木酢液とは、木材を乾留した際に生じる乾留液の上澄分のこと(wikipedia)です。炭焼きを行うと副生成物として得られるものですが、世の中にはこれを農業に応用している人がいます。用途は殺虫剤などとしてですが、林業が今よりも盛んで炭焼きをしていた人がもっと多かった時代なら知らず、現在でも木酢液をわざわざ購入して使用する人がいるのは、どうにも違和感を禁じえません。

 農薬取締法としてはどうなのという観点からは、現在は登録農薬としての木酢液は存在しないので、普通に考えれば殺虫剤として使用することはできません。ただし以前にも紹介したことがありますが、木酢液は特定防除資材として検討中で、そのために経過措置として自己責任で農薬的な使用を行うことは認められています。ただし農薬としての目的で販売したり、他人に勧めることは禁止されています。

 木酢液の特定防除資材登録への働きかけは関係団体によって行われており、ホルムアルデヒドが大量に検出されたサンプルが議題に乗った事について、その理由の推測や、そうならないようにするための木酢液の製造方法などを提案しています。
(その議事録がこちらのpdfにあります。木酢液は20ページから http://www.maff.go.jp/j/council/sizai/pdf/101005_tokutei-noyaku_giziroku.pdf

 これらの件で違和感というか、とんちんかんだなあと私が思うのは、根本的に特定防除資材というものの立ち位置と現状の木酢液がずれている気がしてしょうがないからです。

 特定防除資材とは、農薬取締法の改正があった時に登録農薬以外の農薬を使用することが全面的に禁止になったために、それまで民間の知恵のような形で使われていた資材をすべて禁止するのは影響が大きすぎることから、そういう登録農薬でない防除資材の中から安全性が高いものを特定防除資材として使用できるようにしたものです。現在は食酢など3種類のものが登録されていますが、本来は身の回りの物を活用して行う代替農薬のようなものです。

 それに対して木酢液が特異なのは、昔はいざ知らず現在はほとんどの場合において木酢液とはわざわざ買ってくるものであり、その立ち位置は代替資材というよりほとんど普通の農薬と同じだからです。
 例えて言えば、冷蔵庫の中のあまりものだけでできる料理の知恵、というカテゴリの中に、ラム肉の塊を用意してゲランド産の塩でアレしろとか、いや普通の家の冷蔵庫の中に余ってたりしないだろというようなモノが混ざっているような違和感です。

 殊に議題に上っている木酢液はその製造法についてまで議論されており、炭焼きの副産物を農業に転用するというようなものではなく、最初から農業用に調整された木酢液が念頭に置かれています。これは非常に農薬的であり、本来の特定防除資材とはかなり距離があるのではないかと思います。

 なので木酢液の関係団体は、特にその木酢液の安全性や有効性に自信があるならば特定防除資材などではなくふつうの登録農薬への登録を目指すべきはずです。登録農薬になれば全国のJAや取次業者を通じてホームセンターなどへ堂々と出荷できますし、防除暦にも載せられるし、広く普及させる点において明らかに有利です。実際に昔は木酢液が登録農薬になっていたことがあるのです。
 しかしそんなことは絶対に起こりえません。それは関係団体が主張するような登録農薬へのハードルの高さだとか、木酢液の毒性の高さ(実際、普通に試験を行えば木酢液が登録基準を満たすことは無理でしょう)などが理由ではなく、つまり木酢液の最大のメリットは安全性や有効性などではなく「無農薬農法に使えるから」という1点だからです。登録農薬になってしまえば、当然ながら、木酢液を使った農業は無農薬農法ではなくなります。
(個人的には、木酢液を使った無農薬農法なんてほとんど言葉遊びの詐欺に近いと思っているのですが)

 もっとも、もっと大きな問題は、特定防除資材にせよ無登録農薬にせよ、そういうものを使っていても登録農薬さえ使わなければ安全安心な無農薬栽培だよと言ってしまう環境にあるのですが。本来は登録農薬以外の資材は登録農薬ほどに調査されていないのですから、安全性はむしろ登録農薬の方が高いはずなのですが。

 こういう事例はほかの業界にもあり、それは医療業界における代替医療の数々ですが、例えばホメオパシーなどはいつまでたっても代替医療の座に居り、決して通常医療への道を拓こうとしません。本当にすぐれた医療技術なのであれば保険診療の中に入れば広く世の中の役に立てるはずですがそうしないのは、代替医療最大の売りが「(通常医療ではない)代替医療であること」だからです。

 私は木酢液はその安全性の問題から、特定防除資材にすら選定されるべきではないと思っていますが、審議の最中はいくら安全性に問題があろうが自己責任の名のもとに使用が可能になっています。木酢液選定の審議はここ2年は進んでいませんが、もしかしたら関係者はこのままずっと「審議中」の状態が続くことを望んでいるのではないでしょうか。