以前、民主党の某議員がtwitter上で、「TPPを論ずるなら最低限これを読め。これを理解してない評論を私は取り上げない」というような事を言っていました
 「これを読め」は何かと言うと内閣官房が出した各種試算のまとめ(http://www.meti.go.jp/topic/downloadfiles/101027strategy02_00_00.pdf )と、シノドスジャーナルに載った
「政府試算から考えるTPP(環太平洋パートナーシップ協定)の是非 片岡剛士」(http://synodos.livedoor.biz/archives/1587849.html )です。


 最低限これを読まねば論外、と言うほどのものなので何とか読みましたが、このシノドスジャーナルの記事は素人お断りと言うかなんと言うか、他人に何かを判りやすく伝えようと言う意識がゼロですね。無茶苦茶にわかりにくいです。かといって言ってることは単純なように思います。要するに「農業での損より輸出の得のほうが大きい(からTPPは良い)」と言うだけの話じゃないですか?


 もちろん金額で言えばそれは正しいのでしょう。もともとこの人は、そして「試算」と言うのは本質的に、お金のことだけを抜き出して論じています。ただしお金の話は要素の一つに過ぎないのではないでしょうか。
 ・・・とここで文化とか感情の話をしだすとちょっともにょり気味になりそうなのでやめとくんですけど、ただこれでも一つ言いたいのは、シノドスのコラムのようにややこしく言わなくても単純に経産省試算の影響額から農水省試算の影響額を引いてもプラスが残ります。つまりTPPに参加したほうが儲かります(前回書いたように、ちょっとあやしく思っていますが)。ところが同じ試算内容の、全く触れられなかった「影響を受ける人の数」は農水省試算の方が桁違いに多いのです。
 つまり「大儲けする人が少数出る」と言う構造なのですが、それは良いのでしょうか?最大多数の最大幸福という言葉が頭をよぎります。


 で、実はこのシノドスのコラムがちょっとあれな点がもうひとつありまして、「農水省試算はおかしいぞ」という話があるのですが、その根拠に山下一仁のコラムを引いています。
 それが実は「間違った内容の記事を乗せても読むのは読者次第」webronzaの記事で、お金を払わないと全部読めないのですが、もちろんこんなもんにお金を払うつもりは無いので一部しか読んでませんけど、これです。


TPPで米農業は壊滅するのか? 農水省試算の問題 山下一仁 
http://astand.asahi.com/magazine/wrbusiness/2010102900010.html


 ここで山下は、米の損失額の計算がおかしい、米の内外価格差は縮まっている、として中国米と国産米の価格を比較しています
 正直、農水省の試算は本当におかしいのかもしれません。詳しく検討はしていませんが、少なくとも山下のこの理屈はおかしすぎます。何しろ中国はTPPに参加しないのです。
 TPPで米価格にもっとも影響するのは関税が外れたカリフォルニア米でしょう。TPP発効後も中国米の関税込み価格は変わりません。


 もちろん「農水省が試算の対照として中国米を選んでいる(このこと自体は確かめてはいませんが)。だがそれはおかしい。なぜなら・・・」と言う話なのかもしれませんがおかしいのはそもそも中国をアテにしてTPPを論じることです。関税撤廃されたカリフォルニア米相手なら内外価格差は3倍ほどあり、やはり米農業は壊滅します。


 もうひとつこの山下の理屈がおかしいのは、国産米の価格が現在13000~14000円であると言う前提ですが、この価格で稲作農家が普通にやっていけていると思う感覚です。娑婆の無理押しの相場でこの価格になってはいますが、これは長年続けてきている大規模稲作農家でも「もうやってられんわ」と言って農業を辞めてしまっているほどの価格なのです。
 山下に限らず農業経済学者たちは現在の米相場を平気な顔で是認しますが、農家としては努力と工夫と我慢を重ねた上での価格であることを知ってもらいたいものです。


 さて話は戻りますが、くだんの民主党議員はTPPを語るにあたってこれらを読ませて、何が言いたいのでしょうか。
 試算の「金額」を見れば確かにTPP参加では国全体として「儲かる」のかもしれません。ただしここで内容を分解したいのですが、産業界は「儲かる」のですが農業界は「損する」のです。TPP不参加の場合は産業界は「損する」のではなく「儲ける機会を失う」です。


 「全体の足し算引き算では儲かるよ~」と言っても実際にプラスマイナスの帳尻がつくのではなく、農業界が損を引き受けたぶん産業界が得をするので、別段産業界の儲けが農業界に突っ込まれるわけではないのです。
 で、農業界からは現実に失業者が大量に出るでしょう。先ほども言ったように、すでに農家の収益はカツカツを下回っているからです。シノドスのコラムは「純粋に試算のみから見れば」と言う前提で受け取ることが可能ですが、政治家が「これを基本」とエラソーに言ってしまうのはどうでしょうか。


 まあ、未納3兄弟総理だって一応「農業にはちゃんと手当てをする、それが大前提」と言ってはいますが、それを信用している人などいないでしょう。また別のところには、「農業だって頑張れば大丈夫だ」とかいう人がいます。実は、このTPPにまつわる話の中で個人的にもっともイヤなのがこの話なのですが、それは次回に。