台風や大雨が来るたびに、けっこうな確率で「田んぼや用水路の様子を見に行って怪我する・亡くなる」方の報道があります。
 1人の稲作専業農家として、そういう災害時に田んぼの様子を見に行くの気持ちは全く理解できないのですが、「なぜ農家が田んぼの様子を見に行くのか」というまとめがあり、それを読んで「農業って大変だなあ」と感想を持つ人もいるみたいで、驚きです。


農家が「ちょっと田んぼ見に行ってくる」理由 -NAVERまとめ
http://matome.naver.jp/odai/2134207976414114901


 ここに書いてあることは、例えば水量調節が大事など正しいといえば正しいのですが、大きく2点で「甘い」です。


 まず第一に、突然予想だにしないゲリラ豪雨ならともかく、台風等充分に災害が予想できる場合は水量調節など前日に仕掛けておけばよい話で、災害当日のしかも最も激しい時間に見に行く理由にはなりません。
 実は田んぼの用水路と言うやつは、水の流量が多くなりそうな時は上流にある水門を閉じるか、あるいは流れを変えて川に水を捨てるかして流量を減らしておくのが普通です。災害級の事態が予想される時はもちろんですが、場所によっては梅雨の時期はずっと水を流さないところもあります(それでも晴れが続きそうならやっぱり流したりもしますが)。稲作には中干しといって田んぼの水を一旦出してしまう事もあるので、流量をコントロールするのは当たり前の事です。


 田んぼ側でも、あまりに酷い雨が予想される時は前日に水を捨ててしまうとか出来ますし、そもそも普通は田んぼでは水位が一定になるとそれ以上は水を捨ててしまうように調節しておくものです。別に圧力弁とかたいそうなものではなく、水の出口(水戸と言いますが)に必要なだけの高さに土を盛っておくとか、廃水パイプを入れてある所ならそのパイプの口の高さを必要な水位の場所に合わせておくとかです。


 もちろん、雨や風の強さ次第ではそういう排水が間に合わなかったり、田んぼの畦自体が壊れたり土砂崩れが起きたりなどする可能性もありますが、それはそれで、農家がそんな現場に行った所で出来ることなど何もありません。

農家こうめのワイン-土砂災害

7月7日。ご覧の有様だよ!


 第二にですが、先に挙げたまとめに「農家は会社経営と同じ。田んぼがダメになれば他に収入源がない」とあります。一見正しそうに見えますが、収入源と言うなら農家本人の無事が最も大切です
 田んぼがダメになれば、確かに「その田んぼからの」収入は減りますが、まさか手持ちの田んぼ全てがダメになるほどではないでしょうし、仮に本当に猛烈に広い範囲がダメになるような豪雨に見舞われたなら先にも挙げたようにそれこそ用水路などをちょちょいとする程度でどうにかなるものでもありません。
 それでも農家当人が健在でいればこそ、激甚災害認定で圃場整備をしてもらえたり、とりあえずの補償金を受け取れたり、来年以降に向けて頑張れたり出来るわけです。


 要するに、様子を見に行きたくなる気持ちそれ自体はわかるのですが、命を賭けるとか実際に死ぬとか、そこを天秤に架けるのが理解できないのです。「用水路の氾濫を防ぐ為なら自ら危険に飛び込むことも惜しまない」じゃなくて、惜しめよと思うし、前日に対処できる範囲のことで事足りたりもするわけです。


 こんな件で「農業って大変だなあ」と感じるのは、例えていえばワタミの従業員の自殺を見て「飲食業界って大変だなあ」と感じるようなものだと思います。