先日、山田前農水相が農業の戸別所得補償制度で農業人口の増加を目指すような事を言っていました。今現在はこの補償制度は稲作だけに適用されていて、畑などへはまだこれからの話です。そちら方面に対してはいかなる制度設計になるのかまだ分かりませんが、稲作のと同じように面積の多寡が効くような制度では大臣が望むような成果は上がらないでしょうし、そもそも現時点で稲作への戸別所得保障制度は結局は米の価格を下げる口実にしかなっていません。


 今の制度は10aごとに15000円の補償と、米価が大幅に下落した場合の補填になっていますが、下落の基準は過去数年の平均価格なので、米価が徐々に下落していけば基準のほうも徐々に下がっていきます。
 近年米の価格が上がったためしはなく、上げるとしたら厳しく減反をして供給量を相当に搾るしかないのですが、従わない農家が多く、減反には批判が多く、仮に出来たとしても米不足となればそら来たと外米を入れてしまうので、やっぱり価格は支えられません。


 そういうわけで農業センサスにも現れていたように、将来が暗くなった農家の数はどんどん減っているわけですが、山田前農相や経団連の人たちのような偉い人が農業を語るときに不思議なのが、農家はなろうと思えばいつでもなれると思っているように感じることです。
 それは被害妄想かもしれませんが、今いきなりゼロから専業で農業を始めようと思ったらかなりのお金がかかり、特に稲作で食っていこうとするのはもしかしたら国会議員になるより難しいかもしれません。何のツテもない人が農業を始めるには、今なら従業員を募集しているような大きな農業法人に就職するのが一番無難でしょうが、独立した専業農家になるなら野菜で、しかも作物をちゃんと選ばないとまずできません。


 もっとも農家になるのが難しいと言っても、週末だけ仕事をする趣味的な兼業農家にならばまあ誰でも出来ます。ただしそれは農業経済学者たちが批判する、高コスト体質な農家そのものです。いくら農業人口を増やしたくても、そういう趣味人を増やして補助金をポコポコ流していてはお金などいくらあっても足りないでしょう。


 さてそうではない、ちゃんと食べていくだけの稲作農業を始めようと思ったら、まず当然必要なのは田んぼですが、その面積が15haは必要です。150000平方メートルです。それだけの土地を、買っても借りてもいいですが、いきなり最初から用意しなければいけません。
 なぜそれだけ必要になるかですが、2006年の資料ですが米の生産費のデータがあります。


平成18年産米生産費
http://www.maff.go.jp/toukei/sokuhou/data/seisanhi-kome2006/seisanhi-kome2006.xls


 ここでは面積別に見られるのですが、15ha以上の経営の場合は60kgあたり10964円かかっています。農業を始めたばかりの場合は米の売り先はほぼJAしかないでしょうから、JAに売るとすると近頃は良くみても60kgあたり12000円程度にしかなりません。米の生産費の中には人件費も入っていますが、同じデータから2673円を抜き出し、販売利益と合わせて60kgあたりで農家の手元に残るお金は3709円となります。
 10aあたり9俵とれるとして、15haでの生産量は1350俵=総売上で1620万円、手取りは500万7150円です。15ha作るには最低二人は欲しいところですから、山分けして一人当たりの年収は250万円ほどになります(税引き前です)。


 10haだと同じ計算で利益は305万円にしかならず、二人は養えません。今どき年収250万円(年齢関係なく)というのもけっこう厳しいと思いますが、まあよそでもそういう業界はあるので良いとして、それでも米専業なら最低15haは必要というのはわかると思います。田んぼの価格は場所によってピンキリですが、買うならばかなりまとまったお金が必要なのは想像に難くないでしょう。15万平方メートルは東京ドーム3個ちょっとぶんです。しかも「低コスト農業」の場合、それは特定の地域にまとまって必要になります。各地にちょっとずつバラバラに田んぼがあって合計15haでは、とても上に挙げたようなデータの金額では作れなくなります。


 もちろん休耕地が増えている現在、田んぼを借りるのもいいのですが、休耕地とはほぼ間違いなく、条件がひどい土地です。そういうところを作るには技術が必要で、始めたばかりの新米農家には荷が重いものです。出来ないことはないでしょうが減収にはなるでしょうし、そのぶんの貯蓄は当然必要です。


 当然、農業を始めるのに必要なのは土地だけではありません。トラクター数台、作業機、田植え機、コンバインとここまでで小さめの機械を選んでいても2千万円くらいにはなります。それに機械を保管する倉庫を建てて2千万、乾燥調整はJAに頼むとして(大規模農家なら自分でやりたいところですが)、その他細かい初期投資がかかって、忘れちゃいけないのが最初1年間をしのぐ生活費。土地のことも合わせると、稲作農家を新規で始めるとしたら1億くらいはかかるのです。しかもそれは技術や経験などといったものを抜きにした、ハコだけの値段です。
 ちなみに上のほうに書いた戸別所得保障でもらえる、10aあたりの補償額15000円は、15ha作って225万円です。


 稲作農家は後継者というか、親と一緒に・親の後を継いでと言う場合がとても多いのですが、それは初期投資がすでにあるから、逆に言うとゼロからはハードルが高すぎるからそうなっているのです。


 日本の米は高いとか高コストだとかいわれても、茶碗1杯40円の品物がそんなに高いか?と思うのですが、実際には初期投資を無視したとしても赤字だといいたくなる仕事で、まあ叩いて叩いて辞めさせるのも結構ですが、一度潰したものは土地も人も元には戻らないよというお話です。