んだ。


先に準備を終えた朽見さんが出発し、私もストレッチやマッサージをした後、ボトルに水を満タンに補充して出発した。

早月尾根の途中には早月小屋があるので、当初はそれほど大量に水を持つ必要はないと考えていたけれど、予想以上の蒸し暑さで汗の量も多かった事から、水を多めに持った方が良いと判断した。

重くなるのは嫌だけれど、序盤は慎重過ぎるくらいに慎重に行った方が良い。


登山口に向かうアスファルトの道を登って行くと、前方から強烈なライトで照らされて、沢山の人が拍手で迎えてくれた。

時間も時間だし、一般の登山客に迷惑になるんじゃないかと心配になる位の歓待ぶりで、ちょっと申し訳ない様な気分で控え目に歓声に応えながら、そそくさと登山口へ向かった。


登山口手前の石碑に一礼してから、登山口に入る。

ここから頂上まで、標高差2200mを登って剱岳山頂を目指す。


真っ暗な樹林帯の中をぐいぐいと登り、時折なだらかな場所に出ると小走りで走り、再び急登になると呼吸に合わせて一歩一歩大事に登った。

夜の山はとても静かで、控え目な夏虫の鳴き声と、時折遠くで響く鳥の囀りの他は何も聞こえず、全てが眠りについた様に静寂に包まれている。

酸素を効率良く取り込む事を意識して吐き出す自分の呼吸音だけが、その静けさの中でリズミカルなベース音の様に低く響いた。


楽しい。

山を独り占めしている様な、そんな贅沢な気分だ。

気分を良くした私は、少しずつペースを上げていった。



暫く進むと、前方にヘッドライトの灯りが見えてきた。

朽見さんかな、と思うと追いつきたくなったけれど、無理にペースを上げても良い事はないので、マイペースで進んだ。

ペースは殆ど同じくらいらしく、暫く距離は開いたり、近づいたりを繰り返したけれど、傾斜がなだらかな場所が少し続いた所で追いついた。

朽見さんは私が追いついた事に気付くと、「先に行きますか?」と聞いてくれたけれど、ペース的にはほぼ同じくらいだし、ここから先、傾斜が急な区間が続いていくと朽見さんの方が早そうなので、そのまま後ろで進ませてもらうことにした。


時折言葉を交わしながら、ついたり離れたりして進む。

後ろから見ていると、朽見さんの登りは動きに一切の無駄がなくて、とてもリズミカルで軽く、そして力強かった。


朽見さんが、今大会において高い目標を見据えている事は知っていた。

私の勝手な印象だけれど、朽見さんは勤勉且つ緻密で、慎重さと大胆さを兼ね備えた人だ。

そんな彼が高い目標を掲げる以上、当然、それに相応しいだけの努力を積み重ねて来た事は疑いようもなかったけれど、実際にその力強い姿を目の当たりにすると、その背中はとても大きく見えた。


調子良さそうだな、と思うと、こちらまでワクワクした。

朽見さんは、大っぴらに表面には出さないけれど、とても情熱的で人情に厚い人でもある。

私が2年前に落選した後、ことある毎にさりげなく気に掛けてくれたし、今回、私が本大会に進める事が決まった時に、最初に祝福のメッセージをくれたのも朽見さんだった。

この2年の間、ここまで辿り着くのに、その存在がどれだけ励みになったか分からない。


朽見さんだけじゃない。

2年前の大会で知り合った選手の多くが私の大会出場を喜んでくれて、祝福してくれた。

だから、私は皆と同じ舞台に立てる事が凄く光栄だったし、本当に嬉しかった。


自分が過ごして来た2年間を、その集大成をレースで見せたい。

言葉で気持ちを上手く伝えられない私は、本大会の出場が決まってから、ずっとそう思っていた。




暫くつかず離れずで進んでいたものの、徐々に距離が開いて私は遅れていった。

何となく、身体が重い。


少しペースが早過ぎたのかも知れない。

ペースを落としてみたものの、状態が良くなることはなくて、更に眠気が襲って来てフラフラする。

つい先程まで見えていた朽見さんの背中は、あっという間に見えなくなった。


変だ

こんなはずじゃないのに


高山病の症状だと思って立ち止まり、暫く深呼吸を繰り返しながら休んでみたけれど、再び動き出すとやはりペースは上がらない。

この区間は何度もシミュレーションをして来たし、この位のペースで潰れるはずが無かった。

体調だって、悪くないはずだ。


でも、上手くいかない。

ざわざわと心の中が泡立ち、焦った。


ペースが上がらない私を、船橋さんが軽快に追い抜いていった。

細身な船橋さんはストックを使わず、ひょいひょいと軽い身のこなしで登っていく。

少し頑張ってついて行こう、と思っても全くついて行けず、船橋さんの背中はどんどん遠ざかっていく。



ああ、やっぱり上位の選手は強いな

自分は、なんて身の程知らずだったんだろう



楽しかった気分は霧散して一気に暗く落ち込み、さっきまで明るく浮かれていた自分にすら腹が立った。



あんなに頑張ってきたのに、結局自分はこの程度なのか?

これまで頑張り続けて来たあの時間は、いったいなんだったんだ?



肝心な時に力を出せない自分が情けなくて、悔しくて、恨めしかった。




なんで?

なんでだよ?



泣き出しそうになりながら、何とか一歩一歩脚を踏み出して登り続ける。


まだ、レースは始まったばかりだ。

最後まで、絶対に諦めたりしない。


でも、その先には楽しい事なんて、一つも想像出来なかった。
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スタートのコールと同時に選手達がゆっくりと動き出した。

スタートゲート周辺は沢山の人が応援に来てくれていて、花道を作って選手達を送り出してくれている。

だいたい、人一人が通れるくらいのその花道を、選手達はハイタッチしながらゆっくり歩いて通っていった。

先は長いし、一分一秒を争うレースではないので、のんびりとしたスタートだ。

私も選手達がぞろぞろと通って行くのに紛れて進んだ。


次々出てくる手にハイタッチで応えながら進み、ある程度人の波が途切れて、さて走ろうか、と思った時にはサイクリングロードの上にいて、早月橋の手前にいた。


しまったー。いきなりミスった。


スタートからはまず、劔岳への登山口がある番場島まで早月川沿いに約30kmのロードを進む。

途中まで幾つものルートがあるけれど、大きく分けると早月川の右岸を進むコースと、左岸を進むルートがある。

早月橋を渡って左岸を進むコースは道が明瞭で分かり易く、右岸を進むコースは道が細くて暗くやや分かり難い。

その代わり、右岸を行くコースは距離が短いので、多くの選手は右岸を行くコースを選ぶ。

私も、そうするつもりだった。

右岸を行くには、土手の上のサイクリングロードには上らずに、ミラージュランドの駐車場を突っ切って川沿いに進まなければならない。


一瞬、迷った。

左岸を行っても、右岸を行っても、その差は数百メートル程度のもので、全長415kmのレースである事を考えれば、それは殆ど誤差でしかない。

左岸のルートも試走した事があるので道は分かっているし、僅かな距離とは言え、引き返すのは面倒でもある。

とは言え、始めのレース展開と位置取りが、後々まで大きく影響する事も考えられた。


色々考えはしたものの、出来るだけ計画に沿って動いた方が安心感があるので、少しロスしても引き返すことに決めた。


サイクリングロードを引き返すと、土手の上を引き返す私とすれ違う様に、下にある駐車場をヘッドライトをつけた選手が次々と駆け抜けて行くのが見えた。


出遅れたなー、と思いながら、途中にあった階段を下り、ほぼ最後尾から集団を追う形になった。


でも、それこそ誤差だ。

レースは長いし、まだまだ始まったばかり。

こんな事で焦ったり、落ち込んではいけないと、自分に言い聞かせた。


大きく深呼吸をして空を眺めると、星がキラキラと沢山瞬いているのが見えて、ああ、全然大丈夫だ、と思った。




徐々にペースを上げて先行する選手を拾って前に出た。

途中で村上さん、米田さんに会って、握手してお互いの健闘を誓い、先行した。


気温はそれほど高くないけれど、湿度が高くて風がなく、蒸し暑くて一気に汗が出る。


暑い。

肌にまとわりつく様な、少し息苦しい様な暑さだ。


フロントにつけている2つのボトルには1リットル水が入っており、途中で自販機もあるので水切れになることはない。

ただ、大量に汗をかくと電解質のバランスとか色々気を使う事は出てくるので、勢い任せで行かずに、ペースと汗の量、給水と補給を考えながら、冷静に、丁寧に走ろうと自分に言い聞かせた。



駐車場を抜けて河川敷の細い道に入ると、そこからは街灯のない暗い道が続く。

早月川緑地のテントサイトを抜けると野球場などの広場があり、先行する集団のヘッドライトはそのまま河川敷沿いを進んでいたけれど、私はそこで迂回路に向かった。

何度か下見をしたけれど、迂回するルートは綺麗に舗装されていて、最短ルートの河川敷より走り易い印象があった。

距離は少し長くなるけれど、夜間はストレス無く走れる方が疲れないと判断して、迂回するルートを選んだ。


浅生の交差点で橋を渡って左岸に移り、そこからは農道を通って用水路沿いに進んだ。

前後、全く選手がいない。

レース序盤で単独になるのも変な感じだったけれど、単独走が好きな私は結構良い気分だった。


気分良く農道を走っていると、前方の横道からヘッドライトが次々に飛び出して来た。

横道から出てきた選手達は途中で私が追い抜いてきた面々で、迂回ルートは思っていた以上に遠回りだったんだな、と気付いてちょっとショックだった。



大浦の集落で農道から県道に合流すると、そこから先は番場島まで一本道だ。

少しずつペースを上げて、また一人、二人と捉えて前に出る。

途中、賑やかな雨宮さん&佐幸さんペアに追いつくと、

「もうずっと先に行ってると思ったよ」

と言われて、地元のくせに遠回りしてしまった事がちょっと恥ずかしくて、苦笑いした。

大浦の集落では、深夜にも関わらず道路沿いに出て応援してくれている人達がいた。

凄くありがたい。

夜も遅いので、手を振りながら小声で「ありがとうございます」と応えて駆け抜けた。



集落を離れると、そこから先は殆ど建物のない寂しい道が続く。

再び前後にランナーの姿がなくなり、単独になった。

山に近づくにつれて街灯もまばらになり、いつの間にか両側は背の高い針葉樹に
囲まれており、月明かりも射さなくて視界は墨で塗りつぶした様にどっぷりと暗い。

真っ暗闇の中に自分のヘッドライトだけが心許ない光を落としていて、私は自分のストライドに合わせてリズミカルに揺れるその一点の光を見つめながら、淡々と走り続けた。


視覚情報が少なくなったからだろうか、妙に耳から流れ込んでくる音が鮮明に聞こえる。

メインで聞こえてくる音は、自分が刻むリズミカルな足音と、道沿いを流れる川の音だったけれど、よくよく耳を澄ましてみると、何かに驚いたように時折響く鳥の鳴き声や、風が草を揺らす音と共鳴する様な、夏虫の鳴き声も聞こえた。

凄く遠くで、なんとなく控えめに鳴いている様に感じられるアブラゼミの鳴き声も聞こえる。


そういえば、蝉って夜は鳴かないんだっけ?

今、鳴いているあいつは、慌てん坊か、あるいは寝ぼけて鳴き出したとぼけたヤツなのかな?


そんな事を考えていると、少し楽しくなった。



上市駅からの道と合流する交差点の手前で、前方にゆらゆらと揺れるヘッドライトが見えた。

少し上り傾斜がキツくなった所で距離を詰め、「こんばんは」と挨拶すると、岩崎さんだった。

岩崎さんとは2年前に南アルプスを縦走している時に会って、色々とお話を聞かせてもらったことがある。

親切で、謙虚で、誰にでも凄く丁寧に接する印象の方で、沢山の人から愛されているのも、そういう人柄によるものなのだろうな、としみじみと感じた。

当時、落選した直後だった私を気遣ってくれて、岩崎さんは自身が過去に選考会で落選した事や、やっと出場できた本大会で完走できなかった時の事など、ちょっと話しにくいだろう事まで事細かに話して聞かせてくれた。

私が抽選で落選した事も、「1回目で選考会を通過するだけでも、十分胸を張って良い」と言ってくれて、私はその言葉に随分救われた事を覚えている。


それ以降は交流も殆どなく、私の事を覚えてくれているかも怪しいし、その上暗くて気付いてもらえないかな、と思ったけれど、岩崎さんは私をパッと見て

「ようこそ」

と言って、ニコリと笑ってくれた。

その一言だけで、凄く嬉しかった。



番場島が近づくにつれて、道の傾斜は段々と急になる。

空気はややひんやりして来た様に感じるけれど、登りを走ると一層汗が出る。

気付くとショートパンツがぐっしょりと濡れていて、腕も脚も、全身汗が滴っていた。

それでも体調は悪くなくて、ある程度の傾斜になっても心拍数も大して上がらずに走り続ける事が出来た。


脚が軽くて良く動くし、どこにも痛みや違和感もない。

身体が温まってきて汗は良く出るけれど、その分、身体が軽くなって、寧ろ良く動く感じだった。

私は意気揚々と上り坂を走り続け、傾斜が特に急な場所では歩きを少し入れて脚を休ませた。


大丈夫。

自分は冷静だ。

上手くいっている。


レースは始まったばかりで、まだまだこれからだけれど、自分の身体の仕上がりに手応えを感じてテンションが上がった。



発電所を通過し、番場島の入口が見えて来た。

いよいよ、北アルプスに入る。


ここまでのロードは、ウォーミングアップみたいなもの。

レースは、これからだ。
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ジー、ジー。

蝉の声で目が覚めた。

ああ、アブラゼミだな、とぼんやりとした頭で蝉の鳴き声に気付き、むくりと身体を起こす。

8月6日の土曜日、TJAR出発の日だ。


そんなはずもないのに、蝉が鳴いているのを聞いたのは、今年初の様な気がする。

今の今まで蝉の声に気がつかなかった事を不思議に思いながら、まだ少し眠たい目をこすって窓の外を眺めた。


網戸のかかった窓からは、控えめな雑踏と共に燦々とした夏の陽射しが「これでもか」、と言わんばかりに部屋の中に注ぎ込んでいる。

触れたら焼けそうな、いかにも強烈なその陽射しは、小さなサンルームに放り出されたままの洗濯物をじりじりと焼いて、ポリエステルの白いTシャツの上でぎらぎらと光った。


前日、私は仕事を終えて帰宅すると、簡素な食事を終えて早々にソファに横になった。

最近はリビングのソファと寝室のベッドとで、8対2くらいの割合でソファで寝る。

以前からソファで寝る事もたまにあって、それはテレビを見ながら動くのが面倒くさくなったり、たまたまリビングの方が気持ちの良い風が通る日だったりという程度の理由だったけれど、段々と寝室が散らかって来るにつれてベッドで寝る機会が減っていったのだ。

ここ最近は特に、TJARの準備でバタバタしていて、寝室は殆ど物置の様な状態になっている。

色々なギアをとっかえひっかえ試し、レースのシミュレーションをしながら、ああでもない、こうでもない、と思索を巡らせている内に、寝室はいつの間にか出来損ないの研究室のような、高校の運動部(しかも思い切り泥臭い系の)の部室のような有様になってしまった。


青春時代を過ごした防衛大学校では、厳格な規律の基で規則正しい生活をし、整理整頓も完璧が過ぎるくらいに出来ていたのに、自由を与えられて30の半ばを過ぎたオッサンになった現在、それが出来なくなっている事が少し恥ずかしい。

よくよく見ると、ずっと掃除していない窓の縁には、埃やら砂やらがたっぷり溜まっていた。


不意に妙な焦燥感に駆られた私は、まずは寝室に行って整理整頓をする事にした。

TJARの準備も終わり、中間地点の市野瀬とゴール地点へのデポの荷物も郵送済みなので、散らかりまくっていた寝室も幾分物が減って少し広くなった様に感じる。

ベッドの上にはレースでボツ採用となったギア達が乱雑に放り出されており、なんだかベッドも、ギア達も恨めしそうに自分を見つめているような気がして申し訳ない気分になる。

はいはい、すぐにやりますよ、と心の中で呟きながら、大学時代に培ったノウハウを駆使し、手早くパッと見だけ片付いた風に仕上げると、続けて窓の掃除にとりかかった。

使い古してボロボロになったタオルを雑巾代わりにして埃と砂をふき取り、これまたパッと見だけはキレイにしておいた。

厳しい検査官や、意地の悪い姑に見られたら、たちまちボロが露見してしまうレベルだけれど、誰に見られるでもないのでそれで十分だ。

私は気持ちキレイになった部屋でそこそこに清々しい気分になり、コールスローのサラダと味噌汁、プロテインの朝食をとった。


食事を終えた時、時間は9時を少し回っていた。

富山市内の私の家から集合場所のミラージュランドまでは、電車に乗ればすぐに行ける。

受付時間は16時~19時半で、それまではフリーだ。

そこそこ余った時間をどうやって過ごすか思案したけれど、何をどうするとも思いつかなくて、何となくテレビをつけた。


ポチポチとチャンネルを変えてみると、殆どオリンピック一色だった。

世間はまさに今、オリンピックで盛り上がっているのだ。

そういえば、いつの間にかオリンピックにも関心がなくなったなぁ、と思う。

以前は100m走とか、柔道とか、人並みに興味を持って、応援もしていたけれど、今では特別関心のある競技も、応援する選手もいない。

歳をとるってそういう物なのかな、とも思うけれど、両親や兄弟が、昔は全く関心を示さなかった正月の箱根駅伝などを、ここ近年になって熱心に応援していたりするのを見ると、自分だけ逆のベクトルに突き進んでいる様に思えて不安になったりもする。

改めて考えると、やはり物事に関心が無くなるって事は、如何にも老衰していく様で、人としてダメな傾向に思えた。



でも、良いんだ。


自分はオリンピック一色の世間から離れて、これから一週間、最高の気分で山旅を楽しむんだ。

そう思うと、心の中の自虐的な暗い思考も、ふわりとどこかに消えていって、堪らなくワクワクしてきた。


今の俺は、無敵だー。

そんな感じだった。



ギリギリまで身体を休める事にして、テレビを消してソファに横になり、目をつぶった。

レースが始まれば、睡眠時間をギリギリまで削って進み続けることになる。

十分な時間寝る事が出来ないのは勿論、寝る環境も快適ではないので、質の良い睡眠も期待できない。

眠気は無かったけれど、"目をつぶるだけでも脳は休める"という、どこかで聞いた事のある説に寄りかかって、
(脳よ、休め!)
と唱えてぎゅっと目をつぶったまま過ごした。



ジー、ジー。

相変わらずアブラゼミが鳴いている。

ああ、やつら子孫を残す為に必死なんだよな、大変だな、とか考えていると、目をつぶって真っ暗な視界の中で彷徨っている自分が、地中を徘徊しながら地上に出る日を待ちわびている蝉になった様な気がしてきた。


蝉は、地上に出たら1週間しか生きられない。

その1週間で声の限りを尽くして叫び続け、飛び回り、子孫を残し、全てを出し切って死んで行く。

子供の頃、不思議に思って、両親や学校の先生に質問した事を思い出した。


蝉はなぜ、地上で1週間しか生きられないの?

外に出ずに地中にい続けたら、死なずにいられるの?

僕は死にたくないから、外に出てすぐ死んじゃうより、地面の中で生き続ける方が良いな。


子供の頃の自分には、蝉がまるで死ぬ為に地上に出て来ている様に思えて、それが全く理解出来なかった。

当時、両親も、先生も、私の質問に対して納得する答えを返してはくれなかったけれど、今では何となく納得出来る。


自分も蝉だな、と思った。

レースを終えて死ぬつもりはないけれど、自分も数年をかけて己を鍛え続けて来て、今はじっくりと鋭気を養い、そして、これからの1週間でその全てを吐き出す。

おお、何だか格好良いじゃないか。

私はこれからレースに臨む自分と、これから地上に出て行こうとする蝉を重ね合わせて、ふとそう思ったのだけれど、やっぱり良く考えてみると、後に何も残せない自分より、子孫を残す蝉の方が随分と立派だと気付いて少しがっかりした。



いつの間にか眠りに落ちていたらしく、15時に設定したアラームにビクっと弾けるように身体を起こした。


ジー、ジー。


まだ陽が高く、陽射しも相変わらず強い。

頭がぼんやりして、なんだか起きるのがダルいなぁ、と思ったけれど、全身にべっとりとかいた寝汗をシャワーで流してサッパリすると、頭も身体もシャキッとした。


家を出るまでにやるべき事は、予め決めている。

現地に向かう前にしっかり食べて、それから時間に余裕をもって出発だ。

私は大量のパスタを茹でてカルボナーラとペペロンチーノを作って胃の中に流し込み、最後にもう一度装備チェックをしてからミラージュランドへ向かった。



ミラージュランドへは、トレーニングで何度も足を運んでいる。

ただし、いつもは走るか、自転車かで、電車で行くのは初めてだった。


地鉄で富山駅へ行き、そこから"あいの風とやま鉄道"に乗り換え、東滑川駅で下車してミラージュランドへ向かった。

道は全く分からないけれど、駅の周辺は長閑な田園地帯で高い建造物もなく、とりあえず日本海の方向へ少し歩くとすぐにミラージュランドの観覧車が遠くに見えた。

あとは観覧車を目標にして適当に歩けば良い。


田園風景の続く細いアスファルトの道をテクテク歩いていくと、途中にある小さな公園では夏祭りの準備をしていた。

大人も、子供も、皆一様にウキウキしていて、凄く良い表情をしている。

自分が子供の頃もそうだったな、と思う。


西陽を浴びた夏草が黄金色に輝き、暫くして太陽がすっかり沈むと、そこかしこに吊り下げられた色とりどりの提灯や灯篭に灯りが点り、そこは一気に幻想的な世界に変わる。

人の喧騒や出店で焼く食べ物の匂い、スピーカーで流される音楽や鳴り物の音に、訳もなくワクワクするのは大人になっても変わらない。

あの頃は、自分が大人になってこんな事をしているなんて、想像もしなかった。

人生って、不思議なものだ。


私は夏祭りの熱気に少し後ろ髪引かれながら、ミラージュランドへの道を急いだ。



ミラージュランド沿いを通る大きな道路に出ると、そこから真っ直ぐ観覧車を眺めながら歩いた。

道路を走る車はまばらで、人通りも少なく、何となく、ガランとした印象だ。

観覧車も止まっていて、ミラージュランドの入り口近くまで来ても駐車場に車も殆ど停まっていないし、園内に入っても人の姿が殆ど無い。


本当に今日スタートだっけ?

日を間違って来ちゃったんじゃないか?


段々と不安になったけれど、受付会場のミラージュハウスに向かうと荷物を運んでいる実行委員の畑中さんの姿があり、ホッとした。

挨拶をして、2回が受付だと教えてもらって建物に入った。


受付をしている部屋に入ると、いきなり間近でカメラを向けられてギョッとした。

今回はNHKの撮影が入ると聞いてはいたけれど、いざカメラを向けられると、何だかこそばゆい。

どんな顔をして良いのか分からないし、自ら上手い事を発信する事も出来ないので、とりあえず声を掛けられない限りは完ムシで行く事に決めた。


受付で名前とゼッケン番号を告げると、参加賞のvictorinoxのマルチツールと、ザックゼッケン、ビブス、露営用ゼッケンを渡された。

白い生地に『TJAR』の文字が入ったビブスは、自分が長年憧れ続けたTJAR選手の象徴だ。

内心、かなり感動していたけれど、すぐに装備チェックなので、そそくさと移動して装備チェック用に用意されたテーブルの上にあれこれと装備を取り出して並べた。


ここまで来て、装備不備の為出られません、では、泣くに泣けない。

装備チェックは事前に自分で何度もしていた事もあり、問題なく終わってホッと胸を撫で下ろした。



後は開会式まで時間を潰すだけだ。

私はたまたま隣で一緒に装備チェックを受けていた閣下と合流し、控え室に移動して時間を潰した。


だらだらと過ごしていると、段々と選手が増えて来て、賑やかになって来た。

半分以上は過去に本大会に参加した事がある選手だし、初参加の選手も事前にレースなどで繋がっている人が多いらしく、控え室の中はちょっとした同窓会の様な雰囲気になっている。

私はあまり知っている選手が多い方ではないし、社交的な性格ではないので、こういう時はどうも肩身の狭い思いをする。

でも、今回は閣下が側にいてくれる事で、私は大分助かった。

閣下と雑談しながら過ごし、顔見知りの選手を見つけたら一言二言、声を掛けて健闘を誓い合ったりした。



段々と手持ち無沙汰になり、控え室でぼけっとしていると、NHKの人に取材を依頼された。

私は取材の類は正直苦手だけれど、大会中の撮影に関しては大会参加時の同意書で承諾しているし、ここは大人しく受けるしかない。

外に連れ出されてカメラを向けられ、あれこれと質問を受けた。


現在の心境とか、
大会を目指すきっかけとか、
大会に向けてどんな準備をしてきたかとか、
そんな事を、次々と聞かれて、どう答えたか詳しくは覚えていないけれど、一つ一つ思い出しながら、なるべく間違いの無い様に正確に答えた。


今大会の目標を聞かれ、私は

「6日以内にゴールする事です」

と答えた。

おお、それじゃ優勝狙いですね、と言われたけれど、私としてはそんなつもりは全く無く、ただ自分のギリギリの所まで絞りきれば、そこを目標に出来ると思っての事だった。

他人は、関係ない。


私が、そうじゃありません、と答えても、結局上手く伝わらなかった様で、

「自信はあるんですか?」

「初出場なんですよね?」

と、続けて色々聞かれ、私はポーカーフェイスで当たり障り無い返答をして誤魔化しながら、

「うっせーな、黙って結果を見てろよ」

と心の中で呟いた。



開会式の時間の少し前、私は控え室を出て一足先に会場に向った。

お目当ては、応援に来てくれたパラグライダースクールの皆と合流する事だった。

場所は特に示し合わせていなかったけれど、会場の一角で例のパラグライダーを模した巨大な応援バナーを組み立てている集団がいたので、すぐに分かった。


私が近づいていくと皆笑顔で迎えてくれて、私はいつものその優しくて穏やかな雰囲気に、心からホッとした。

最高に居心地の良いその空間に包まれて、私は一瞬でリラックスする事が出来た。



開会式が始まって壇上に上ると、思いのほか、沢山の人達が集まっていて驚いた。

開会式は偉い人達の挨拶から始まり、続いて各選手の紹介と続く。

私はそれを、何だか卒業式か何かみたいだな、と他人事のように眺めつつ、会場の一角で強烈な存在感を放っている私の応援バナーを眺めては、応援に来てくれたパラのメンバーに目配せしてニヤニヤしたりした。


開会式は滞りなく終わり、続いて控え室に戻ってブリーフィングが始まった。

ブリーフィングではルールの確認、歩行区間、ヘルメット着用区間の確認などの説明と、質疑応答があった。

内容は事前に資料で伝えられていたものが殆どで、特別新しい情報はなかったと思う。


NHKの撮影スタッフの挨拶もあった。

レース中に密着してあれこれインタビューしたり、撮影したりするけれど、どうしても嫌な時は言ってくれればそれ以上は追い込まない、という事だった。


ぶっちゃけて言えば、私は自分のレースを他人にあれこれとほじくり返されたり、面白おかしく演出されたりしたくない。

とりあえず無視だな、と思った。

好きに撮ってもらって、あとは煮るなり焼くなり、好きにしてもらえば良い。




ブリーフィングが終わった頃には、スタート時間まで1時間ほどになっていた。

事前に渡されたタイムスケジュールを見た時は、だいぶゆったりとしたスケジュールに思えたけれど、いざ当日になってみると結構あっという間だ。



各自、時間までにスタート位置に行くようにと言われていたので、私は早めに控え室を出て、応援に来てくれているパラの人達の所へ行った。

皆と一緒にいると緊張感を忘れて、いつも通りのゆったりとした気分で過ごす事が出来る。

その時は、その空気に少しでも長く触れていたかった。


本当に、ありがたい事だ。

自分にこんなにも温かくて、優しい場所が出来るなんて、少し前には考えられなかった。

自分はきっと、とても幸せな人間だと思う。


凄く感謝している。

だから、何かしら恩返しがしたい。

応援してくれる皆に喜んでもらいたい、そのためにも、全力で頑張ろうと、私は静かに闘志を燃やした。




スタートの時間が迫り、ぞろぞろと連れ立って海岸に移動した。


静かに波打つ日本海に触れて、大きく一つ深呼吸した。


ドク、ドクと鼓動がやたらとうるさい。

いよいよ、始まる。




スタートゲートへ移動して、点呼して全メンバーが揃っている事を確認した後、実行委員長の飯島さんから掛け声があって、選手皆でそれに応えた。


私にはそれが、

「ニューヨークへ行きたいかー」

みたいな、そんなノリに聞こえて、程良く緊張が解けた。




10、9、8...


カウントダウンが始まる。

ああ、ついに始まるんだ。




5、4、3、2、1、0!



日付は8月7日に変わり、私達はゆっくりと日本海を旅立った。
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目標を追い続けていると、色々な事がある


嬉しい事や
楽しい事が
ちょっとだけあって

それとは比較にならないくらい

苦しい事や
辛い事や
悔しい思いをする事が
沢山ある



上手く行っている時は
毎日が充実していて、凄く楽しい

でも、全てが順調に行く訳もなく

何もかもが裏目に出るような時は
自分自身の無力感に耐え切れず
自分の存在を、この世から消してしまいたくなる事もある


人それぞれだと思うけれど

抜きん出た才能もなく
不器用で
運にも恵まれない

いわゆる"持っていない"自分は


「ワリに合わないな」って思う事が沢山ある




人付き合いが苦手な私は
辛い事があると、すぐに自分の殻の中に閉じこもり
色々なものを遠ざけて、無神経に傷つけてしまう


努力して結果を残し
周囲を明るく照らす
そんな人達の存在を羨み、嫉妬したり

私を気遣ってくれる人達の優しさを
素直に受け容れられずに拒絶したり


きっと、私の周りには
私の理解不能な言動や、振る舞いのせいで

不快な思いをしたり
心を痛めたり
迷惑を被った人達が
沢山いると思う



我ながらクソだな、と思う



私は、そういう自分の事が大嫌いだ




いつでも明朗で、爽やかで
人当たりの良い好人物でありたいと
心のどこかにそんな願望はある


でも

実際の自分は
そんな良く出来た人間じゃない


利己的で
自分勝手で
鬱陶しい位にネガティブで
見栄っ張りで嫉妬深い

それが本当の自分だ


自分でそれを自覚し、認めていても
他人にそう思われるのは、やっぱり辛い



だから

人と距離をとり
自分自身と静かに向き合う事が
自分にとって一番ストレスが無く
一番、自分に正直でいられる方法だったのだと思う



いずれにしても
それは自分自身の身勝手なエゴに凝り固まった
無神経な振る舞いだったと思う


自分がやって来た事を正当化するつもりは毛頭ない

恥ずべき事だと思うし、反省している




それでも私は、後悔してはいない


やっぱり私は、自分の想いに正直に生きたい

本当にやりたい事
やり遂げたい目標の為に
自分の全てを懸けて挑戦してみたい



無責任な大人が言う

『諦めなければ夢は叶う』

とか

『努力は必ず報われる』

なんて子供だましを信じている訳ではない


現実には
どれだけ頑張ってもダメな事の方が
圧倒的に多い





でも


努力は、時々報われる




そんな時は

苦しかった事も
辛かった事も
悔しい思いをした事も
全てが自信になる

乗り越えた自分を
少しだけ好きになれる


私はきっと、その瞬間が好きで
いつも何かを追いかけていたいのだと思う




今更、贖罪なんて求めない
自分の為に頑張りたい

ずっと、そう思ってやって来たし
それだけで良いと思っていた


でも
今はもう少しだけ、思うことがあって


私を見守ってくれた人達、
応援してくれる人達の思いに応えたい

私が頑張る事を喜んでくれる人達と
一緒に喜びを分かち合いたい

今は、素直にそう思う





ずっと追い続けて来た目標まで
やっと
あと少しと言う所まで来た


無事にゴールまで辿り着く事が出来たなら

きっと私は

少しだけ強くなって
少しだけ優しくなって
少しだけ、自分を好きになれると思う






頑張ろう

自分の全てを出し切って
力いっぱい楽しもう






自分の限界を超え
全てを乗り越えた先にあるもの



それを
必ずこの手に掴み取って来ます

テーマ:
抽選なしで本大会へ進める事が分かった時点で、7月はコースの試走をしながらレースの準備を進める事に決めた。


私は山に行く時はいつも単独だけれど、7月の試走では閣下と共に中央アルプスを歩いた。

選考会では各選手、様々なドラマがあったと思うけれど、個人的に最も衝撃的で嬉しいサプライズだったのは、閣下の選考会通過だった。

選考会の帰路で話をした時は、閣下自身がほぼ諦めムードだった事もあり、私はきっとダメなのだろうと思っていた。


私は内心、

(閣下、本当にお疲れ様でした)

と思っていたし、それと同時に頭の中で、

"大浜海岸に辿り着いたら、応援に来てくれた閣下の腕の中で喜ぶ"

というゴールシーンを描き、何ならゴールで待機中に情報難民になる事がほぼ確実な私の両親のサポートまで、厚かましくお願いしようと企んでいた。


そんな中で知らされた閣下の選考会通過の知らせに、私は驚くと同時に歓喜した。

閣下自身も、

「俺が一番驚いた」

と、その時の事を話している。

確かに知らせを聞いた時はとても驚いたけれど、落ち着いてよくよく考えてみると、閣下の選考会通過は、それほど驚くべき事ではなかった様に思う。

閣下は選考会の2日とも、比較的早いタイムでゴールしていたし、他の審査項目でミスがなければ、十分に選考会を通過可能な内容だったはずだ。

おそらく、閣下は自分を過大評価する事のない慎み深い御人柄なので、選考会における自身の評価が低過ぎたのだろうと思う。


私は心の中で

(ごめんなさい、閣下。みくびってました。)

と謝罪しつつ、妄想の世界で繰り広げられるゴールシーンを、

"先に大浜海岸に辿り着いて、仲間達と共に閣下のゴールを盛大に祝う"

という、今大会最大のクライマックスシーンに書き換える事で自分の罪悪感を誤魔化しつつ、ぽかぽかと暖かくて心地の良い気分を楽しんだ。


選考会を通過して抽選なしと分かった後、閣下から

「本番までの過ごし方を相談させて欲しい」

と持ちかけられ、私は勿論、二つ返事で快諾した。


閣下と一緒にアルプスを歩いていると、それがとても不思議な事に感じられた。

出会った頃の閣下は、"鉄橋を叩いても渡れない"くらいの高所恐怖症で、そんな人がアルプスの山々を越えていく大会に出るなんて想像も出来なかった。

随分前から何かに憑かれた様に頻繁に山に入る様になり、それがTJARを意識したものである事は薄々分かっていたけれど、本当にこんな日が来るとは、正直思わなかった。

私は、脳内の回想シーンと目の前の現実を重ね合わせながら、年齢では随分年上の閣下の姿を、逞しく育った我が子を見るように感慨深く眺めた。



試走は中央アルプスの他、南アルプス、北アルプスと全ての山岳区間に足を運んだ。

本大会では疲労が蓄積して思考力が低下した中で進まなければならないだろうし、ガスって視界が悪かったり、暗くて道が分かりにくい中を進むことも当然ある。

私は常に自分の視界に本大会を見据えたフィルターをかけて、一つ一つの景色を注意深く記憶しながら歩き、走った。


試走をしていると、同じ時期に試走をしていた2年前の事を思い出した。

2年前、私は抽選で繰り上げ候補の1位に選出されており、辞退する選手が出た場合は、私に本大会出場の機会が回ってくる事になっていた。

それは殆ど有り得ない事だと分かっていたけれど、私はその僅かな可能性に備えてアルプスに足を運んだ。

当時、時折溢れ出そうになる涙をこらえながら歩いた道を、私はそこかしこに自分が落とした忘れ物を、一つ一つ拾いながら歩くような気持ちで辿った。

とても良い試走が出来たと思う。



試走を終えた後は、調整に入った。

調整方法はそれぞれだと思うけれど、私は新しい事は何もせず、極力普段通り過ごす事を心がけた。

平日のトレーニング量は徐々に落とし、週末は北アルプスで標高3000mに身体を慣らしつつ、立山山麓のパラグライダースクールでのんびり過ごした。


スクールで過ごす時間はとても居心地が良くて、とてもリラックス出来る。

私がここまで来れたのは、このスクールでパラグライダーをやっていたおかげだ。

ここに自分の居場所があったから、私は山に戻れたし、もう一度走り出すことが出来た。

だから、私はスクールの人達にとても感謝している。


私がTJARに出場する事を知ったスクールの人達は、予想外に喜んでくれた。

口々に激励の言葉をかけてくれて、更にパラグライダーを模った大きな応援用のバナーまで作ってくれていた。

パラグライダーの大会でもないTJAR出場を喜んでもらえる事だけでも意外だったので、バナーを見た時は本当に驚いた。

私はバナーを見た時、物凄く感動して殆ど泣きそうになったのだけど、それを全力で堪えた結果おかしなリアクションになってしまい、逆に申し訳ない気持ちになった。

来世では、もっと素直に喜べる愛嬌と、感じの良いリアクションの出来る社交性を兼ね備えて生まれて来たいと思う。


リアクションには失敗したけれど、私は本当に嬉しかった。

今までTJARを目標にして来て、誰かの為になんて考えた事は一度もなかったから、それを、誰かが喜んでくれて、応援してくれるなんて、想像もしていなかった。


自分の目標は、他の誰かの為のものではなく、自分自身の為のもの。

TJARに限った話ではなく、"目標"はそういう物だとずっと思っていたし、そうやって来た。

今でも、その考えは変わらない。

きっと私は、どれだけ沢山の人に応援してもらっても、「誰かの為に」なんて高尚な気持ちにはなれない残念な人間なのだと思う。


でも、それで良いと思う。

私を応援してくれる人達は、私が頑張る事を応援し、喜んでくれるのだと、私は勝手に解釈している。


だから、私はただひたすら、自分の為に頑張る。

頑張って、頑張って、全てが終わったら

「一生懸命、頑張りました」

と胸を張って報告したい。

そして、応援してくれた人達と、一緒に喜びを分かち合いたいと思う。

その為になら、私はどれだけ苦しくても頑張れると思う。







本大会まで残すところ10日ばかりになった今日、大会出場選手が確定して出場選手のリストが公式HPに掲載された。

私は選手の名前が並んだだけの至って簡素なそのページを、何度も何度も読み返し、自分の名前を確認する度にホッとし、そして静かに胸を熱くした。


私のゼッケン番号は9番。

学生時代にフィールドホッケーに親しんだ私としては、エースストライカーの象徴でもあるその番号をつける事を、少し誇らしく思ったり、いやいや自分なんかが、と気恥ずかしく思ったりしている。

実際はただの年齢順なので、誰もそんな事を思ったり、投影したりはしないのだけど、そんな他愛の無い思考をめぐらす事すら、今は楽しい。

ベッドで横になっていても、ワクワクし過ぎて思わず駆け出したくなったけれど、それをぐっと我慢してストレッチをした。


調整に入ってトレーニング量を落としている事もあり、身体を動かし足りなくてウズウズする。

もっと、もっと頑張らなきゃ、という気持ちが溢れてきて、じっとしていると爆発しそうになる。

でも、今はそれをしっかり溜め込んで、本番で爆発させようと思う。



残された時間は調整を進めながら、ギアのチェック、選定や、行動計画に使う。

レースのシミュレーションは様々な状況を想定しながら、ギリギリまで繰り返すつもりだ。


体調は悪くない。

質・量ともに今までで最高のトレーニングをして来た自信があるし、後は体調管理に気をつけて過ごせば良い状態でレースに臨めると思う。

最高の状態で本番を迎え、そして、全てをぶつけたい。



大丈夫。


きっと出来る。


本大会のスタートは、8月7日の日曜日。


私達は、日付変更と同時に日本海を旅立ち、アルプスの山々を越えて、太平洋を目指す。

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