【安全保障読本】

 米海軍では近年、「真珠湾攻撃以来の海戦大敗北」が相次いだ。図上演習などの結果ではあったが「米海軍敗北」の意味は小さくない。強い相手と同じ土俵で戦わない「非対称(弱者)の戦法」に対し、米国が強敵だった旧ソ連正規軍など「対象」に備えた編成・戦術思想で対抗することが、場合により極めて難しくなっている「現実」を証明したからだ。

 「現実」を軍指導部が認めない、認めたがらない点はさらに深刻。米戦力の迅速・確実な投射が困難になれば、日本防衛や日本の生命線・中東からのエネルギー輸送航路の安定が大きく揺さぶられる事態となる。

 米国の外交政策専門誌に昨年末「米国はいかに海戦に敗北したか」という論文が掲載された。筆者は米統合参謀本部諮問委員を務めたジェームズ・クラスカ氏。論文は「2015年、東シナ海を航行中の第7艦隊主力・原子力空母に、中国軍発射の中距離対艦ミサイルが命中。艦載機60機とともに全長360メートル/全幅92メートル/排水量9万7000トンを誇る巨艦は、わずか20分で沈没する」という衝撃的シナリオで幕を開ける。戦況はこう推移する。

 《「真珠湾攻撃以来の海戦大敗北」に米国が次の一手で遅疑逡巡(しゅんじゅん)している間、中国は国連に対し「空母に放射能漏れの兆候が見られたため、沈める他なかった」と報告。素早い動きを見せた》

 米軍も報復に出る。

 《しかし、大西洋の第2艦隊は、中国所有となったパナマ運河が閉鎖され足止めに。地中海の第6艦隊もスエズ運河でイスラム過激派のテロ攻撃を受け、進出をくじかれる》 

 結局ー。

 《米軍が東シナ海に集結できたのは1カ月後。その間、アジア諸国は中国の顔色をうかがうなど、周辺諸国と国際世論は中国に有利な立場を採った》

 地球規模の戦略に影響する原子力空母を失っても、米軍はなす術もなかったーという結末を迎えたのだ。

 一連のシナリオには、海軍内部からの批判も目立った。(1)中国軍は全面戦争覚悟で、米軍と一定期間対峙(たいじ)できる総合力を有するか(2)中国軍は米空母打撃群の防御網を突破できる攻撃力を有するか(3)戦端を開く理由が希薄(4)そもそも米空母打撃群は被攻撃予想海域には入らず、敵性戦力を駆除してから進入する(5)中国も今や、世界有数の資源輸入・貿易輸出国で、運河封鎖は自滅行為ーといった類だ。的を射た批判もある。

 だが最大の問題は、米軍優位が予想より速く損なわれ始めている「現実」を、米軍指導部が「認識できていない」、というより「認識したくない」という、軍にあってはならぬ隘路(あいろ)に入り込んでしまっている点だ。

 米国防総省が冷戦終結後、最大規模で行った図上演習「ミレニアム・チャレンジ2002年」もその典型。秘匿された仮想敵国は間違いなくイランであったが「真珠湾以来の大失態」に関係者は愕然(がくぜん)とした。「イラン軍」を率いたのはライパー退役海兵隊中将…。

 《ペルシャ湾に入った米艦隊は、イラン軍の自爆テロ艇や対艦巡航ミサイル(ASCM)の攻撃を受け、半数が沈められるか作戦遂行能力をそがれた》

 それだけではない。中将は、ASCMなどを極秘移動し、緒戦でミサイル戦力無力化を狙った米軍の裏をかいた。さらに、中将は奇策に出た。防御側は、敵機・ミサイル索敵や味方迎撃機・ミサイルを戦域に誘導すべくレーダーを駆使する。ただし駆使すれば、レーダーからの電波を拾われ、レーダー施設を爆撃される。それを回避せんと、中将は大胆にもレーダーをオフにしたのだ。

 奇想天外の作戦にいらだった軍指導部は、演習やり直しを命じた。すなわち▼中将「解任」▼米艦隊を「壊滅」前に戻し▼敵レーダーをオンにし▼米軍の攻撃を可能ならしめる戦況に設定し直したーのであった。かくして「公式戦果」は軍指導部を満足させた。

 ところで、米国はベトナム戦争で個別の戦闘ではほぼ勝利したが、戦争自体には完敗した。当時の軍関係者は敗因究明にあたり、その答えをプロイセン・ドイツの戦略思想家クラウゼビッツに求めた。クラウゼビッツはこう論じている。

 《戦争においては不確実性や偶然といった摩擦の要素が極めて大きな影響を及ぼす》 

 日本も含め各国軍指導部の将星たちは、クラウゼビッツを読み返す時期に再びさしかかっている。

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