【参照元】姫路赤十字病院

http://himeji.jrc.or.jp/category/diagnosis/geka/nyusen/topics/20110526_02.html


DCISと標準手術としての全摘手術

マンモグラフィー検診の普及によって、触診ではわからない乳ガン、DCIS(非浸潤性乳管癌)が見つかるようになりました。米国では乳癌全体の20%を占めるようになっていると報告されています。今後日本でもこの診断がなされる患者さんが増えると思われます。 “超”早期ガンとも呼ばれるこのガンはStage分類からは、通常I期が早期、II~III期が進行ガン、と進んでいく中で0期に分類されます。当然 予後(再発や生存率)は大変良好で、原則として治癒が望めるガンです。 触診ではもちろん触ることができないことが多く、超音波でも所見がないことが多いこのガンは、マンモグラフィーで“石灰化”として発見されます。 「ガンの種類」を参考に しかし逆にそれ以外には所見に乏しいことから、術前にその進展範囲を正確に把握することが難しく、そして完全に切除すれば治癒が望めるため、早期ガンであるにもかかわらず全摘術がガイドライン上は原則(イビデンスレベルB)とされる、若い女性にはつらいガンでもあります。 「早期ガンなのだから、なんとか温存はできないのだろうか」 という多くの機会に投げかけられる疑問に、ここでは姫路赤十字病院として回答してみました。

DCIS

乳ガンになる前に乳腺を両方全摘してしまえば、もう乳ガンで死ぬことはなくなる。だからと言って手術を受ける人はいない。切れば確実に死なないとしても、切らなければ確実に死んでしまうのではないからだ。

マンモグラフィーの普及により、DCIS(Ductal carcinoma in situ)と呼ばれる早期乳癌が発見されるようになった。現在では乳癌のほぼ20%がDCISである。 DCISの自然死について検討した論文は少ない。ErbasらによればDCISは10年以上の経過を経てその14~53%が浸潤ガン(一般的な乳癌)に移行する。逆にいえば5割以上の方はそのままいわゆる典型的なガンにならないまま、経過していく。実際に他の原因で亡くなった方の解剖所見から、健康とされた乳腺の9%にはDCISが存在するという(Breast Cancer Res Treat. 2006 May;97(2):135-44)。この方たちはDCISをDCISのまま持って寿命をまっとうされた。同じようにして他の原因で亡くなられた女性を調べると、浸潤ガンも1.3%(0から1.8%の幅あり)で見つかり、DCISは8.9%(0から14.7%)で見つかるという。これは40歳から70際の女性を対象にしている。この数字は9から275名の幅のある解剖所見から得られた結果を統合したものだ(Ann Intern Med. 1997 Dec 1;127(11):1023-8.)。少なくとも1割の女性はDCISを持ったまま生き、そしてガンとして発病せず亡くなるようだ。

DCISは早期ガンであり、完全な切除によって100%の予後が理論的には保証される。もっといえばDCISがDCISである限り、転移をしないはずだから、乳腺全てがDCISの状態であったとしても人間は死ぬことはない。ではDCISは治療しなければ、もっといえば切除しなければ死んでしまうのだろうか?もちろん先に述べたようにそのまま生きて、皆の知るガンとして発病しない方はいるだろう。しかしその確率は? そして何年くらいの経過で?そしてDCISがDCISである限り命を奪うことのない腫瘍が本当に“ガン”といえるのだろうか?DCISと診断されながら、肺や肝臓などの遠隔転移で再発をきたす症例は、きわめてまれだが、確実に存在する(Roses RE, Ann Surg Oncol. 2011 Apr 8)。 DCISは組織の一部を採取することで診断される。しかし検査の方法、たとえば14Gの針で行われた場合と、いわゆるマンモトームで行われた場合で、診断能力に差があり、前者では本当は浸潤ガンであるのにDCISであると過小評価をしてしまう確率が高い。このように、術前にはDCISと診断されながら、のちの手術で浸潤ガンと診断される確率は実に25.9%にもなると報告されている(Brennan ME, Radiology. 2011 Apr 14)。それゆえ、DCISの再発例は浸潤ガンを過小評価していた可能性もある。DCISはどこまでいっても理論上の疾患概念だ。このため術前診断でDCISだから、ということで治療計画を立てると25%はきちんとした治療ができなくなる危険性はある。まずこのことを大前提として考えなければならない。もっといえばDCISが“治療”しなくてよい疾患だったとしても、25%は過小評価により何もしなければ命を落としてしまう。この1/4の確率は決して小さくない。

ここまで読んでご自分がDCISと診断された場合切除に行くかどうか?悩まれる方も多いだろう。まして全摘になるとなおさらだ。直腸にポリープが発見された。カメラで取れます、なら迷わない。でも人工肛門になります、と言われたらどうだろう。「取らなかったらどうなりますか?」誰しも質問するのではないか。

DCISがDCISで診断に間違いないとして、もし再発するとすれば、わずかな例外を除き、切除しきれなかったための局所再発(手術を受けたほうの残存乳房からの再発)となる。DCISは早期ガンであるため、術前にその進展範囲を確実に把握することが難しい。早期ガンでなくても細胞1個で存在するガン細胞を同定する方法現在はない。だから原則として“全摘”しておけば再発は皆無だ。しかし女性にとって“早期ガンであるのに全摘される”ことは理屈ではなくなかなかに受け入れ難い。DCISはしばしば超がつく早期ガンと表現される。かるがゆえに、

ほぼ確実な治癒が望めるのが全摘だという情報だけではなく、と同時に、極端にいえば治療をしなければどうなるのか、そしてもし温存手術ではどれくらいの確率でガンが残り、将来残存乳腺再発するのか、を提示する必要がある。

そうでなければ患者さんは選択肢を与えてもらえなかったと感じるだろう。 DCISに関してこれを細かく検討した研究は少ない。たとえば全摘していればホルモン剤はいらないと考える先生が多いが(抗がん剤は不要と断定していいだろう)、ホルモン剤を使う使わないは、また乳癌が発生してくる頻度にも影響するため、統一して比較する必要がある。また温存切除したとして残存乳房への放射線治療を加えることで、局所再発は7割近く抑制されるとする研究もある。したがって、DCISにもTypeがあるが、そのタイプごと、そしてホルモン剤は使う、放射線治療はする、など条件を統一し、その上でたとえば温存する・しないの比較データを出さなければ、患者さんがご自分のDCISと比較できるデータにはならない。しかしこれは大変難しく、現実はそんなデータは存在しない。DCISはめったに再発しないため、差が生じることを統計的に明らかにするために、膨大な症例数を必要とするからである。 最近の論文でメタアナリシス(44もの信頼するに足る論文結果をまとめたもの)が出た(Breast Cancer Res Treat. 2011 May;127(1):1-14. )。それによると、

コメド壊死を伴うDCISはそうでないDCISの 1.71倍(95% CI, 1.36-2.16)局所再発する。
乳腺全体にわたるDCISはそうでないDCISの 1.95倍(95% CI, 1.59-2.40)局所再発する。
切除断端陽性とされたDCISはそうでないDCISの 2.25倍(95% CI, 1.77-2.86)局所再発する。
組織学的異型度が高いDCISはそうでないDCISの 1.81倍(95% CI, 1.53-2.13)局所再発する。
サイズの大きいDCISはそうでないDCISの 1.63倍(95% CI, 1.30-2.06)局所再発する。

という結果が出た。また有意差こそはっきりしなかったが、Luminal AのDCISはHER2 rich typeのDCISよりも局所再発しにくい。これはホルモン剤治療を加えることでさらに大きな影響を生む可能性がある。

何倍という数字だけでは分かりにくい。一体自分は何%位の確率で再発してくるのかが分かりにくいからだ。

そこでDCISを手術だけで治療したらどれくらいの頻度で再発するのだろうか? の基本データが計算するための元データとして必要になる。もちろんこの場合は、放射線治療もホルモン剤もまして抗がん剤も使っていない、純粋な温存切除だけのデータだ。

2011年の報告をいくつか見つけた(Holmes P, Cancer. 2011 Feb 11)。141名を平均122カ月(ほぼ10年)経過観察して、なんと60例、42.5%が再発している。Wapnirらによる報告はより多くの症例の検討で、信頼性の高い貴重なものだが(J Natl Cancer Inst. 2011 Mar 16;103(6):478-88. )。

15年間の経過観察で、患側乳腺への再発は、部分切除だけでは19.4%、放射線治療を加えると、8.9%、放射線治療とホルモン剤を加えると8.5%となっている。放射線治療は局所再発を52%抑制し、ホルモン剤を放射線治療に加えることで、さらに32%の抑制効果が得られるとまとめている。

Holmesらの報告では、再発するまでの期間が平均191か月(15年)であった。これは本当に再発なのだろうか?ちなみにWapnirらによる報告では対側乳ガンが同じく15年で切除のみで10.3%、放射線治療を加えた群で10.2%と報告されている。差がないのは放射線治療は対側に当たらないので当然である。そしてホルモン剤によって10.8%が、7.3%まで抑制されており、同じく3割程度の抑制を示している。たしかに19.4%と10.3%の差である9.1%は、手術での取り残しと判断していいだろうが、逆に10%は、残った乳腺に再び出てきたガンだ、と考えてもいいのではないか。

高い確率でDCIS症例の残された乳腺に、再び乳ガンが発生することは事実である。そしてその53.7%が今度はDCISではなく、浸潤ガンとして発見されている。当然この場合は予後が悪く、亡くなってしまうことがあり得る。DCISでの再発では予後は良好だった。

結果として15年間で、乳ガンで亡くなった方は切除のみの場合3.1%、放射線を加えると4.7%、そしてホルモン剤をさらに加えた群で2.3%だった。生存には治療法による影響は少ないようだ。この成績は当然 Stage Iよりも良好だ。DCISにおける部分切除の正当性はある、としてもいいように思えるし、Wapnirらもそう結論している。

DCISは術前に範囲を同定することが難しい。断端陰性が確保されたはずなの再発するのは、術前の検査で捕まえることのできなかった、早期ガンであるDCISにまでもなっていない、さらに早期の前癌病変が乳腺内に散在しており、それが長期間ののち、DCISになってきただけではないのか?だから10何年も経過しないと出てこないのではないか?

そう考えると、いったんDCISと診断されたら、乳房温存どころか、両側乳腺の予防的切除さえ必要に思えてくる。

乳ガンはDCISではなく、浸潤ガンであっても早期発見されれば治癒が期待できるガンである。たしかに10年以上たって、またガンになるのは嫌だろう。しかし浸潤が断端陽性の場合の再発は10何年もかからない。2-3年をピークに再発してくる。この結果に関しては、再発というよりも一度でもDCISになった乳腺にはまたDCISが出来る可能性が高いということだと、考えるべきだ。当然これはホルモン剤の使用、その経過中に閉経したかどうか、など本人のホルモン環境も大きく影響するだろう。

最初の疑問に戻ろう。これらの知見を得て、患者さんはDCISに対して、原則通りに全摘を選択するだろうか?部分切除によって再発するとして10年で1-2割、それは決して低くはないけれども、それは再発というよりも対側も含めて、ふたたびガンが新しく発生する確率も含んでいるようだ。どちらにしても今後定期的に検診は受けることになる。そして早期発見できれば、亡くなる確率は2-4%である。となれば、もしまた乳ガンになったなら、なった時と考えて、温存切除し、ホルモン剤を飲みながら、あるいは術後放射線治療など、その確率を下げるためにできることはしておいて、気楽に温泉にいけるようにしておいてほしい、と望む方が多いのではないだろうか?

DCISに対する治療指針

ここでは以上の見識を踏まえて、姫路赤十字病院乳腺外科として、現在は乳ガン症例全体の20%も存在しているDCISへの対応をまとめたい。

まず生検でDCISと診断された場合、25%は浸潤癌を早期ガンと誤っている可能性があることを理解していただく

原則として“乳房全摘術”を勧める。同時再建は可能であり、それを選択することもできる。(ちなみに乳頭と皮膚を完全に温存する手術を“皮下乳腺全摘”と呼称するが、これは全摘手術ではなく、部分切除の一種であるとする。)

温存切除を希望される場合、たとえばマンモグラフィーで石灰化がどれくらいの範囲に存在しているか? 造影MRIでそれくらいの範囲に染まりがあるか?で切除範囲の“推察”ができる。これにより40%を超える切除が必要であるならば、変形が著しくなることが予想される。やはり先に戻り、全摘を勧める。

マンモグラフィー、MRIによるDCISの進展”範囲”の“推察”は精度が乏しく、最終病理診断で断端陽性と診断されてしまう可能性が高いことを納得してもらったうえで、さらに40%以下の切除で対応できると判断すれば、温存切除で対応する。

温存切除であるので、術後、放射線治療は必須とする。ホルモンレセプターが陽性であればホルモン剤は使用する。これは再発予防とするのではなく、再びDCISや、乳癌が発生することを防ぐ意味合いとして投与を勧める。そのため、10年への延長投与も考慮する。

断端陽性であった場合、ホルモンレセプター陽性、コメド壊死なし、HER2陰性、組織学的な異型度低、を全て満たしたときのみ追加切除を行わず、放射線治療とホルモン剤治療を行いつつ、厳重経過観察で対応する。

乳房全摘をしても、乳頭温存、皮膚の温存を行ったときは、部分切除として扱う。

この後は10年以上(一生と考える)の厳重な経過観察が必要であり、対側も含めて10%程度の方でまたガンが出来てくると考える。こうしたことも含めて、DCISで治療を受け、何らかの形で乳ガンで亡くなる確率はおそらく2-3%程度と考えられる。