先日、FOOCOM.NETの松永和紀さんの記事を読みました。

米の放射性セシウム数値が示す農家の努力、科学者の献身


 12年産の米は同年12月末までに1003万袋が検査され、100Bq/kgという基準値を超過したのは71袋、0.0007%。25Bq/kg未満は、1001万袋、99.8%である。
 現地調査なども行われ、比較的高い濃度の放射性セシウムが検出される事例は、多くの原因が重なり複合的に作用した結果である、というのがこの資料の結論である。一つ一つの要因に対策を講じることで、低減を進めることができる。
 2011年産の玄米の検査や土壌検査、実験などを基に仮説が立てられ対策が検討され、12年には現場でも取り組みが行われ、全量全袋検査で確認され、同時並行で緻密に設計された実験が行われて、こうした要因が明確になってきた。

 県内の作付け制限対象であったり、自粛されている区域での試験栽培も行われており、上記のような要因を考慮した吸収抑制策が功を奏して玄米の放射性セシウム濃度はほとんどの区域で、基準値を大きく下回っている。その結果も、公表されている。

 そのほか、どういうタイプのカリウム肥料をいつ、田んぼにやったらいいのか、水系から放射性セシウムが入ってくる場合にはどういう形態で入ってくるのか、その対策をどうしたらよいのかなど、今年の作付けに役立つ具体的な対策が、この資料で細かく説明されている。農家がさまざまな手だてを講じたことで、2012年産の米は11年産にくらべて汚染が大きく低減し、さらにその経験を生かして今年産でさらなる低減を目指していこうとしていることが資料から汲み取れる。多くの方たちの努力、献身がまさに見えるようだ。
 水の影響など、まだよくつかめないものもある。これからも調査研究は続くはずだ。


 これは一部の抜粋ですが、ほとんど感動的な資料及び結果となっています。それはこの記事タイトルにある農家の努力、科学者の献身がまさに手に取れるように読み取れるからです(ちなみに農家の、ではなく本来は農業関係者の努力、とする方が良いと思います)。

 何か問題が発生した際、人はそこに象徴的な存在を求めがちです。問題の原因については犯人とか、責任者とか、政治家総理大臣となりますが、問題解決の方にもそういうものを(こちらはヒーローとして)設定しがちです。
 例えば放射能汚染の問題の場合なら、汚染をすぐ除去してくれる革新的な技術などに注目が集まり、普通の物理学者ならばそういうものはないと初期に言い放って終わりなのですが、それでもホメオパシーや味噌やEM菌や米とぎ乳酸菌などが多大な迷惑を振りまきつつ注目されました。

 今回、福島県が挙げたレポートにはそういうヒーローは登場せず、一見地味です。しかし放射性物質に汚染された農地に対して正面から対峙し、科学的な手続きに基づき試行錯誤して膨大に集まったデータから出来たことはすぐわかります。それは福島県の農家たちはもとより県や各市町村の担当者、JA職員など民間の関係者なども一丸となって取り組んだ結晶であり、「放射能事故後の農業」という問題に対する金字塔と言えるものになっていると思います
 私はこのブログで以前、米の全国コンクールに福島県からの応募が非常に多かったことを、感動的な結果だとして取り上げたことがありますが(産地のコメの味への影響http://ameblo.jp/vin/entry-11099164896.html)、同じ意味で、個々の農家がどうではなく「福島県の農業関係者」という塊それ自体に畏敬の念を覚えるのです
 そしてその結果が、約1000万袋という膨大な毎個検査の末、100Bq/kgの基準値を超えたものが71袋、25Bq/kg未満の結果だったものが99.8%という圧倒的な成果につながったのでしょう。私は個人的に毎個検査には反対でしたが、こうして出た数字の迫力には頭を垂れざるを得ません(もっとも今後も続けるのはやっぱりどうかとは思いますが)。

 さてようやく記事タイトルに戻りますが、私はもうけっこう長いこと美味しんぼを読んでいません。ブログで否定的に取り上げたことも多く、決して良い評価は持っていませんし、twitterで流れてきた話にも、あのトンデモ反原発活動家の田中優やただのぬり絵に等しい早川マップが登場したと聞いてああ、やっぱりそうなったかと思いました。
 ただ、話の流れ自体は福島県の農産物が安全なのに風評被害に悩んでいる、それはどうなのかと取材に行く、というものだったらしく、風評被害の発信源みたいな田中や早川を出してどう進めていくのだろう?と興味を持ってスピリッツを読んでみました。
 そしてあまりのことに唖然としました。
 話の導入に福島県のアイガモ農法家が登場し、美味しい米を作ってちゃんと放射線の測定までしたのに風評被害で売れない、という流れだったからです。

 私のアイガモ農法に対する関心は高くなく、以前ブログで書いたとおり(アイガモ農法の問題点http://ameblo.jp/vin/entry-10566189298.html)個人的には割に合わないとは思うけどやっている人については特にどうとも思わないという程度ですが、漫画では無農薬などに配慮して美味しい米を作る、特別に先進的な農家のように描かれていました。ちなみにあの農薬に関する描写はでたらめです(イネミズ防除に使う農薬で田んぼの微生物が全滅するなんてありえません)。

 福島の農産物の風評被害は、特別に環境などに配慮して作られた農産物が売れないことが問題なのではありません。ちゃんと検査もされて流通に並ぶごく普通の農産物が、福島県産というラベルが付いただけで売れなくなるというもっと大きなレイヤの問題です。そしてそれへの対策も、上に書いたとおり福島県の農業関係者全体で取り組んでいるものです。
 それをまるで、一部の優良な生産者の問題だけに引きずり下ろすかのような描写に腹が立ちました。もちろんあのアイガモ農法家が除染の努力をしていないなどとは思いません。ただし彼の特別な米だから安全だったのでもありません。

 もちろん、福島の米農家は毒を作るテロ組織構成員のようなものだと公言してはばからない早川由紀夫や、台風の日に風力発電の風車を回せば原発はいらないなどと言う田中優のような、風評被害を煽ってきた人間が登場しているのも気がかりです。
 漫画の展開はたぶん数週のうちに農地の除染について取り上げるのでしょうが、「除染の専門家」として登場するのはたぶん福島県農業総合センターや農業環境技術研究所の職員などではなく、セシウムをバクテリアの代謝でバリウムに変えると主張する金沢大学名誉教授の田崎和江あたりでしょう。

 導入にそういう人を挙げる方が漫画の話の流れ的にわかりやすいとか(それにしてもわざわざ米袋まで描いて紹介するあざとさは非常に気になりますが)、そもそも問題を小さいレベルに引きずり下ろすという見方自体が先入観まるだしで悪意に過ぎるとか、そういう批判はあると思います。本当のところは続きが出てこないと分からないでしょう。
 ただ私の懸念は、福島県の農産物について「無農薬など環境に配慮した農家の作物なら安全で、安心して食べることができる」というような話で済まされてはしまわないかということです。それは新たな風評被害の元でしかありませんが、非常に美味しんぼらしい落としどころではないかと、勝手に恐怖しています。

 予想が外れることを心から祈っています。