2012年10月15日 池田宏之(m3.com編集部) 

 今年のノーベル生理学・医学賞を受賞した京都大学iPS細胞研究所所長の山中伸弥氏が10月12日、横浜市内で開かれた「Bio Japan 2012」のセミナーで、「iPS細胞研究アップデート」と題して、約30分間、コーディネーター役を務めた日経BP社特命編集委員の宮田満氏の質問に答える形で講演した。受賞当日の様子から、iPS細胞の研究秘話、今後の研究の展望まで、多岐にわたった講演を再現する(カッコ内は編集部注。山中氏のコメント中、フルネームや所属が不明な名前はカタカナで記載)。


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――山中先生は、3年連続で、ノーベル生理学・医学賞の受賞者を予測で当てていました。今年は誰が受賞すると思っていましたか。

 たくさん素晴らしい業績の方がおられますが、中でもスタチンを開発された遠藤先生(遠藤章・東京農工大学特別栄誉教授)の業績がものすごいですから、遠藤先生が取られるかと思っていました。

――受賞は当日まで分からなかったですか。

 分からなかったですね。前の日に(京都で開催された)「STSフォーラム」のセッションで、その時の司会が(スウェーデンの)カロリンスカ(研究所)の所長でした。唯一のサインと言えば、彼女が別れ際に、ウィンクをしたような気がしたんです。

――ノーベル財団から受賞の電話が来た時、本当に洗濯機を直していた。

 洗濯機自体は壊れていませんが、台がガタガタしていたので、防振のゴムを買ってきて、一生懸命に入れようとしていたら、電話がかかってきました。受賞の知らせの電話の後、「財団のプレスから電話が行くから」と言われたので、そのままの格好でジーッと待っていました。

――洗濯機はどうなりました?

 そのままです。早くやらないと。

 

――iPS細胞の基礎研究の次の課題は何ですか。

 結局、なぜiPS細胞ができるかが分からないんですね。ただ、うちの高橋君(京大iPS細胞研究所・高橋和利講師)とか、タナベくん、オオヌキさんとか(の研究で)、かなり面白いことが分かってきました。来週からは論文執筆に専念しようかと。最初にノーベル賞受賞の知らせを受けた時、高橋君に、メールで「受賞しました。本当に高橋君のがんばりのおかげだ」というメール送ったんですけど、その返事が「先生、早く論文見てください」でした。その論文を出すのは、非常に大切です。iPSの動き方はそんなに単純じゃないと思っています。

 iPS細胞の誘導効率をどう上げたら良いかとか、分かってきているんです。基礎のための基礎ではないが、応用のためにも基礎(研究)、iPS細胞のメカニズムなどをはっきりさせることは、極めて大切ですね。

――京都大学のiPS細胞研究所の構成は

 3分の1がPhD 、3分の2がMDです。

――PhDは初期化のメカニズムの研究ですか。

 そうですね。中でも臨床に近いことをやっている人もいますけれど、基礎研究は今後も続けていきたいです。

――読売新聞の電話インタビューで江崎玲於奈氏に、「今回の受賞は『発見』か『発明』か」と聞かれ、「発明」と答えていますが。

 「初期化」を発見されたのはジョン・ガードン先生。僕たちは、ガードン先生が見つけた初期化の現象を効率良く、まだ効率悪いのですが、以前あった核移植に比べると遥はるかに効率良く、初期化を起こす方法を発明した、と。「発見」か「発明」かと言われると、「発明」なのかなと。

――受賞理由は「discovery」になっていますが。

 英語に弱いので……。

――ガードン博士の実験は両生類のカエルが対象。哺乳類、細胞レベルですが、ヒトまで再生したのは大発見ではないですか。

 哺乳類という意味では、1997年の(クローン羊として知られる)「ドリー」研究のウィルムット先生がいます。今回の受賞対象者の中に、ウィルムット先生が入っていないのは、ちょっと、というか、かなり気が引けるというか。

――微妙ですか。

 そうですね。

――山中先生は4つの遺伝子でiPS細胞を作り出しました。ハーバード大学のグループ「2つはあったが、4つとは」と驚いていていましたが。

 (ハーバード大の)イエニッシュ先生たちも「Oct3/4とSox2は分かる。ほかの2つはなんでやねん」と。別に大阪弁ではしゃべっていませんけど。

――Klf4は不思議な遺伝子です。

 Klf4は、私の最初の学生のトクザワさんという女性がいて、彼女の仕事の中で分かったイメージです。別に新しくクローニングしたわけでなく、前から分かっていた遺伝子でしたが、ES細胞では全然注目されていなかったのです。皮膚とか消化器系の癌に関係する遺伝子として、あちこちで発現していた。でも、私たちの分野では、誰も注目していなかったが、それがトクザワさんの仕事で大事と分かってきた。4つの中でKlf4が、「山中系オリジナル」、と言ったら言い過ぎですけど、「ES細胞の分野の中では、最初に注目した」と思っていたんですが、全く同時期に、理研の丹羽(仁史)先生が、やはり別のアプローチでKlf4をされていた。すごい先生だなと思います。

――Klf4の発見に至った経緯を教えてください。

 初期化因子の探索は、京大に移った時に高橋君に任せたんです。「お前やれ。うまいこといかないのは、良く分かっているから、構わない。成果が出なくても大丈夫。20年、30年、僕が生きている限りは雇ったるから、思う存分やれ」と言って、彼がやりだした。その時、うちの研究室にES細胞に大切と思われる遺伝子がたくさんあったので、それを調べたのです。彼は最初23個用意したのですが、Klf4が入ってなかった。僕はKlf4はすごい大切だと思っているのに、彼に「どうして入れてないの」と聞いたら、彼はトクザワさんに遠慮していたんですね。同級生でライバルでもあるので、トクザワさんの見つけた遺伝子だから、「勝手にやったらダメかな」と。で「なんで入れてないの」「入れていいんですか」「なんであかんねん」という感じで、入れた24番目の遺伝子がKlf4でした。

――Klf4入れてなかったら、どうでしょう。

 いまだに(iPS細胞が)できていないでしょうね。

――山中先生は、転写調節因子のセットの導入で初期化を果たした。その結果、「直接分化」という研究も開かれました。

 iPS細胞の研究も、ヒトのES細胞の研究があったからできた研究です。研究は脈々と発展していきますので、当然流れと思います。

――「直接分化」は次の基礎研究のベクトルの一つですか。

 そうですね。

――臓器や神経などの細胞を誘導する転写調節因子のセットについて、カタログ化が進むでしょうか。

 カタログ化されるかもしれないですね。iPS細胞等の幹細胞から分化させた細胞を移植するというのは、今の再生医療が目指している治療。ただ、それが究極の形とは思えない。やはり本当の意味の再生、イモリが足を切ったら生えてくるような再生能力を、人間でも誘導する。外から移植するのでなく、体の中で、その人自身の再生能力で再生する。そういう流れに変わっていくと思います。iPS細胞はある意味トランジェントなんですね。

――そのために基礎研究も徹底的にやりますか。

 もちろんです。

 

――色々なところで「患者さんにiPS細胞の研究成果を還元する」としています。還元のための最大の課題は何ですか。

 「再生医療」と「創薬」という二つの大きな方法があると思います。再生医療について言うと、いろいろな課題があります。一つは安全性。iPS細胞の安全性は、5、6年前と比べると格段に上がっていっていますが、ただリスクがあります。一番大きいリスクは、移植した細胞が暴走してしまうこと。悪性腫瘍まで作ることはまずないと思うのですが、良性腫瘍を作ってしまう。それが、一番考えられる問題です。

――マウスは1年くらいで死んでしまいます。

 動物実験で安全性を確かめますが、1年、長くて数年しか見られないです。人間に移植すると、10年、20年、30年残りますので。そのリスクをゼロにするのは不可能です。良く考えるまでもなく、すべての医療行為でリスクはゼロの行為はあり得ないです。(理化学研究所発生・再生科学総合研究センターの)高橋政代先生も良く言われますが、移植したiPS細胞のリスクはもちろんあります。ただ、麻酔のリスク、手術のリスク、そういったリスクと比べて、どっちが大きいのだろう、と。

 あるリスクだけを取り上げて議論するというのは、非常にサイエンティフィックではない、と私も思います。もともと医療行為には絶対リスクがあるのです。歯医者で麻酔をするだけでも、ショックを起こしたり、血圧がドーンと下がったり、場合によっては亡くなる場合もあります。もっと簡単に言うと飛行機。毎年世界のどこかで落ちて、何百人の方が亡くなるわけです。でも、ほとんどの人が乗るわけです。だから、リスクとベネフィットのバランスで考えていくしかない。

――リスクのない細胞はできないということですか。

 リスクゼロのiPS細胞はできないのです。リスクは絶対ある。限りなく小さくしたいですし、しているのですけど、それでもゼロではないです。たくさんの方に移植すると、細胞が増え出すケースが出てくるかもしれません。そういうことが起きた時に、「想定内」と考えるか、「想定外」と慌てふためくかの違いなのです。それ(細胞が増えること)は、想定内のできごとなのです。その時、まず大事なのは、いち早くキャッチする方策が取られているか。そして、いち早く対応する方策が取られているか。それができているところから臨床が始まっていくことになるのです。

 そういう意味で、(加齢黄斑変性を研究する)高橋先生が一番近い。リスクはどんどん下がっています。なぜかというと、確率論的に、移植する細胞数が少ないので、暴走するチャンスも物理的に低いです。それと、分化誘導法が、完全に分化させますので、基本的にあまり増えない。また、目という環境が、細胞の増殖、腫瘍が非常にできにくい。また、高橋先生が言っているように、細胞を一個一個確認してから移植できる。色素がついていない細胞が除外できるのです。リスクは低いと思います。一方、ベネフィットは失明、失明までいかなくても、非常に視力が悪い人の視力が少しでも戻るかもしれない。これは、その方にしか分からないかもしれないが、ものすごい大きなベネフィットです。

――もし暴走したら、どうするのでしょうか。

 まず目ですから、日頃から眼底鏡や断層撮影で、簡便、侵襲のない方法で、フォローアップできるわけですね。ですから、細胞が増殖しだしたら分かります。その上で、目の場合はレーザー照射という方法があります。これも比較的簡単に増殖している細胞だけをアタックすることができますので、そういう意味で僕はレディ・トゥ・ゴーに近いと思います。

――年内に申請して、来年開始するイメージですか。

 そうですね。

 

――創薬の観点から聞きます。規格化されたヒト分化細胞は提供できますか。

 細胞の種類によりますが、神経系細胞や心筋は、一部はもう販売されています。でも、現在販売されているのは、はっきりとしたメディカルレコード、メディカルヒストリーのないiPS細胞に由来する、心筋とか神経細胞とかです。一番僕たちが提供したいのは、「こういう心臓の病気があった」「100歳まで病気がなく健常だった」というメディカルヒストリーのはっきりしたと分かる人のiPS細胞から作った心臓細胞などです。

 一番分かりやすい説明が、倫理的な観点からいろいろな意見がありますが、多能性幹細胞からの生殖細胞分化の研究。生物学的にも、不妊治療の観点からも、非常に重要だと思う。まずは、ES細胞からというのが考えられるが、ES細胞は不妊治療された方の受精卵なんですね。ということは、何らかの不妊につながる疾患が、あるかもしれません。そしたらその細胞使って、分化させようとしても、最初からうまくいかないかもしれません。そういう危険性があるのです。

 僕のiPS細胞なら、少なくとも女の子が生まれるというレコードがあるのです。それは実は非常に大切なレコードで、「この心筋細胞、本当に心臓の病気がなかったのかどうか」、そういう情報が付いたiPS細胞を産業界に提供したいのです。でも、同意とか倫理的な問題とかで実現できていない。

――社会的な議論が必要ですか。

 そうですね。

――iPS細胞を個体には戻すことはないですか。

 戻せないと思いますね。それこそ、安全性の検証ができない。

――「個体を作る研究はやっていけない」という意見もありますが。

 正当な意見ですが、いろいろな意見があります。例えば、精子ができない「無精子症」の男性で、子どもが欲しいカップルの中には、「AID」という他人の精子を使って、奥様の精卵子と受精させる場合がある。こんなにゲノム研究が進んだりすると、生まれてきた子どもさんが、ある段階で、たとえ黙っていても、自分のお父さんが、バイオロジカルなお父さんではないことが分かってしまうことが多いです。また、両親が言うことも多いと思います。そういった時に、精子提供者は、由来を明かさない契約をもちろんしていると思いますが、子どもにしたら「本当のお父さんが知りたい」となるかもしれません。その時にその契約が、非常に大きな問題があります。iPS細胞の研究が進んで、その方のiPS細胞から精子ができ、本当にバイオロジカルな子どもさんができるという時に、「他の方の精子でずっと続けるんですか」という議論は起こってもおかしくないと思いますね。こういうことを言うと、大きな批判をされるかもしれませんが、議論は避けられない。それによって苦しんでいる方がすごくたくさんおられますし。

 

――iPS細胞の産業化の課題は何でしょう。

 一つ例を挙げさせていただくと、一番安全と僕が思っている再生医療は、血小板、または赤血球をiPS細胞から作るという治療なんですね。これが実現すると、輸血、献血で不足している部分、特に頻回に血小板輸血が必要な方というのは大変な問題で、それを一気に解決できる可能性があるんですね。また、大きな事故で血液が不足したりする時もあります。

 なぜ安全かというと、血小板も赤血球も核がなくなってしまうから。しかも移植する前に放射線を当てて、それ以外の増殖している細胞、核を持っている細胞を全部殺してしまうことができるんですね。さらに、血小板も赤血球もどんどんターンオーバーしますから、入れた細胞はずっと残るわけではなくて、1カ月もしないうちになくなってしまうわけです。ですからリスクは限りなくゼロに近い。しかし、実現するためは、ものすごい数の血小板、赤血球を輸血する必要があって、これは大学の力ではなかなかできない。1人1回分だったら、大学にいる研究所の200人を総動員して、全部のバイオ室を使ってやったら、もしかしたら血小板は作れるかもしれませんが、それは医療とは言えないと思います。その辺りができるとしたら産業界の力ですね。

――経済的にも問題がありますか。

 そうですね。1人当たり1回何百万円もかかっていたら、それは無理ですから、何万円くらいの単位でできれば。これは日本だけじゃなくて、世界的な需要のあるところですので、(京大iPS細胞研究所の)江藤浩之先生も産業化を図っていますが、ここは日本の力で、ぜひ何とかしていただきたいなと思います。